こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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旧校舎 1

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 この物語は、運命の人と〈番〉になって世界を救う、愛と勇気と夢にあふれた学園ファンタジーBLだ。どこにでもあるようなありふれた設定のはずなのに、自分がその世界に放り込まれたなんていまだに信じられない。

 どうやら第三シリーズまであるらしいが、俺が知っているのは第一シリーズだけだ。第二シリーズからは他国に行き、そこの皇子様との恋愛模様に盛り上がる。そんな煽り文句を目にした記憶はある。でも俺は第一シリーズの悪役で、その終盤に死ぬ運命にある。だから先の展開なんて知りようもない。
 
 そして今は第一シリーズの中盤。
 聖夜祭から少し時間が経ち、カナトたちは二年生に進級する。二年生の後半で俺が起こす事件をきっかけに、カナトは聖女として覚醒する。その力は想像以上のもので、やがて勢力争いや国同士の争いを巻き起こすほどの規模になるだろう。

 俺がカナトに執着しているのは、その聖女の力が目的だ。
 聖女として目覚めたカナトの力なら、25歳の誕生日に魔力の暴走で死ぬ俺の未来すら変えられるかもしれない。そう信じて、ずっと動いてきた。

 けれど今回はイレギュラーが現れた。
 東国からの留学生。少なくとも第一シリーズの物語では出てこない人物だ。
 しかも彼は俺に〈番〉を申し込んできた。それからというもの、常に俺の周りにいる。
 最初は雑用を押し付けていたけれど、相手にするのもだんだんと面倒になってきて、最近は姿を見かけるたびに理由をつけて逃げ回ってばかりだ。
 
 正直、あの整った顔と甘い声で慕われるのは悪い気はしない。けれど何を考えているのか全くわからず、警戒は解けない。
 
 昔の俺なら、まだ積極的に話しかけたかもしれない。だが何度もループを繰り返したせいか、すっかり慎重になってしまった今の俺には、もうそんな気力なんて残っていなかった。
 
 そもそも、聖女を口説いて攻略しているつもりだったのに、いつの間にか知らない異国の留学生に俺が攻略されそうになっているなんて、そんな話聞いてない。

 
 * * *

 
 ある日の午後。
 授業が終わった頃に突然の豪雨が降り始めた。教室の窓から鈍色の雲を見上げて、あ、と思い出す。カナトが旧校舎に閉じ込められるイベントを忘れていたのだ。

 なるほど、今日の授業にカナトとテオがいなかったのもそのせいか。
 最近はクロヴィスに付きまとわれすぎて、細かいイベントを忘れてしまっている。
 
 教卓に置いた教科書を整えながら、少し考える。
 
 この学園の隣には、今はほぼ使われていない旧校舎がある。深夜に肝試しに来る物好きな生徒もいるが、普段近づく者はほとんどいない。
 
 今回のイベントは、カナトが変な影を見つけてその旧校舎に入り、閉じ込められてしまうものだ。実はその影はこの土地に縛られた精霊で、いたずら好きの精霊の力によるもの。
 そして必ずテオが助けに来るが、二人とも旧校舎に閉じ込められ朝まで出られない。そこでふたりきりの夜を過ごし愛を育む。そんな原作イベントは早めに阻止してきたはずだったのに。

「……行くか」

 今回は気づくのが遅れたせいで、テオも一緒に閉じ込められている可能性が高い。それでもカナトの好感度を上げるためには介入しておくべきだろう。
 ああ、イベントに介入するのがこんなに億劫なのは久しぶりだ。

「ヴァレンス先生。どこに行くって?」
 
 目の前に、ふわりと笑う声とともにクロヴィスが現れた。考え込みすぎて傍に来たことさえ気付かなかった。いや、彼はいつもこうだ。気付いたらすぐ近くにいる。

「そんな顔しないで。綺麗な顔が台無しだよ」
 
 クロヴィスはくすくすと笑う。
 俺はあからさまに顔を歪めてしまっていたようだ。しわの寄った眉間をクロヴィスの指でぐりぐりとほぐされる。

「……帰るだけですよ。授業はもう終わりましたし」
「でも帰ることを、行くとは表現しないんじゃないかな」
「考え過ぎです」
「まあ確かに。僕はいつも先生のことを考えているから、考え過ぎなのはあってるかも」
「そういう意味ではありません」
 
