こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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転生者 2

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「あれ、違うの?」

 俺がクロヴィスのことを好きだって?
 確かに彼は何かと理由をつけて俺の傍にいる。あしらっても逃げ回っても、気づけば笑顔で隣にいるんだ。もしかしてカナトはそれを見ただけで「両想いなんだよね」とか言い出すんじゃないだろうな。頭が痛くなってくる。
 
「……どうしてそう思ったのか、聞いてもいいか?」
「だって先生って僕を口説くとき、なんか薄っすら演技っぽいなって思ってた。本気じゃないっていうか。でもクロヴィスの前にいるとそれが解けてて、あ、お似合いだなって!」
 
 演技だったの、全部ばれてたのか……!?
 
 衝撃で言葉が出ない。あれほど時間をかけて自然に口説いていたつもりだったのに、全部見抜かれていたなんて。
 頭を抱えて叫びたくなるのをこらえて、眉間に寄った皺をぐりぐりともみほぐす。
 
 とにかく、この話題から逸らさなければ。
 
「……それを言うなら、君もテオが好きなんだろう?」

 カナトの頬がみるみる赤くなる。

「て、テオは! 昔からの幼馴染だし……!……いやでも、好きかも、うん」
「見ていればわかる。テオ以外は眼中にないって顔だ」
「ふふ、そうだね。ぼくはテオが大好きなのかも」

 無邪気に笑う顔は、俺には残酷すぎた。
 
 ああ、今回のループも完全に折れたな、これは。
 カナトはもう絶対に俺を選ばないと、薄々わかってはいた。カナトとテオがすでにそういう仲だということは、この目で見てしまったから。だが、それをこんな形であらためて突きつけられるなんて思いもしなかった。

 そもそもクロヴィスのこともそうだが、カナトが転生者だったという時点で、このループは想定外の展開に転がっている。しかもこんなにイレギュラーが起こっているのに、破綻なくシナリオ通りきちんと進んでいるのがうらめしい。もしかしたら、世界はシナリオ通りに収束させる何かがあるのかもしれない。
 だったら、俺がこれ以上足掻く余地はない。
 
 ……なら、いっそのこと、さっさと次のループへ行った方がいいのかもしれない。


 
 突然保健室の扉が、ガラッと勢いよく開いた。

「随分と仲が良さそうだな?」
 
 振り返ると、扉を開けたのはテオだった。隣にはクロヴィスもいる。
 実技授業のためだろう、二人ともカナトと同じように動きやすい魔術訓練用の服装に身を包んでいた。
 クロヴィスの長い髪は編み込まれ、きちんと後頭部でまとめられている。そのせいか、いつもより少し印象が違って見えた。その姿を見てただ漠然と、クロヴィスって綺麗な顔してるよなと思ってしまったのだから、俺はちょっと疲れてるのかもしれない。
 視線が合うとにこりと微笑まれたので、ふいっと逸らした。

「テオ! クロヴィスも! 授業はもういいの?」
 
 カナトはテオを見るなり、ぱっと表情を明るくした。まるで恋する乙女そのものだ。

「おまえが事故ったから、先生がはやめに切り上げてくれた。本当に光魔法が使えるなんて、って驚いてたぞ。あれはあとで理事長に呼び出されるヤツだな」
「入学する時に魔法の適性テストはちゃんと受けたよ? 信じてくれてなかったのかなぁ」
「壁を壊すほどの威力とは思わなかったんだろ。……それで、怪我は大丈夫なのか? もう歩けるのか?」
「うん、ヴァレンス先生が手当してくれたから大丈夫!」

 ちっ、とテオは舌打ちをしながらこちらを睨みつける。まるで猫が威嚇している姿のようだ。相変わらず彼には嫌われている。

「壁を壊したって、すごいですね」
「あはは、力加減がわからなくて。……そういえば、先生が魔法使ってるところ見たことないかも。何が得意なの?」

 まさか自分に話題を振られるとは思わず、返答に戸惑う。
 俺の魔法は指先に魔力を練り込んで、糸のようにモノを操るタイプだ。しかし滅多に使わない。使うと必ず体調を崩すからだ。それに、操作系の魔法は黒魔術にも似ていて、人前で安易に使うものではない。

