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〈番〉 1
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教室を出ると、足音がひとつ、ずっとついてくる。廊下に響く革靴の足音。距離は一定で、近づきもせず離れもしない。
ぴたりと足を止めると、背後の音も同じく止まった。
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、やはりクロヴィスだった。俺と目が合うなり無邪気そうな笑みを浮かべて隣に並んだ。
「やっと気付いてくれた。ヴァレンス先生、昼食に誘っても良いかな」
「断ります」
きっぱりと拒む。
けれど彼は一切怯まず、むしろ楽しそうに目を細めた。
「僕は学園のことをまだよく知らないんだ。先生が教えてくれると嬉しいな」
「……それならばカナトに頼んでください。彼の方が適任でしょう」
「生徒と教師では知ってるものも違うよ。それに僕はこの国を知るために留学に来てるんだ。特に先生の薬学魔法の授業はとても興味深いものだった。個人授業をお願いしたいくらいにはね」
「断ります。俺は忙しいんです」
「それで仕事が滞るのなら、僕から理事長へ口添えするよ。ある程度の自由は許可を貰っているんだ。僕が先生を独り占めしたって何も問題はない」
なんだって?
「理事長に?」
そこまでの権限を与えられるなんて、そう無い。もしかしてただの留学生ではないのだろうか。
「そう、理事長とはちょっとした仲なんだ」
まじまじと相手を観察する。
第一印象は、柔らかい物腰と親しげな笑顔を持つ異国の青年。だがその笑みはどこか均一すぎる。感情を覆い隠す、完璧に整えられた仮面のようにも思えた。
「……何が目的ですか?」
探るように問うと、クロヴィスは瞳をぱちりとさせて、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「ヴァレンス先生と話しがしたいんだ。だめ、かな?」
甘い声で小首を傾げ、わずかに背を低くして視線を合わせてくる。
思わず一歩距離を取った。俺がただの女子生徒であれば、その仕草に顔を赤らめて迷わず頷いていただろう。
「話ならここでもできますが」
「もっと、ゆっくりできるところで」
距離をとるために一歩、また一歩と下がれば、クロヴィスも同様に近づいてくる。背中はあっけなく壁にぶつかった。
逃げ場を失った俺とクロヴィスの間に、妙な緊張感が漂う。
その様子を見ていた周囲の生徒たちが何だ、何だと足を止め、好奇の視線を向けてくる。ひそひそと声が上がり、ますます注目が集まっていく。
これ以上目立つのは避けたい。
しかしクロヴィスの諦める気配は微塵もなく、むしろ断れば断るほど食い下がってくるだろう。にっこりとした笑顔からはそんな執念すら感じられた。
俺は観念したようにため息をつき、手をひらりと振る。
「……わかりました。食堂でいいですか? 用事を済ませたら向かいます」
「本当? ありがとう! 待っているよ」
その返事と同時に、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
一度自室に戻り、生徒から集めた課題や教科書を机の上に置いてベッドに腰を下ろした。
はぁ、と大きく息をついて肩をぐるりと回す。身体の調子がやはり悪い。腰も重く痛みもずっとあって、授業中は立っているだけで辛かった。
「……クロヴィス・リアン」
その名を小さく繰り返す。
あれは、本当に東国からのただの留学生なのか。
身にまとう雰囲気が他の生徒とはまるで違う。丁寧な言葉遣いに整った身なり、一般人とは思えない佇まい。そして人とは違う容姿も相まって、生徒のなかでもかなり浮いている。
それに、時折見せるあの笑顔。
無邪気に見せながら、その裏には自分の魅力を計算し尽くした意図が透けていた。誰からも好印象を持たれやすく、好かれるように仕向けている。あれは、ただの学生の顔ではない。とはいえ、たまに大型犬のような笑顔を見せてくることもある。本当に何なんだ彼は。
いずれにせよ何者なのか調べた方がいいかもしれない。
今までのループでは一度も出会わなかった人物。その存在が、今回のループで突如として目の前に現れた理由はわからない。ただ予測不能な出来事に、正直戸惑っていた。
