こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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転生者 1

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 俺はきっと、この物語を遠くから見ている。
 向こうの世界の「オレ」が冷静に判断して「俺」を動かしている。そこは俺だけの安全圏。何者にも汚されず干渉されない精神のテリトリー。
 摩耗しているはずの俺の精神が崩れないのは、きっとその領域があるからだ。だからいつもティラン・ヴァレンスとして振る舞って悪行に手を染めようとも、激しく心は揺るがない。
 きっと本物のティラン・ヴァレンスは、一周目でとうに死んでいるのだろう。

 
 カナトが二年生になってから物語の中盤。
 ティラン・ヴァレンスが動きはじめるのはこの時期だ。
 
 今回も例に漏れず、同じ時期に実家から呼び出しがかかった。そして重苦しい執務室の中で、父から釘を刺される。

「話は以上だ。ヴァレンス家の血を継ぐ者として、正しく振る舞え」

 威厳のある低い声が部屋に響く。
 ヴァレンス家現当主、アディス・ヴァレンス。
 歳を重ねた皺さえ威圧感に変えてしまう。背筋は真っすぐで、鋭い赤い瞳に見据えられると思わず呼吸が浅くなる。
 
 俺はこの人のことを、あまり好きではない。
 
 母は身体が弱い人でもないというのに、父のせいで精神を病んで俺を産んでからすぐに亡くなった。幼少期から父の厳しい躾の下で育ち、情というものを与えられた覚えはない。他人の心情など知ろうともせず、ヴァレンス家がどうのし上がるかだけを考える。立場と名誉を守るためなら息子さえ駒としか見ない、そういう男だ。

 俺が学園で教師をしているのも父の推薦だ。見分を広めるとは表向きで、裏稼業の顧客を手に入れるために俺を潜り込ませている。現に俺はこの段階で幾人の顧客と接している。
 
「ご期待のままに」

 皮肉とも忠誠ともつかぬ返事をし、部屋から出ようとして。
 
「ティラン」

 父に呼び止められる。
 短い一言に背中がわずかに強張った。
 これも、今までなかった展開だ。

「ある人物から〈番〉を申し込まれたそうだな」
「……お聞き苦しいことを耳にさせてしまい申し訳ありません。すでに断っています。俺には婚約者である彼女がいますので」
「それなら構わん。あの女は形だけのものだからな」

 父の声色は淡々としているのに、その言葉はあまりに冷酷だった。
 婚約者は確かに形だけのものだ。この年齢になっても結婚の話がでないのは、いつでも解消できる都合の良い存在として囲っておきたいだけ。
 
「その人物の〈番〉の申し込みは受けろ」
「……は、……?」

 面食らってしまう。

「どういう、ことでしょうか」
「あれは使える。今は手元に置いておけ」
 
 父の口ぶりは、まるで何か貴重な駒を手に入れたかのようだった。
 ヴァレンス家現当主の父さえもそう思わせるものがあると? 本当に、彼はいったい何者なんだ?

「……何者かだけでも、教えていただけませんか」

 無意識に、声が低くなる。
 知りたい気持ちと、知ってしまえば引き返せない気持ちがせめぎ合う。でも、それでも知りたかった。

「いいだろう」

 父はゆっくりと顔を上げ、鋭い視線を俺に突き刺した。その瞳は乾ききった血のように暗く、底が見えない。
 次の言葉に、俺は目を見開いてしまった。
 
「クロヴィス・リリ・アンソウジュ。東国皇家直系の皇子だ」
 
 喉の奥で、ひゅと空気が鳴った。
 心臓が一拍、遅れて跳ねる。

 ――東国の皇子、だって?

 頭の中で何度繰り返しても、その響きは現実感を帯びなかった。
 息が浅くなり、背筋を冷たいものが伝う。
 
 そんなまさか、という思いと同時に、腑に落ちる点がいくつも浮かび上がってくる。

 理事長にさえたった一言で話を通してしまう影響力。生徒記録簿の備考欄の不自然な空白。無理難題の課題を一晩で仕上げてくる才覚。そして人混みの中に立てば一目で視線をさらっていく整った容貌。立ち姿ひとつさえ自然で洗練された品のある佇まい。

 そして、あの誰にでも向けられる、無害だと錯覚させる笑顔。今思えば、それすらも人を油断させるためのごく自然な武器だったのかもしれない。皇族という立場なら、敵を作らず人心を収めるために、ああした表情を繰り返してきたのだろう。それはもはや取り繕うというより、呼吸のように染みついた癖。

 違和感の正体が、はっきりとした。

 クロヴィスという青年と「皇子」という肩書きが、驚くほどすんなりと頭の中で結びついてしまったのだ。

 

 * * *

 

「ヴァレンス先生、どうしたの?」

 カナトに声をかけられて、はっとする。

「あ、少し考えごとをしていただけです……もう傷みませんか?」
「うん、痛いのは最初だけだった。先生って手当も上手なんだね!」

 ここは保健室だ。いつもいる保険医のリチが不在のため、足を怪我したカナトの手当を俺がしていた。
 
 魔術実技の授業中に足を怪我したカナトを「偶然通りかかった」俺が抱き上げてここまで運ぶ、というお決まりの流れ。
 歩けない彼を抱き上げたとき、背後から突き刺さるようなテオの視線があったが、今回はそれ以上に周囲の生徒たちの黄色い声援の方が目立ち、視線の痛みはかき消されていた。俺たちの四角関係の噂はまだ消えてないらしい。