 遠巻きに、生徒たちの視線が突き刺さる。
 クロヴィスは俺への好意を微塵も隠そうとしない。隙あらば話しかけてくるし過剰なスキンシップもする。拒否してものらりくらりとかわされて、いつの間にか隣にいることも多い。
 生徒と教師。恋愛は禁止されていないが、若い教師は少ないし珍しくもある。なにより、俺とカナトとテオとクロヴィス、三角関係ならず四角関係にもなっているこの相関図は、噂好きの生徒たちの間で恰好の恋愛話の餌食となっているようだった。
 
 その好奇の視線に耐えきれず、教室から出て廊下を歩き出しても、クロヴィスは隣にぴたりとついてきた。
 
「どこに行くのか教えてよ」
「だから、部屋へ戻るだけです。君も帰りなさい。雨が強くなってきている。ここと生徒寮は少し離れているでしょう。ずぶ濡れになっても知りませんよ」
「じゃあ一緒に帰ろう。教師寮も学生寮と近かったよね」
「だから……」

「あ、あの、クロヴィス先輩……!」
 
 押し問答をしていると、ひとりの女子生徒が駆け寄ってきた。先輩と呼ぶあたり一年生の生徒だろう。頬を赤らめ、制服の袖をぎゅっと握りしめながら何かを必死に伝えようとしている。少女の背後には心配そうに見守る彼女の友人たちの姿もあった。

「……何か用かな」

 クロヴィスは一瞬足を止め、少女に目を向ける。その顔は戸惑っているというよりも、困ったような表情だ。こういうときの普段のクロヴィスは、人のよさそうな笑顔で対応しているのに、今日は珍しくも冷たい声を発している。何かあったのだろうか。
 その声に少女は緊張したのかびくりと肩を震わせ、それでも何とか勇気をだして口を開いていた。
 
「えっと、お話があって。少しお時間をいただけませんか……!」

 ああこれは、甘酸っぱい青春の告白だ。

 この隙にと、俺は足を速める。後ろで呼び止められる声が聞こえた気もしたが、聞こえないふりをしてそのまま歩く。
 
 どうせなら、このまま彼女の告白に応えて俺から離れてくれないだろうか。
 
 だが、クロヴィスが告白を受ける姿は何度も見てきたが、彼は一度もそれを受け入れたことがない。その理由は俺にあると知っている。彼にとって相手は選べるほど引く手あまたなのに、なぜこんな陰険教師の男がいいのか、今でも理解できない。

 かつかつと廊下を歩く足音が、少しだけ大きくなった気がした。
 
 
 * * *

 
 何とか屋根伝いに濡れずに来られたが、ここから先の旧校舎への道はこの大雨の中を突っ切るしかない。雨に濡れるのは嫌いじゃないが、服が重くなるのは鬱陶しい。だが着ているローブのおかげで中までは濡れずに済むだろう。

 フードを深く被り、意を決して濡れた地面を蹴りながら走る。雨は思ったよりも強く、すぐにローブが重くなっていく。

 正門を抜け、もうすぐ旧校舎の入口に着くと思った、そのときだった。
 
「あっ」

 ぬかるんだ地面に足を取られ、体が前のめりに傾く。しまった、と思った瞬間にはもうバランスを取りきれず、胸が地面に触れそうになる。
 
 そのとき、背後から強く腕を引かれた。
 体がふわりと浮く感覚に驚いて振り返ると、すぐそこにクロヴィスの顔があった。雨粒が頬を滑り、前髪がしっとりと額に貼りついている。息が近い。唇が触れるほどの距離で、彼は目を細めて笑った。