「どこかの行動で、何かが変わったはず」
記憶を思い返すが、同じようないろんな記憶があるせいで何も思い浮かばない。本人に聞いた方が手っ取り早くだろう。
話をするのであれば、人の多い場所が良いと思って食堂を選んだ。何か企んでいたとしても、人の目があるところでは大きく行動できないだろう。
それに俺も、彼が何を考えているのか探る必要がある。
食堂は学園の者であれば誰でも利用できる。昼時ともなれば長い木のテーブルは生徒たちで埋まり、食器の触れ合う音や談笑がそこかしこで混じり合う憩いの場だ。
だが俺はこの場所が苦手だった。
食堂に足を踏み入れた瞬間に空気が変わる。
学園の者であれば誰でも利用はできるといったものの、そのほとんどは生徒だ。この場所に教師がいるだけでも目立つのに、今日はこの格好だ。刺すような視線が全身を撫で回すように集まってくる。
想像していたよりも人が多すぎる。さっさと話して帰ろう。
歩きながら食堂の端から端へ視線を滑らすと、探していた色が目に飛び込んだ。淡い青が溶け込む銀。片隅の長テーブルの一角に座っているようだ。近づこうとしたが、どうやら女子生徒たちに囲まれているようだった。
「クロヴィスくん、私と一緒にご飯どうかなっ?」
「ちょっと、抜け駆けはずるいって! アタシが先だったんだから!」
「おすすめの食堂メニューあるんだぁ、一緒に食べよ?」
きゃっきゃっと女子生徒の賑やかな声が聞こえてくる。
その中央にいるクロヴィスは困ったように眉を下げ、しかし人懐っこい笑みは崩していない。
「ごめんね、今日は先約があるんだ。また今度でもいいかな」
人のよさそうな柔らかな声と笑顔。誰にでも好印象を与える、それでいて距離感を誤らせる表情でもある。それを本人は自覚して使っているのか、それとも無自覚なのか。留学して間もないのに、ここまでの人気ぶりを見るに、人たらしであることは間違いなさそうだ。
「あ、ヴァレンス先生!」
女子生徒たちの隙間から俺を見つけたクロヴィスが、ぱっと手を振ってきた。
「こっち、こっち」
げっ、と逃げたくなったが、あんなふうに嬉しそうに手招きされればもう背を向けるわけにもいかない。
どうして食堂なんかを選んでしまったのだろう。図書室の談話スペースとか、中庭とか、他にもいろいろあっただろうに。
「えっヴァレンス先生……?」
「いつもと恰好が……」
「先生ってあんなにかっこよかったの……!? いつもは根暗なのにっ」
渋々足を向けると、周囲の生徒たちがざわざわと声をあげる。
悪かったな、根暗で。
「……君はとても素直な生徒ですね。でも、もう少し口を慎んだ方が良い」
「ひっ、ご、ごめんなさい先生……!」
根暗だと率直に言った女子生徒に笑みを向ければ、怯えた声が返ってくる。その直後どこからか「いいなっ私も睨まれたい」などという物騒な声も聞こえたが。
普段は必要以上に目立たぬよう地味な恰好をしているが、今回のループはこれで台無しだ。これ以上目立ってしまえば今後のシナリオに影響してしまう可能性がある。それだけは避けたい。
容姿を整えただけでここまでの騒ぎになるとは、完全に想定外だった。だがクロヴィスを欺けるのであればこのくらいの騒ぎには目を瞑ろう。一番の目的はそれなのだから。
それにこの食堂を選んだのは自分だ。今は我慢はしないと。
女子生徒たちの間を抜け、クロヴィスの前にたどり着く。彼は当然のように隣に座るように指し示した。
俺は少しだけ距離を開けて大人しくそこに座る。
「先生は何か食べる? 僕が持ってくるよ」
「必要ありません。俺は後で自室で食べますので」
「ええ? それだったら僕も先生の部屋に行けばよかったな」
「許可しません」
「じゃあ僕の部屋に来る? ルームメイトはいないから、ふたりきりでゆっくりと話せるよ」
「お断りします」
短く返すと、クロヴィスはくすくすと笑う。
その間に周囲の女子生徒たちは散っていったが、完全に好奇な目が消えることはない。遠巻きに、こそこそと様子を窺う視線が背中に突き刺さっている。
「じゃあ、デザートだけでも。カナトに教えてもらったんだ。僕の国にあんなに甘くて美味しいものはなくてさ、感動したよ」
「……好きにしてください」
「よかった。持ってくるね」
クロヴィスは顔を明るくさせて、すっと食堂の奥へと歩いていった。
