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#6 九条環
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「はっ……はっ……はっ……」
夕焼け空の中。
とある屋敷の広い芝生の庭を女が一人、走っていた。
その身についた脂肪を揺らして。滝のように汗を流しながら。
女が立ち止まる。
ぜーはーと息をしていると、メイドが近寄ってきた。スポーツドリンクとタオルを差し出す。彼女は「メイド教団」から派遣されたメイド。よく気がつく。
「……ありが……と……」
「お嬢様、初日から飛ばしすぎです。今日はもう休まれては?」
「もうちょっと、だけ……」
「いくら魔法具の補助があると言っても疲れは残るのですよ?」
「分かって、る……でも、お願い……」
メイドは一つ息をついて離れていった。
女はポケットから魔石を取り出す。中には黄金色のオーラが輝いていた。
彼女の指には指輪が二つ。
どちらも魔法具。
指輪の宝石――「ジュエル」は色合いが違っており、それぞれ「身体強化」と「ヒール」の魔法が宿っている。
女は魔石をジュエルに近づけて魔力をチャージした。
そして、女はまた走り出す……。
女の名前は九条環。
「日本ダンジョン特区」に君臨する四大名家の一つ、九条家の長女だった。
九条家がくしゃみをすれば、日本中が風邪を引く――九条家はそれくらい日本経済に影響力を持っている。
環もいずれ日本経済を引っ張るべく育てられた。
それと同時に箔付けにも余念がなかった。
この世界において「箔」とは何か?
男である。
男女比が1:20の女性余りが酷い社会で、男の妻となることは高いステータスなのだ。
そういうわけで環には婚約者ができた。
彼女が13才の時だった。
相手は四大名家ほどではないが、由緒正しき名家の生まれ。家格も十分であった。
そわそわしながら行った婚約者との顔合わせ。
そこで開口一番、「このデブ女が俺の婚約者か」と言われた。
思春期の環にはそれがショックだった。
当時の環は間違ってもデブではなかった。同年代よりも胸や腰回りの発育がよかっただけだった。年に似合わない妖艶さがあった。
だが、環は婚約者の言葉を真に受けて、そして――引きこもってしまった。
外に出ることなく、開き直ってお菓子をたべまくり。
5年の歳月が流れた。
結果、環は正真正銘のデブ女となってしまった。
唯一の救いは教育の方は続けられていて、今ではいくつかの会社を任されるほど。引きこもりのデブ女だから一度も出社したことはないが。
婚約の方は環の現状を知った相手からとっくに婚約破棄を言い渡されている。
そんな環に半年前、転機が訪れた。
探索者業界に彗星のごとく現れた一人の青年。
アイスブルーの髪と同色の瞳の王子様然とした甘いフェイス。
青年の名前は室伏冬馬といった。
ダンジョンチューブ――略してディーチューブと呼ばれる動画投稿サイトに半年前、冬馬の戦う動画が投稿された。
この世界では希少な男性がダンジョンアタックすることはまず考えられない。
なのに、冬馬は魔物に果敢に挑み、氷魔法で次々と倒していく。
ついた異名は「氷の貴公子」――。
冬馬は瞬く間に大人気となった。
仕事柄、ディーチューブをこまめにチェックしている環は一瞬で冬馬のファンになった。冬馬様、と呼んではばからないくらいに。
環の経営するダンジョンアタック専門のアイテムショップ「九条堂」は即決で冬馬のスポンサーとなった。
