こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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教壇 2

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 いつもなら、授業が始まってもざわざわと続く生徒たちの会話を静かにさせるために、教卓を何度か叩いて制していた。が、今日は違った。
 
 俺が教室に一歩踏み込んだ瞬間、ゆっくりとざわめきが消えていく。
 その変化に気付かぬふりをして、教卓に教科書と道具を置き、淡々と前回の授業の続きに入った。

「薬学魔法の授業を始めます。教科書の――……」
 
 生徒たちはおそろしく静かだった。いつもこうならいいのに。いや、いつもは舐められていたのかもしれない。まだ精神的にも未熟な生徒たちは、外見ひとつで態度を変えることはよくある。外見至上主義というやつだろう。

「――では、ここまでで質問はありますか?」
「は、はい!」
 
 生徒たちに質問を投げかけると、ひとりの女子生徒が高く手を挙げた。どうぞ、というと。彼女は顔を赤らめながら発言する。
 
「その、魔力の高い人が〈番〉を見つけられなかった場合って、どうなるんでしょうか……?」
「いい質問ですね。お答えしましょう」

 褒められたのが嬉しかったのだろうか、隣の女子生徒と一緒になって笑っている。

「長く魔力が不安定なまま放置すれば体調を崩し、最悪命を落とすこともあります。しかし今は魔法以外の技術も発達しています。仮に魔力を安定をしてくれる〈番〉が生涯見つからなくとも、他にも方法はいくらでもあります。製薬業を生業としている我がヴァレンス家でも、魔力の流れを整える薬を開発していますからね。そう簡単に死ぬことはないので安心してください」
 
 とはいっても、俺にはその薬がなぜかほとんど効かないんだが。

「いずれ試作品を持ってきましょうか。ちょうど新薬を開発しているところで、このクラスは魔力の強い生徒も多いですし……テスターになってもらうのも悪くない」

 その試作品こそ、ヴァレンス家が裏稼業のひとつとして取り扱っている違法魔薬だ。
 ティラン・ヴァレンスはその薬を学園内に流通させ、やがてある事件を引き起こす。それが、カナトが聖女としての力に目覚めるきっかけとなる。今回のループも、今まで通りこの流れでいかせてもらおう。
 
「他に質問はありますか?」
「は、はい! ヴァレンス先生! 先生に〈番〉はいらっしゃるんですか?」

 この質問は初めてだ。
 おそらくこの姿だからだろう。色恋沙汰に敏感な年頃だ。
 だが、この質問はありがたく利用させてもらおう。

「いいえ。欲しいとは思っていますが……なかなか手に入らないんですよ」

 ちらりとカナトを見ると視線がばちりと合う。カナトは顔を真っ赤にさせ、教科書の本に顔を埋めた。隣のテオに睨みつけられたが、微笑んで受け流しておいた。
 
 そのとき。
 テオとは反対側の、カナトの隣の席。白銀の瞳と一瞬だけ視線が絡み、教卓に置いていた手が少しだけ震えた。
 俺は平静を装い極力そちらを見ないようにしていたが、授業中、彼の意識がこちらに向いているのは感じていた。だが生徒が教師を見るのは至極当然のこと。
 彼は机に両肘をつき口元の前で指を組んでいた。その表情は読めない。
 
 視線が交わったのは一瞬だ。
 手をぎゅっと握って掌に爪を立てる。大丈夫だ。落ち着け俺。あれは事故だったんだ。素知らぬ振りをしていればいい。今までどんな状況も切り抜けてきただろう。
 
「……では最後に、課題の提出をお願いします。提出した者から退出していただいて構いません」

 聖夜祭の前に出していた課題だ。生徒たちは鞄の中から課題を取り出し、列になって教卓へと持ってくる。
 そしてちょうどそのとき、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。それがきっかけとなり、静かだった教室がゆるやかにざわめき始める。
 
「ヴァレンス先生!」

 課題を手にしたカナトがいつもより弾んだ声で話しかけてきた。その隣には、相変わらず警戒心を隠そうともしないテオがいて、俺を睨みつけている。

「いつもと雰囲気が違ってびっくりしたよ! すごくかっこいい!」
「カナトにそういわれると嬉しいですね。ありがとうございます」
「おい、何を企んでんだ……」
「おや、何も企んでませんよ、テオ。誰かの気を引きたいとか、少しも思っていませんから。ね、カナト」

 柔らかく微笑んだつもりだったが、テオの目には胡散臭く映ったのかもしれない。テオはカナトの肩を抱くと、「あ、テオ!」と呼び止める声も無視し、課題を机に叩きつけるようにして、そのまま不機嫌そうに教室を出て行った。
 あそこまではっきりと嫉妬心を露わにしているのだから、ふたりがくっつくのも時間の問題かもしれない。

 だがカナトの表情は悪くなかった。むしろ俺と話している間、いつも以上に頬が赤く染まっていた。カナトはやはり、かなりの面食いなのかもしれない。こっち方面からもっと攻めるべきだったか。
 
 ふむ、と顎に手を添えて考え込んでいると、不意に隣に人影が立つ。気配を感じて視線を向けると、声が降ってきた。

「先生、今いいかな?」

 声の主は、他の生徒よりも頭ひとつ背が高い。俺も背は低くないが、それでも少し見上げなければならなかった。
 
「ああ……君は留学生でしたよね。理事長から話は聞いています。今回の課題の提出はしなくていいですよ」

 どうやら他の生徒たちは課題をもう全て提出したようだ。教室に残っている生徒たちもまばらで、教師の俺か、留学生の彼か、どちらかに話しかけようと様子をうかがっている者たちばかりだ。

「それを聞いて安心したよ。僕はクロヴィス・リアン。東国から留学に来ているんだ」
「……はじめまして、俺はティラン・ヴァレンス。見ての通り、薬学魔法の教師です」
「よろしく、ヴァレンス先生」

 すっと差し出された手に一瞬ためらったが、握る。握手は軽く一往復して終わるはずだったが、その手は離れない。

「……?」

 視線を手から上へと辿る。ばちり、と白銀の瞳が俺を捕らえた瞬間、喉がきゅっと縮むような感覚に襲われた。
 彼に見られている、と感じた瞬間に緊張してしまうのは、きっとあの事故の衝撃が強すぎたせいだからだろう。

「手、を。離してくれませんか」
「ああ、ごめん」
 
 ようやく握手が解かれたかと思えば、今度はその指先が俺の左耳に触れる。黒曜石のピアス、それを確かめるようにゆっくりと撫で、そして何事もなかったかのように離れた。

 何も言わない。ただ、その瞳がわずかに細められる。

「挨拶しても?」
「え? あ、はい……?」

 クロヴィスは、俺の腰を軽く抱き寄せた。

「えっ」
 
 不意を突かれ、体勢が崩れて彼の胸に飛び込んでしまった。
 周囲の女子生徒たちが息を呑み、抑えきれない黄色い声が漏れていた。

 クロヴィスは俺のこめかみに唇を寄せ、触れるだけの軽いキスを落とす。そしてゆっくりと距離が開き、体温が離れていく。
 俺は触れられたこめかみへ手をやり、思わず眉間に深い皺を寄せてしまった。

「なに、を」
「僕の国での挨拶」

 あの雨の日の夜。初めて会ったときは暗くてよく見えなかった顔が、この距離でよく見える。
 窓から注がれる日の光の下で微笑むその表情は柔らかくて、綺麗で、嬉しそうで。それでも、何を考えているのか、まるで読めなかった。
 
 いったい何なんだ、この青年は。

 
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