この食堂はバイキング形式だ。俺が利用することはほぼないが、一流のシェフを雇ってるとか何とかは聞いたことがある。庶民の生徒も混ざってはいるが、それなりの地位を持つ家の子息も多い学校だ。食事にまで気を抜けないのだろう。
暫くすると、クロヴィスはトレイに乗せたデザートを持って戻ってくる。俺の前にそっと置かれたのは、きつね色に焼きあがったベイクドチーズケーキ。横にはふんわりとしたクリームが添えられている。さらに淹れたての紅茶まで用意された。
甘いものは嫌いじゃない。だが、最近は自分から食べようと思ったことはなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
甘い匂いに誘われて一口食べると案外悪くなかった。ケーキ自体にはそんなに甘さはなくて、甘いクリームをつけるとほどよい甘さになる。
「ね、どう?」
「……まあ、悪くないですね」
食べているところをずっと見られていたらしい。
何がそんなに面白くて笑っているのだか。
「君は、カナトたちといつも食事をとっているのではないのですか?」
留学生の世話にカナトが抜擢されたのは知っている。かなり仲がいいと噂されているのも耳にした。でも今日は一緒ではないらしい。
「まあ、いつもはね。でもテオが最近あんまりカナトの近くにいさせてくれなくて……先生もカナトと仲良いよね」
「彼が一年生のときから授業を受け持ってますから」
「へぇ……でもさっき、カナトだけにはすごく親しそうな笑顔を向けていたようだけれど」
クロヴィスの瞳が、ケーキの欠片を口に含みながらもじっと俺を見つめてくる。
相変わらずの屈託ない笑顔の裏に、何か隠しているようで読めない。
こちらの何かを探ろうとしている……それだったら、受けて立つこともやぶさかではない。
俺は落ちかけていた横髪を耳にかけながら、口の端についたケーキの欠片を舌でゆっくり舐めとって、小さく微笑む。
「俺は、カナトのことが好きですからね」
背後で、きゃぁっと大きな声が聞こえたが、気にしないふりをした。
俺がカナトを一年生の頃から口説き続け、好意を寄せているのは生徒の間でも知られていることだ。カナトに会う度に甘い台詞を吐いているからな。
しかし俺のその答えが意外だったのか、クロヴィスの笑顔は消えていて、心底驚いた表情をしていた。初めて見る顔だ。
これは、勝ったな。
「……意外でしたか? この学園は自由恋愛が認められています。それは教師と生徒の間であったとしても、禁じられてはいません」
そもそもこの学園は人間関係を築く場としても機能している。貴族同士のつながりや、友人、恋人、そして人生の伴侶まで。様々な関係性が交錯している場所。
そのため、たまに泥沼化とした関係性も浮上するが。
俺はベイクドチーズケーキをもうひとくち口に含んだ。甘くて、舌で潰せるほど滑らかで美味い。思わず舌鼓を打った。
「……なるほど。隠す必要はないのか」
ぽつりと納得するように呟かれた声。
その声に、俺はケーキから視線を上げた。
クロヴィスは、肩が触れ合うほどに身を寄せてきた。そして机の上に置いていた俺の手に、自分の手をそっと重ねる。
驚いて目を瞬かせ、隣のクロヴィスを見つめれば、彼は目を細めてふわりと笑った。
「ティラン・ヴァレンス。どうか僕の〈ツガイ〉になってほしい」
……
………
…………
「……………は?」
ぴたりと足を止めると、背後の音も同じく止まった。
ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、やはりクロヴィスだった。俺と目が合うなり無邪気そうな笑みを浮かべて隣に並んだ。
「やっと気付いてくれた。ヴァレンス先生、昼食に誘っても良いかな」
「断ります」
きっぱりと拒む。
けれど彼は一切怯まず、むしろ楽しそうに目を細めた。
「僕は学園のことをまだよく知らないんだ。先生が教えてくれると嬉しいな」
「……それならばカナトに頼んでください。彼の方が適任でしょう」
「生徒と教師では知ってるものも違うよ。それに僕はこの国を知るために留学に来てるんだ。特に先生の薬学魔法の授業はとても興味深いものだった。個人授業をお願いしたいくらいにはね」
「断ります。俺は忙しいんです」
「それで仕事が滞るのなら、僕から理事長へ口添えするよ。ある程度の自由は許可を貰っているんだ。僕が先生を独り占めしたって何も問題はない」
なんだって?