「秘密です」

 曖昧に答えると、カナトは小さく口をとがらせ頬を膨らませた。どこか「教えてくれてもいいのに」と言いたげな顔だ。

「おいカナト、もう行くぞ」
「え、もう少しゆっくりしてたかったんだけどな。……それじゃあ先生、ぼくはもう行くね。手当してくれてありがとう!」
「ええ、お大事に」

 そして、「あ」と小さく声を上げると、とことこと俺の傍まで歩み寄り、耳元に顔を近づけてこっそりと囁いた。
 
「先生、さっきの話はふたりだけの秘密ね」

 笑って「もちろん」と返すと、テオの手によってカナトは俺から引き剥がされていった。少しでも俺に近づかせたくないらしい。
 
 保健室から去っていく二人の後ろ姿を目で追いながら、胸の奥に重たいものが沈んでいくのを感じる。
 
 俺は、今後のループでもカナトを口説けるだろうか。
 
 演技だと見抜かれていた。それにテオのことを「好きだ」と話していたカナトの顔は、本当に嬉しそうで眩しくて。あれはきっと、本心からの笑顔なのだろう。
 何より俺のことまで気にかけてくれる優しい子だった。その笑顔を奪うなんて、どうしてもできそうにない。
 カナトの悲しい顔は、もう見たくない。
 
「先生、僕のこと忘れてない?」
 
 ぽすんと、さっきまでカナトが腰掛けていたベッドの縁にクロヴィスが腰を下ろした。テオと一緒に来ていたが、俺たちのやり取りを邪魔しないように黙っていたらしい。
 少しむすっとした表情で、じっと俺を見ている。
 
「……次の授業はいいんですか?」
「選択授業だからね。僕は取ってない。今日は終わり」
「そうですか……」

 ふぅ、と大きなため息をついてしまう。
 どっと、なにか重たいものが身体に纏わりついてきている。ずっと張り詰めていた糸が、ぷつんと切れたみたいだ。

 ああ、だめだ。本当に疲れている。

「……先生、顔色悪いよ。疲れてる?」
「いえ、大丈夫です」
「どう見ても大丈夫そうじゃないよ。何かあった?」
 
 返事を返す気力もなく、目を伏せて小さく息を吐く。背中が冷たい汗でひやりと冷たくなり、どくどくと、心臓が嫌な音をたてていた。

 ――もう、ループから抜け出せないかもしれない。
 
 さっきからずっと考えないようにしていたその考えが、ふと頭をよぎるだけで、意識が遠のくほどの疲労感に襲われる。
 
 何度も何度も、同じ結末を見てきた。悪役として自滅しては十五歳の誕生日に戻される、この終わりのないループ。最初は抜け出すために手を尽くし、状況を変えようとあらゆる手を試して必死に足掻いた。だが回を重ねるごとに精神が削れていった。
 そしてその中で気づいた。聖女カナトを〈番〉にすることが唯一の解だと。
 だが、頭の中にはいつも同じ光景が浮かぶ。カナトがテオと寄り添い穏やかに笑う姿。
 カナトは、どうしたってテオを選ぶだろう。何度やっても、その結末だけは変わらなかった。
 
 そしてそれは、これからも変わらないのかもしれない。
 
 それじゃあ、今まで俺が頑張ってきた時間って、何なんだ。全部無駄だったってことなのか。俺は、何のためにこうやって、生きて――……

「ヴァレンス先生」
「えっ」

 急に腕を掴まれて、ベッドに引きずり込まれる。驚く間もなく、添い寝するように一緒に横になったクロヴィスに、ぎゅっと抱きしめられた。
 
「……っ、クロヴィス?」

 彼の胸板に頬がひっついていた。服越しにもはっきりと伝わる鼓動が、一定のリズムで俺の耳に伝わってくるほどに。

「ねぇ、先生はひとりじゃないよ。僕がいるんだから、ひとりで抱え込まないで、僕に甘えて。先生の弱いところ、少しでいいから見せてよ」

 耳元で、宥めるような落ち着いた声が響いた。
 背中に回った腕がさらに力をこめてくる。それは逃げ道を塞ぐというより、何かに溺れそうな俺を引き留めるような優しい抱擁だった。
 そのぬくもりがあまりにも柔らかくて、気づけば俺は、胸の奥に沈んでいた弱さを口に出してしまっていた。

