こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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〈番〉 2

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 背後から、大きな黄色い悲鳴が上がった。
 食堂の外にまで響くほどの甲高い声の波に、人々の視線が一斉に俺たちの方へと集まる。
 
 これは、マズい。
 
 俺は慌てて立ち上がり、クロヴィスの腕をつかんだ。
 食堂のざわめきがよりいっそう強まったが、驚くクロヴィスを引きずるようにして、俺は食堂の外へと向かう。
 
 食べかけのケーキに後ろ髪をひかれるが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 なんだなんだと、驚きとざわめきが混ざる生徒たちの間をかき分けて、廊下を駆け抜ける。角をいくつも曲がり、ようやく人の気配が途絶えたあたりで足を止めた。
 そして柱の陰にクロヴィスを押し込み、胸ぐらを乱暴に掴んで鋭く睨みつけた。

「何のつもりだっ」

 焦りのせいか、思いのほか強い声が出た。
 
「そのままの意味だけど……」

 クロヴィスは驚いている表情はしているが、ただそれだけだ。
 何をしたのか、わかっていない。
 
「あんな人前で、あんなこと、正気か……!? ここの生徒たちの口の軽さを舐めるな。あっという間に噂が広まって、玩具にされるのは目に見えてる!」

 噂になれば、カナトの耳にも入ってしまう。
 せっかくここまで口説いて仲良くなったというのに、その関係性が崩れてしまうのは避けたい。それにこんな目立ち方はしたくなかった、最悪としか言いようがない。
 
「……っ」
 
 だめだ。こんなに感情的になるなんてティラン・ヴァレンスらしくない。
 落ち着け、俺。口調も崩れている。
 はぁ、と深く息を吐き、前髪をくしゃりとかき上げる。

「……それに、今日が初対面の相手に〈番〉だなんて何を考えてるんですか」
「初対面じゃないよ」

 なんだって、とクロヴィスを見つめる。
 すっと伸びてきた指先が首元に触れる。襟に隠れているシートの下をなぞる感触に、びくりと肩が震えた。慌てて手を払い除けると、クロヴィスは小さく笑う。

「……なに、するんですか」
「噛みアト、残ってるだろう。痛くしてしまったから心配で」

 頭がサッと冷えた。
 今、何と言った?

 呆然とする俺に、クロヴィスはばつの悪そうな笑みを浮かべた。それは先ほどまで見せていたような取り繕ったものではなく、心底こちらを気遣うような表情だった。

「……聖夜祭の夜、僕には断片的な記憶しかないけれど……ヴァレンス先生に酷いことをしたのは、なんとなく覚えている。僕たちは、今日が初対面じゃない」
 
 頭を抱えたくなった。

「あんな衝動は初めてで、僕自身も混乱していて、でも酷いことをしたのは事実だから、謝罪しようと昼食に誘ったんだ」

 額に手を当てて、唸る。

「……何のことかわかりません。俺は聖夜祭の途中で抜けました。夢でも見たんじゃないですか?」
「夢じゃない」

 また手が伸びてくる。それを掴んで引き留めたつもりが、逆にぐいっと腕を引かれ、思わず身体が傾いた。
 あっ、とそのままクロヴィスの胸に受け止められる。それと同時に首元に沈んだ彼の髪がふわりと頬に触れ、ぴりっとした痛みが首に走った。

「……んっ!」

 クロヴィスが首筋に埋めていた顔を持ち上げると、その口には剥がされたシートが咥えられていた。慌てて首を手で隠すが、肌の上にくっきりと刻まれた歯型は見られてしまっているだろう。

「ほら、夢じゃない」
「………っ」

 思わず黙り込む。
 あれほど上手く隠していたのに、クロヴィスはそれを目ざとく見つけてしまった。

「僕は気を失ってしまって、あなたはいなくなっていた。でもきっとこの学園の関係者だろうと思っていたから探していたんだ。……だから今日、授業で先生を見つけて、驚いた」
 
 顎先を指でくいと持ち上げられる。息が触れるほどの距離で、視線が絡んだ。

「僕の記憶の中の想像以上に、とても綺麗な人だったから」

 真正面からの真っ直ぐな眼差しに、喉がきゅっと鳴った気がした。
 
 そこまで言われてしまったら、もう誤魔化しようがない。
 俺は大きくため息をつきながら、クロヴィスの肩を押して何とか距離をとる。さっきから、距離が近すぎるんだ。

「……あれは、事故です」
「事故として片付けるには、強烈だと思うけど」
「事故です、聞きなさい。……あのとき、俺はカナトの魔法具であるピアスを手にしていた。カナトの魔力には、魔力の強い者の性的衝動を誘発するフェロモンのような作用があるんです。それに俺たちはあてられた、ただの事故です」