そして、最近、冬馬がギルド「ブリザードテンペスト」を設立したのを耳にした。
冬馬の大ファンの環は少しでもお近づきになりたくて、思い切って5年ぶりに引きこもっていた部屋を出ることを決めた。
ギルドのメンバーはいまだ募集している最中だが、スポンサー権限で書類選考をすっ飛ばして、ギルド入会の面接にこぎつけた。
生の冬馬のご尊顔に環が歓喜したのもつかの間。
彼女を見た冬馬は嫌悪に顔を歪めて。
『あんたみたいなデブ女が僕のギルドに入れるわけないでしょ?鏡見てから来てくれる?』
『僕はハーレムを集めてんだよ?あんたみたいなのを入れたらオエェってなるじゃん』
『あ、そういやあんたってスポンサーの社長でしょ?契約金を上げないと、他のとこと契約するから』
『それじゃ、もう帰っていいよ。てか、帰れ』
環は部屋から叩き出された。
――いつもあんなに優しい笑みをカメラに向ける冬馬様が、あんな……あんな酷いこと言うはずない。
現実を受け入れられなくて。
悪夢か何かではないかと正気を疑いながら……気づくと、環はダンジョンを見上げていた。
――あの塔を冬馬様と一緒にのぼることを夢見たのに。デブな私は夢見るべきではなかった……。
環はそう自嘲して暗い気持ちを抱えたまま再び引きこもろうと考えていた時。
彼に会ったのだ。
自分のようにデブな見た目の彼に。
「はっ……はっ……はっ……」
環は指輪の魔法具を発動させ「身体強化」で肥満な手足の動きをサポートしながら。同時に「ヒール」で筋肉の疲労を癒やしながら走り続ける。
黄金色の魔力がこもった魔石は環に勇気を与えた。
変わる決意をした。
環はあの後、屋敷に帰るとまずしたことは部屋に飾っていた冬馬のポスターなどのグッズの廃棄処分だ。ディーチューブの冬馬専用ページのお気に入り登録も解除した。
スポンサー契約も切る予定だ。違約金はかかるだろうが、そんなの環にとって端金だ。
それよりも。
今はデブな自分を応援してくれたあの男性のことで心は占められていた。
――痩せてみせる!
――痩せて、彼にもう一度、会う!
どこの誰だか、名前すら分からない?
四大名家の一つ、九条家の跡取りからすれば、そんなの障害にさえならない。
夕焼け空の中。
とある屋敷の広い芝生の庭を女が一人、走っていた。
その身についた脂肪を揺らして。滝のように汗を流しながら。
女が立ち止まる。
ぜーはーと息をしていると、メイドが近寄ってきた。スポーツドリンクとタオルを差し出す。彼女は「メイド教団」から派遣されたメイド。よく気がつく。
「……ありが……と……」
「お嬢様、初日から飛ばしすぎです。今日はもう休まれては?」
「もうちょっと、だけ……」
「いくら魔法具の補助があると言っても疲れは残るのですよ?」
「分かって、る……でも、お願い……」
メイドは一つ息をついて離れていった。
女はポケットから魔石を取り出す。中には黄金色のオーラが輝いていた。
彼女の指には指輪が二つ。
どちらも魔法具。
指輪の宝石――「ジュエル」は色合いが違っており、それぞれ「身体強化」と「ヒール」の魔法が宿っている。
女は魔石をジュエルに近づけて魔力をチャージした。
そして、女はまた走り出す……。
女の名前は九条環。
「日本ダンジョン特区」に君臨する四大名家の一つ、九条家の長女だった。
九条家がくしゃみをすれば、日本中が風邪を引く――九条家はそれくらい日本経済に影響力を持っている。
環もいずれ日本経済を引っ張るべく育てられた。
それと同時に箔付けにも余念がなかった。
この世界において「箔」とは何か?