「……何のために生きてるんだろう、ってふと思っただけですよ」

 息をするみたいに理由をつけなくても続いていくもの。ずっとひとりで、出口のない迷路の中を歩いているかのように彷徨っていることに、疑問を持ってしまった。
 何度も何度も繰り返して、無駄な時間を無為に過ごす。俺が今こうしてることに、いったいなんの意味があるのだろうと。

 クロヴィスは目を見開いてこちらを見つめていた。
 それもそうだ。突然「生きる意味がわからない」なんて言われたら、誰だって驚く。
 俺は苦笑いを浮かべながら、クロヴィスの腕をそっと外して上体を起こした。
 
「すみません。変なことを言ってしまったようですね。少し疲れてるだけなので、気にしないで、」
「僕のために生きてよ」
 
 はっきりした言葉に、思わず目を瞬かせた。
 クロヴィスは寝そべったまま手を伸ばしてきた。頬に触れた指先は擦り寄ってしまいそうなほどにあたたかい。

「……といっても、先生は頷いてくれないんだろうけど」

 そういって、ふっと笑う。
 
「でも僕はね、その『何のために』をひとつに絞らなくていいと思うんだ。誰かと時間を重ねること自体が、生きる理由になることもある」
「……時間を重ねる、って」
「記憶することだよ。覚えていることは、簡単には消えない。あなたが経験したことや感じたことは、あなたの中に残っていく。僕と過ごした時間も、先生の一部になる。そうやって『ここにいた』って証が増えていくなら、その人生は無意味じゃないよ」

 クロヴィスの声は穏やかで、驚くほど柔らかかった。
 崖に立たされた俺の胸のどこかに、するりと滑り込んでくるようなものだった。

「だから僕は、先生の隣にいたい。今、ここにいることを一緒に感じたい。あなたの記憶に、あなたの人生に、僕という存在が少しでも残ればいいなって、いつも思うんだ」
 
 クロヴィスはそういって、優しく微笑んだ。
 その言葉に嘘はない。頬から伝わる指先の温度、柔らかい視線、掬い上げてくれるような言葉、そのすべてが、彼の本心から来るものだと伝わってくる。

「ねぇ、先生」
 
 クロヴィスは上体を起こして視線を合わせ、ゆるく手を握ってきた。指先に小さく唇を落とし、まっすぐと見つめてくる。
 
「僕はずっと、あなたの傍で一緒に生きていきたいんだ」

 心が、ぐらりと揺れてしまった。
 
 あんなに波立たなかった心が、彼のまっすぐな言葉に触れて、急に揺れ動いて、胸の奥で心臓が少しずつ鳴り響くのを感じた。

「……あれ、断らないね?」

 クロヴィスは不思議そうに首を傾げ、俺の顔を覗き込んでいる。
 いつもなら「お断りします」と即座に切り捨てていたはずだ。
 
 多分、俺は、小さく笑っていた。無意識にふと零れた笑いは、いつぶりだろう。覗き込むクロヴィスの目が、少し驚いたように見開かれていた。
 まっすぐに感情を向けてくる揺るがない態度。欲しい言葉を迷いなくくれる安心感。そのせいで心が揺れて、急に色づいた自分の感情に笑ってしまった。
 まだ俺は、大丈夫だと思わせてくれる。

「……君は本当に、諦めの悪い人ですね」

 そういうと、クロヴィスは自信たっぷりに笑った。

「もちろん。世界と先生を天秤にかけても、僕は迷いなく先生を選ぶからね」
「それは重いので、やめてください」

 胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。

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