 カナトのあの暴力的なまでの甘い誘惑はそう簡単に断ち切れるものではない。理性が破壊される。こればかりは、彼の性質上どうしようもない。
 
「俺は犬に噛まれたようなものだと思っています。だから、君もあの時のことは忘れてください」

 そう言いながら、少しだけ肩の力を抜いた。

「……それに、もしそれが原因で〈番〉などと言っているのなら、気にしないでください。あなたが気に病む必要も、責任もありません。俺は将来のある生徒の未来を奪うような真似はしませんので、ご安心を」

 〈番〉は体を重ねることによって契約されるが、合意の元でないと無理だ。そう考えると今回は合意のない関係で、ある意味助かったかもしれない。
 そもそも俺はカナト以外の〈番〉を持つことが出来ない。持とうとしても、すぐに過去へと引き戻されてしまうからだ。

 クロヴィスは何か言いたげに口を動かしていたが、ぽそぽそと分からない言語で独り言を呟きはじめた。東国の言語だろう。言葉を探しているのかもしれない。

「……〈番〉じゃなくて〈ツガイ〉なんだけどな」

 同じ響きでも、彼にとっては違うようなものらしい。

「とにかく、〈番〉でもなんでも、伴侶探しに留学に来ているのなら他を当たってください」
「他なんていないよ。絶対に先生を幸せにするからさ」

 どこか既視感のある会話に戸惑いながらも、首を横に振る。

「言ったでしょう。俺はカナトが好きなんです」

 断ち切るように言い放つと、クロヴィスは少し困ったように眉尻を下げた。
 困っているのはむしろこちらだ。

 そもそも、なんなんだこの青年は。突然目の前に現れたかと思えば何もかも引っ掻き回してくる。次のループでも会うことになったら、無視した方がいいかもしれない。

「じゃあ先生、こうしよう。僕が先生に酷いことをしたのは事実だ。その謝罪だけでも受け入れて欲しい」
「……いいでしょう。それは受け入れます」

 俺の返事に、クロヴィスはふわりと嬉しそうに微笑んだ。
 
「ありがとう。責任はちゃんととるよ」
「……はい? その謝罪の中に責任は含まれていませんよ。言葉だけで十分です」
「でもそれでは、僕の気がおさまらないから」

 その言葉と同時に、腰に手が伸び、軽く引き寄せられる。あたたかい腕が、俺をそっと包み込んだ。
 
「なに、を……んッ」
 
 そしてぐっ、と少し強めに腰を圧迫されて、その刺激が腹部まで響いて顔を歪める。足に力が入らなくなり、崩れ落ちそうになったところを全身で受け止められた。

「ほら、このままじゃ日常生活を送るのも大変だ」
「何をするんですかっ」
「授業中もずっと立っているのが辛そうだった。同じ場所から動かないで教卓を支えにして話してたよね。それって、僕がかなり酷くしたからだろう?……特にここを重点的にいじめた覚えはある」

 するりと、太ももをなぞる指がそのまま尻へと滑り、揉むように触れられてびくりとする。
 
「お、覚えてなかったんじゃないんですか……!」
「断片的に。でも先生の顔は覚えているよ。気持ちよさそうで、とろとろに溶けてて、すごく可愛かった」

 どんな顔だよ……!
 思わず頭を抱えてしまう。

「……忘れてください。あのときは俺もどうかしてたんです」
「それは、無理かな」

 本当に何なんだよ……!
 謝罪を受けいれて、事故で済ますと言っているのに頑なに聞こうとしない。そもそも彼だってこんな大人の男より可憐な女性の方がいいだろうに。
 この世界では同性愛も珍しくはないが、ほとんどがノーマルだ。俺だって、ノーマルな性癖だ。

「……クロヴィス・リアン。君は何がしたいんですか? こんな大人を辱める趣味でもあると?」
「辱める趣味はあるかもしれないけど、責任はきちんととりたいなって」
「物騒なこと言わないでくださいっ。とらなくていいって、さっきから言ってるでしょう」
「僕を傍に置いて、使って欲しい。役に立つよ」

 さっきから話が全然通じない!

「ね、先生。いいでしょ?」
 
 耳元で甘く囁かれて、指先でつつ、と背中をなぞられてびくりと肩が跳ねた。

「……それは、わざとですか?」
「ふふ、どうだろう」

 笑いながら首を傾げるその様子に、ますます何を考えているのかわからなくなる。

 本当に、この青年が何を考えているのかわからない。人たらしで、掴みどころのない性格ということしかわからない。
 いったい何が目的なのか、腹の底が読めないその得体の知れなさは、同じ時をずっと繰り返してきている俺にとって、ここしばらく味わったことのない不思議な感覚だった。

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