世界最後の1日に。

こいづみ

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「帰ってくるなら連絡くれればいいのに」

「サプライズだ、驚いただろう」

 得意気な顔でグラスを傾ける香里に呆れを隠さずに思いきりため息をついたが次の瞬間には呆れながらも香里が無事に帰ってきたことに安堵し自然と顔がほこんで。

「おかえり」

「ただいま」

 家でくつろいでいる香里へ労いの意味を込め久方ぶりの挨拶を交した。

「でっ」

 しかし和やかな雰囲気もつかの間、再び弘樹はうんざりした表情で香里に詰め寄る。

「これはいったいどういう状況?」

 居間を見渡してみるとソファを端に追いやりテレビやテーブルの位置をずらし最低限の人の動線を確保されてはいるが部屋の半分程が山積みの段ボールで埋まっていた。

 宗一も香里のためにつまみを作って運んだりしているがずいぶん窮屈そうに動いている。

「また無駄な買い物したの?」

 弘樹の詰問にも涼しい顔をしつつグラスの中身を喉に流し込んでいた香里だが最後の言葉に対しむっと口を尖らせた。

「心外な、これまで無駄な買い物なんてしたことないだろう」

「あるよ!」

 沢山と弘樹は叫びこれまで香里が買ってきたもので納得のいかないものを順に挙げていく。

 懐かしいと古いレコードを、聴くための機械もないのに買ってきたり水圧で汚れを落とせる機械は宗一の毎日の掃除のお陰で活躍せず1日3分と謳い文句のダイエット器具は結局使われることもないまま香里の部屋の隅に佇んでいる。

 挙げていけば切りが無く香里の部屋は普段使っている空間以外そういった不要なものが溜まりちょっとした倉庫のようになっていて香里自身も理解しているのか仕事を家に持ち帰って来たとき以外自分の部屋であるのにほとんど近づこうとしなかった。

 列挙されていく無駄遣いに反論していくもののごにょごにょと聞き取るのも困難な程小さい声で喋っているため弘樹の声にかき消され誰の耳にも届かないでいる。

「まあまあもうそこまでにしてあげなよヒロくん」

 丁度つまみをテーブルに運んできた宗一がどんどん小さくなっていく香里に見かね、絶え間ない追及を繰り返す弘樹を宥めるように苦笑混じりにその勢いを遮った。

「そーいちー弘樹がいじめるー」

 つまみの乗った浅皿をテーブルに置いた宗一にまるでいたずらが見つかり叱られた子供のように泣きつき取って付けたようなわめき声を発している。

「はあ、宗一さんがそうやって甘やかすから調子に乗るんですよ」

 纏わり付く香里の頭を撫でている宗一にまた一つ諦めのため息を吐きながら身に付けていた鞄とコートを脱ぎ香里の向かいの椅子に腰を下ろした。

「それで、無駄じゃないならこれはいったいなに?」

 居間を占拠している段ボール群について咎めるように問い質す。

 宗一から離れた香里はグラスの中身を一息に飲み干すと先程とはうってかわって真面目な顔つきになり急な変化に弘樹は思わず息を呑んだ。

「少し多めに買いすぎたがこれらは大体一月分の生活用品だ」

「生活用品?」

「そう、保存の利く食料に日々使うものをまとめて取り寄せた」

 言いながら宗一の用意したつまみを口に運び満足そうに頷いて空のグラスを赤い液体で満たしていく。

 宗一もエプロンを外し香里の隣に座って話を聞く態勢に入った。

「なんでまた急に」

 香里の行動の意図が図れず弘樹は困惑した様子で問い掛ける。

「急ではないぞ」

 弘樹の問い掛けに否定の言葉を返した香里は一度グラスに口をつけ立て続けに口を開いた。

「二人とも会見を見たのなら一月後に何が起こるかわかるだろう?」

 その言葉に場の雰囲気は凍りついた。確かに香里が帰って来たのなら今後の事について話をしなければならないとわかってはいたのだがこうもあっさりと切り出されてしまい、弘樹と宗一は息が止まり声を出すこともかなわずただ彼女の次の言葉を待つことしかできなかった。

「今はまだ事の大きさ故に周りに変わった様子もないが、もう少し時間が経てば世の中は確実に変わっていく。そうなってから行動してたのでは手遅れになるからな」

 香里の様子は真剣そのものであったがなんでもないことのように言い放ち宗一の用意したつまみを美味しそうに頬張るその雰囲気の落差に二人は未だに固まったまま動けずにいた。

「今後について話すのは私が帰ってくるのを待っていたのだろう?」

 黙って視線のみ向けてくる二人に喋り続ける。

「ならば今話をしよう、こういうことは早いに越したことはないからな」

 提案する香里に弘樹は相変わらず決断は早いなと場違いなことを考えていた。

 香里の部屋に溜まっている物も悩まずに即断即決で購入しているため止めることができず随分頭を抱えたな、とそこまで考えたところで。

「それでまず手始めに」

 香里の言葉に思考が打ち消され現実に引き戻された弘樹はまた頭を抱えることになる。

「買ったはいいがこの荷物をどこに置いたらいいだろうか」

 三人の話し合いはまず弘樹が爆発することから始まった。
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