「理事長に?」
そこまでの権限を与えられるなんて、そう無い。もしかしてただの留学生ではないのだろうか。
「そう、理事長とはちょっとした仲なんだ」
まじまじと相手を観察する。
第一印象は、柔らかい物腰と親しげな笑顔を持つ異国の青年。だがその笑みはどこか均一すぎる。感情を覆い隠す、完璧に整えられた仮面のようにも思えた。
「……何が目的ですか?」
探るように問うと、クロヴィスは瞳をぱちりとさせて、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「ヴァレンス先生と話しがしたいんだ。だめ、かな?」
甘い声で小首を傾げ、わずかに背を低くして視線を合わせてくる。
思わず一歩距離を取った。俺がただの女子生徒であれば、その仕草に顔を赤らめて迷わず頷いていただろう。
「話ならここでもできますが」
「もっと、ゆっくりできるところで」
距離をとるために一歩、また一歩と下がれば、クロヴィスも同様に近づいてくる。背中はあっけなく壁にぶつかった。
逃げ場を失った俺とクロヴィスの間に、妙な緊張感が漂う。
その様子を見ていた周囲の生徒たちが何だ、何だと足を止め、好奇の視線を向けてくる。ひそひそと声が上がり、ますます注目が集まっていく。
これ以上目立つのは避けたい。
しかしクロヴィスの諦める気配は微塵もなく、むしろ断れば断るほど食い下がってくるだろう。にっこりとした笑顔からはそんな執念すら感じられた。
俺は観念したようにため息をつき、手をひらりと振る。
「……わかりました。食堂でいいですか? 用事を済ませたら向かいます」
「本当? ありがとう! 待っているよ」
その返事と同時に、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
一度自室に戻り、生徒から集めた課題や教科書を机の上に置いてベッドに腰を下ろした。
はぁ、と大きく息をついて肩をぐるりと回す。身体の調子がやはり悪い。腰も重く痛みもずっとあって、授業中は立っているだけで辛かった。
「……クロヴィス・リアン」
その名を小さく繰り返す。
あれは、本当に東国からのただの留学生なのか。
身にまとう雰囲気が他の生徒とはまるで違う。丁寧な言葉遣いに整った身なり、一般人とは思えない佇まい。そして人とは違う容姿も相まって、生徒のなかでもかなり浮いている。
それに、時折見せるあの笑顔。
無邪気に見せながら、その裏には自分の魅力を計算し尽くした意図が透けていた。誰からも好印象を持たれやすく、好かれるように仕向けている。あれは、ただの学生の顔ではない。とはいえ、たまに大型犬のような笑顔を見せてくることもある。本当に何なんだ彼は。
いずれにせよ何者なのか調べた方がいいかもしれない。
今までのループでは一度も出会わなかった人物。その存在が、今回のループで突如として目の前に現れた理由はわからない。ただ予測不能な出来事に、正直戸惑っていた。
「どこかの行動で、何かが変わったはず」
記憶を思い返すが、同じようないろんな記憶があるせいで何も思い浮かばない。本人に聞いた方が手っ取り早くだろう。
話をするのであれば、人の多い場所が良いと思って食堂を選んだ。何か企んでいたとしても、人の目があるところでは大きく行動できないだろう。
それに俺も、彼が何を考えているのか探る必要がある。
食堂は学園の者であれば誰でも利用できる。昼時ともなれば長い木のテーブルは生徒たちで埋まり、食器の触れ合う音や談笑がそこかしこで混じり合う憩いの場だ。
だが俺はこの場所が苦手だった。
食堂に足を踏み入れた瞬間に空気が変わる。