男である。
男女比が1:20の女性余りが酷い社会で、男の妻となることは高いステータスなのだ。
そういうわけで環には婚約者ができた。
彼女が13才の時だった。
相手は四大名家ほどではないが、由緒正しき名家の生まれ。家格も十分であった。
そわそわしながら行った婚約者との顔合わせ。
そこで開口一番、「このデブ女が俺の婚約者か」と言われた。
思春期の環にはそれがショックだった。
当時の環は間違ってもデブではなかった。同年代よりも胸や腰回りの発育がよかっただけだった。年に似合わない妖艶さがあった。
だが、環は婚約者の言葉を真に受けて、そして――引きこもってしまった。
外に出ることなく、開き直ってお菓子をたべまくり。
5年の歳月が流れた。
結果、環は正真正銘のデブ女となってしまった。
唯一の救いは教育の方は続けられていて、今ではいくつかの会社を任されるほど。引きこもりのデブ女だから一度も出社したことはないが。
婚約の方は環の現状を知った相手からとっくに婚約破棄を言い渡されている。
そんな環に半年前、転機が訪れた。
探索者業界に彗星のごとく現れた一人の青年。
アイスブルーの髪と同色の瞳の王子様然とした甘いフェイス。
青年の名前は室伏冬馬といった。
ダンジョンチューブ――略してディーチューブと呼ばれる動画投稿サイトに半年前、冬馬の戦う動画が投稿された。
この世界では希少な男性がダンジョンアタックすることはまず考えられない。
なのに、冬馬は魔物に果敢に挑み、氷魔法で次々と倒していく。
ついた異名は「氷の貴公子」――。
冬馬は瞬く間に大人気となった。
仕事柄、ディーチューブをこまめにチェックしている環は一瞬で冬馬のファンになった。冬馬様、と呼んではばからないくらいに。
環の経営するダンジョンアタック専門のアイテムショップ「九条堂」は即決で冬馬のスポンサーとなった。
そして、最近、冬馬がギルド「ブリザードテンペスト」を設立したのを耳にした。
冬馬の大ファンの環は少しでもお近づきになりたくて、思い切って5年ぶりに引きこもっていた部屋を出ることを決めた。
ギルドのメンバーはいまだ募集している最中だが、スポンサー権限で書類選考をすっ飛ばして、ギルド入会の面接にこぎつけた。
生の冬馬のご尊顔に環が歓喜したのもつかの間。
彼女を見た冬馬は嫌悪に顔を歪めて。
『あんたみたいなデブ女が僕のギルドに入れるわけないでしょ?鏡見てから来てくれる?』
『僕はハーレムを集めてんだよ?あんたみたいなのを入れたらオエェってなるじゃん』
『あ、そういやあんたってスポンサーの社長でしょ?契約金を上げないと、他のとこと契約するから』
『それじゃ、もう帰っていいよ。てか、帰れ』
環は部屋から叩き出された。
――いつもあんなに優しい笑みをカメラに向ける冬馬様が、あんな……あんな酷いこと言うはずない。
現実を受け入れられなくて。
悪夢か何かではないかと正気を疑いながら……気づくと、環はダンジョンを見上げていた。
――あの塔を冬馬様と一緒にのぼることを夢見たのに。デブな私は夢見るべきではなかった……。
環はそう自嘲して暗い気持ちを抱えたまま再び引きこもろうと考えていた時。
彼に会ったのだ。
自分のようにデブな見た目の彼に。
「はっ……はっ……はっ……」
環は指輪の魔法具を発動させ「身体強化」で肥満な手足の動きをサポートしながら。同時に「ヒール」で筋肉の疲労を癒やしながら走り続ける。
黄金色の魔力がこもった魔石は環に勇気を与えた。
変わる決意をした。
環はあの後、屋敷に帰るとまずしたことは部屋に飾っていた冬馬のポスターなどのグッズの廃棄処分だ。ディーチューブの冬馬専用ページのお気に入り登録も解除した。
スポンサー契約も切る予定だ。違約金はかかるだろうが、そんなの環にとって端金だ。
それよりも。
今はデブな自分を応援してくれたあの男性のことで心は占められていた。
――痩せてみせる!
――痩せて、彼にもう一度、会う!
どこの誰だか、名前すら分からない?
四大名家の一つ、九条家の跡取りからすれば、そんなの障害にさえならない。
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