「危なっかしいね、先生」

 そしてそのまま俺を小脇に抱えて、ぬかるんだ地面の跳ね返りも気にせず駆け出す。
 
 旧校舎の錆びた鉄扉の前で、クロヴィスはようやく俺を降ろした。

「……女子生徒はどうしたんです」
「断ってきた。僕には先生がいるからってね」

 どう反応すればいいのかわからない。でも、どう反応しても喜びそうなので、ただ短く「そうですか」とだけ呟いた。

「……嫉妬してくれないんだ?」
「自惚れないでください。俺たちはそんな関係ではありません」
「僕は、はやくそんな関係になりたいと思っているんだけど」

 隙あらば口説いてくるのはどうにかならないものか。
 
 クロヴィスは屋根伝いに来なかったのだろう、急いで追ってきた様子からして、俺よりも雨の餌食となっていた。水分を含んだ制服がぴったりと、しなやかな体の線がわかるほどに引っ付いている。気持ち悪いのか、濡れた前髪をかき上げて少し眉尻を落としていた。

 そんな姿を見て、自然と眉間に皺が寄ってしまった。
 俺は雨で重くなっているローブを持ち上げて、その下に着ていたシャツのボタンを外して手早く脱ぐ。多少湿ってはいるが、タオル代わりにはなるだろう。

「え、先生……?」

 クロヴィスは突然脱ぎだした俺に戸惑っているようだが、俺はそのシャツを彼の顔にぺたりと貼り付け、少し強引に濡れた髪や顔を拭った。

「雨に濡れると魔力が不安定になるんでしょう。使ってください」

 クロヴィスの瞳が一瞬見開かれ、すぐに微笑みに変わる。

「……覚えていたんだ」
 
 忘れるわけない。不安定になられてまた襲われることがあってはたまらない。これは自分の保身のためでもある。
 
「でもそれじゃあ先生が寒いでしょ」
「このローブは水はけがいいので絞れば元に戻ります。それに中に一枚着てないくらい平気です。君は髪も長いんですから、しっかりと拭きなさい」
「……それじゃあ、遠慮なく」
 
 クロヴィスは俺の貸したシャツをぎゅっと胸元に抱え、ほんのわずかに頬を染めていた。

 ……待て、シャツに顔を埋めるな。まさか匂いでも嗅いでいるんじゃないだろうな。

 濡れた肌を俺のシャツで拭いているクロヴィスを横目に、旧校舎の鉄扉へと手を伸ばした。
 触れた瞬間、ひやりとした感触が手に伝わる。それだけではない、魔力を感じる。目に見えない膜のような抵抗が、鍵もないはずの扉を押し返してくる。精霊の仕業だとすぐに分かった。

「……やっぱり」
 
 取っ手を掴んで軽く力を込めてもびくともしない。一足遅かったようだ。
 このままではカナトもテオも明日の朝まで閉じ込められたまま急接近してしまう。いや、もうほとんどあれは両想いのようなものだが、まだ少しでもカナトの意識をこちらに向けられるのであれば、ここで助けに入るべきだろう。だが、どうすれば扉は開くだろうか。
 
 考え込んでいると、背後から声をかけられる。
 
「そういえば、旧校舎に何の用だったの?」
「いえ、少し気になることがあって……ただ、扉が開かないんですよ」
 
 クロヴィスが横から手を伸ばしてくる。

「かして」
 
 そしてそのまま、ためらいなく扉を押す。
 きぃ、と、あっけないほど軽い音を立てて開いた。

「え?」
「あっ」
 
 扉の取っ手を握っていた俺は引っ張られるようにして中へと身体が傾いた。背後からクロヴィスの手が回って支えようとしてくるが間に合わず、そのまま彼と一緒に旧校舎の中へ。

「……っ!」
 
 どさっ、と古びた木の床にふたりして倒れ込み、はっと顔を上げて後ろを振り向けば。
 背後で鉄扉が――バタンッと閉まった。
 耳に残る反響。仄暗い空間。冷たい空気が一気に広がり、旧校舎特有の古い木の匂いが鼻をつく。

「閉じ込め、られた?」
 
 すぐ隣にいたクロヴィスが呟く。
 外の雨音が、遠くなった気がした。

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