学園の者であれば誰でも利用はできるといったものの、そのほとんどは生徒だ。この場所に教師がいるだけでも目立つのに、今日はこの格好だ。刺すような視線が全身を撫で回すように集まってくる。
想像していたよりも人が多すぎる。さっさと話して帰ろう。
歩きながら食堂の端から端へ視線を滑らすと、探していた色が目に飛び込んだ。淡い青が溶け込む銀。片隅の長テーブルの一角に座っているようだ。近づこうとしたが、どうやら女子生徒たちに囲まれているようだった。
「クロヴィスくん、私と一緒にご飯どうかなっ?」
「ちょっと、抜け駆けはずるいって! アタシが先だったんだから!」
「おすすめの食堂メニューあるんだぁ、一緒に食べよ?」
きゃっきゃっと女子生徒の賑やかな声が聞こえてくる。
その中央にいるクロヴィスは困ったように眉を下げ、しかし人懐っこい笑みは崩していない。
「ごめんね、今日は先約があるんだ。また今度でもいいかな」
人のよさそうな柔らかな声と笑顔。誰にでも好印象を与える、それでいて距離感を誤らせる表情でもある。それを本人は自覚して使っているのか、それとも無自覚なのか。留学して間もないのに、ここまでの人気ぶりを見るに、人たらしであることは間違いなさそうだ。
「あ、ヴァレンス先生!」
女子生徒たちの隙間から俺を見つけたクロヴィスが、ぱっと手を振ってきた。
「こっち、こっち」
げっ、と逃げたくなったが、あんなふうに嬉しそうに手招きされればもう背を向けるわけにもいかない。
どうして食堂なんかを選んでしまったのだろう。図書室の談話スペースとか、中庭とか、他にもいろいろあっただろうに。
「えっヴァレンス先生……?」
「いつもと恰好が……」
「先生ってあんなにかっこよかったの……!? いつもは根暗なのにっ」
渋々足を向けると、周囲の生徒たちがざわざわと声をあげる。
悪かったな、根暗で。
「……君はとても素直な生徒ですね。でも、もう少し口を慎んだ方が良い」
「ひっ、ご、ごめんなさい先生……!」
根暗だと率直に言った女子生徒に笑みを向ければ、怯えた声が返ってくる。その直後どこからか「いいなっ私も睨まれたい」などという物騒な声も聞こえたが。
普段は必要以上に目立たぬよう地味な恰好をしているが、今回のループはこれで台無しだ。これ以上目立ってしまえば今後のシナリオに影響してしまう可能性がある。それだけは避けたい。
容姿を整えただけでここまでの騒ぎになるとは、完全に想定外だった。だがクロヴィスを欺けるのであればこのくらいの騒ぎには目を瞑ろう。一番の目的はそれなのだから。
それにこの食堂を選んだのは自分だ。今は我慢はしないと。
女子生徒たちの間を抜け、クロヴィスの前にたどり着く。彼は当然のように隣に座るように指し示した。
俺は少しだけ距離を開けて大人しくそこに座る。
「先生は何か食べる? 僕が持ってくるよ」
「必要ありません。俺は後で自室で食べますので」
「ええ? それだったら僕も先生の部屋に行けばよかったな」
「許可しません」
「じゃあ僕の部屋に来る? ルームメイトはいないから、ふたりきりでゆっくりと話せるよ」
「お断りします」
短く返すと、クロヴィスはくすくすと笑う。
その間に周囲の女子生徒たちは散っていったが、完全に好奇な目が消えることはない。遠巻きに、こそこそと様子を窺う視線が背中に突き刺さっている。
「じゃあ、デザートだけでも。カナトに教えてもらったんだ。僕の国にあんなに甘くて美味しいものはなくてさ、感動したよ」
「……好きにしてください」
「よかった。持ってくるね」
クロヴィスは顔を明るくさせて、すっと食堂の奥へと歩いていった。
この食堂はバイキング形式だ。俺が利用することはほぼないが、一流のシェフを雇ってるとか何とかは聞いたことがある。庶民の生徒も混ざってはいるが、それなりの地位を持つ家の子息も多い学校だ。食事にまで気を抜けないのだろう。
暫くすると、クロヴィスはトレイに乗せたデザートを持って戻ってくる。俺の前にそっと置かれたのは、きつね色に焼きあがったベイクドチーズケーキ。横にはふんわりとしたクリームが添えられている。さらに淹れたての紅茶まで用意された。
甘いものは嫌いじゃない。だが、最近は自分から食べようと思ったことはなかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
甘い匂いに誘われて一口食べると案外悪くなかった。ケーキ自体にはそんなに甘さはなくて、甘いクリームをつけるとほどよい甘さになる。
「ね、どう?」
「……まあ、悪くないですね」
食べているところをずっと見られていたらしい。
何がそんなに面白くて笑っているのだか。
「君は、カナトたちといつも食事をとっているのではないのですか?」
留学生の世話にカナトが抜擢されたのは知っている。かなり仲がいいと噂されているのも耳にした。でも今日は一緒ではないらしい。
「まあ、いつもはね。でもテオが最近あんまりカナトの近くにいさせてくれなくて……先生もカナトと仲良いよね」
「彼が一年生のときから授業を受け持ってますから」
「へぇ……でもさっき、カナトだけにはすごく親しそうな笑顔を向けていたようだけれど」
クロヴィスの瞳が、ケーキの欠片を口に含みながらもじっと俺を見つめてくる。
相変わらずの屈託ない笑顔の裏に、何か隠しているようで読めない。
こちらの何かを探ろうとしている……それだったら、受けて立つこともやぶさかではない。
俺は落ちかけていた横髪を耳にかけながら、口の端についたケーキの欠片を舌でゆっくり舐めとって、小さく微笑む。
「俺は、カナトのことが好きですからね」
背後で、きゃぁっと大きな声が聞こえたが、気にしないふりをした。
俺がカナトを一年生の頃から口説き続け、好意を寄せているのは生徒の間でも知られていることだ。カナトに会う度に甘い台詞を吐いているからな。
しかし俺のその答えが意外だったのか、クロヴィスの笑顔は消えていて、心底驚いた表情をしていた。初めて見る顔だ。
これは、勝ったな。
「……意外でしたか? この学園は自由恋愛が認められています。それは教師と生徒の間であったとしても、禁じられてはいません」
そもそもこの学園は人間関係を築く場としても機能している。貴族同士のつながりや、友人、恋人、そして人生の伴侶まで。様々な関係性が交錯している場所。
そのため、たまに泥沼化とした関係性も浮上するが。
俺はベイクドチーズケーキをもうひとくち口に含んだ。甘くて、舌で潰せるほど滑らかで美味い。思わず舌鼓を打った。
「……なるほど。隠す必要はないのか」
ぽつりと納得するように呟かれた声。
その声に、俺はケーキから視線を上げた。
クロヴィスは、肩が触れ合うほどに身を寄せてきた。そして机の上に置いていた俺の手に、自分の手をそっと重ねる。
驚いて目を瞬かせ、隣のクロヴィスを見つめれば、彼は目を細めてふわりと笑った。
「ティラン・ヴァレンス。どうか僕の〈ツガイ〉になってほしい」
……
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「……………は?」
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