「あのね、変なこと聞くかもしれないんだけど……」

 包帯を巻き終え、手際よく道具を片付けようとしていたとき、カナトが少し視線を逸らしながら口を開いた。緊張しているのか、珍しく声の調子がいつもより硬い。

「なんですか?」
「先生って、転生者……だったりする?」

 あまりに唐突な言葉に、俺はびっくりして固まってしまう。
 カナトは慌てて両手を振る。
 
「あ、警戒しないで! ぼくもなんだ」
「君、も……? どういうことです?」
「えっと、気付いたらこの物語の世界にいた、っていうか」

 なんだこれは。
 こんな展開なんて知らない。

「……いつから、です?」

 慎重に言葉を選ぶ。
 もしかしたら俺の何かの間違いかもしれない。

「えっと、この学園に入学してから、かな。一年生のときに階段から落ちちゃったときがあって、そのときにえっと、ぶわーって!」

 両手を広げて、言葉にならない音を必死で表現する。

 一年生の時の転落。
 確か俺もその場にいた。階段の踊り場から足を滑らせ落ちていくカナトを咄嗟に助けようとしたが、それより早くテオが下敷きになって受け止めた。
 あの転落事故も、本来の物語にはなかったものだ。

「えっと、前世っていうのかな。ぼくは日本人だったんだけど……先生は?」
「それは、俺も転生者という前提で話してます?」
「えっ、違った!? ご、ごめんなさい。ぼく勘違いして……!」

 あたふたと手を振るカナトの姿。
 どうやらその態度からして、からかっているわけでも冗談を言っているわけでもなさそうだった。カナトは嘘をつくのが苦手で、感情がすぐに顔に出る。ならば、その言葉は本当のことなのかもしれない。
 あまりにも衝撃的で、現実味がない。
 だが、俺自身が転生者なのだ。主人公であるカナトが同じ転生者だったとしても、そんな偶然があるか?とは思うが、決してありえない話ではないのかもしれない。

 予期せぬ展開に戸惑いつつも、俺は深く息を吐いて、口を開いた。

「……あってる。俺も日本人だ」

 カナトの目がぱっと輝いた。

「やっぱり!」
「どこで気付いた?」
「えっと……なんとなく? 先生といると楽だなって思ってたんだけど、会話に困ったら天気の話をするとか、目が合ったら会釈するとか、道が詰まってたら自然に譲るとか……ほんと些細なことなんだけど」

 そこで普通気付くか?
 だが妙に直感力があるのは、主人公ゆえなのかもしれない。

「ぼくは都内に住んでたんだけど、先生は?」
「……俺も都内住みだ。普通の社会人だった。記憶は曖昧だからはっきりとはしないけど」
「えっ同じ! ぼくも社会人‪! ××年目!」
 
 軽く俺の社会人歴の倍はいっていることに、思わず目を瞬かせる。

「……年上?」
「えへへ、そうなの?」

 こんなに無邪気で可愛らしいのに、中身は俺よりずっと大人だったのか。いやそれをいうなら、今の俺もおじいちゃんなのだけれど。

「ぼくさ、この世界のことを何かの物語で知ってるはずなんだけど、ほとんど思い出せなくて」
「思い出せない?」
「うん、薄っすらとしか。ぼくは物語の主人公で、それで、先生が……その、悪いひとだってことはなんとなく知ってる。でも記憶の中の先生は、いつの間にかいなくなってて。それもあまり良くない形で……ぼく、それは嫌だなって思って」
「それで、俺に声をかけたのか……」

 こくりと、素直に頷く。
 カナトはこの物語については曖昧だけれど、断片的な記憶はあるのだと。
 ティラン・ヴァレンスがこれから何を起こすのか、その果てにどんな結末を迎えるのか、それにもなんとなく勘づいているのだろう。
 
 俺がまだ「転生者」かどうかさえはっきりしないうちに、それでも彼は声をかけてきた。おそらく、俺を気遣ってのことだろう。
 なんてできた主人公なんだろう。いや、「主人公」という言葉では軽すぎるかもしれない。カナトだって、こうして生きている、ひとりの人間なのだから。
 
「先生、大丈夫なんだよね……?」
 
 カナトの悲しげな表情が、かつて裏切られたと泣き叫んだあの顔と重なって、胸がぎゅっと痛む。俺は、カナトのそういう顔に堪えきれないほど弱い。
 
「……大丈夫だ。そうならないようにする。君は気にしなくていい」

 手を伸ばしてカナトの頭に軽くぽんと置き、くしゃりと撫でる。

「ほんと?」

 上目遣いに尋ねられ、黙って頷く。
 カナトは「よかったぁ」とふわっと笑った。

 ずきりと、胸が痛んでしまった。
 この約束は、決して守られることはないだろう。だがカナトだけは、悲しむようなことはさせたくない。
 
「えへへ、先生ってそっちが素なんだね?」
「素?」
「喋り方だよ。いつもより優しい」
「あー……まあ、そうかもしれない」

 つい口調が崩れて元に戻ってしまっていたようだ。

「そっちの方がぼくは好きかな。先生らしい気がする」
 
 ――カナトが俺と同じ「転生者」なら。
 
 もし俺がずっとループを繰り返していると打ち明けたら、〈番〉になって助けてくれるだろうか。そんな、同情で?
 カナトの性格なら、考えてくれるかもしれない。俺が泣いて縋れば〈番〉になってくれるかもしれない。けれどきっと悲しい顔をするだろう。
 やはりこれは、今ループでは俺の胸の内にしまっておこう。泣いて縋るのは、次の機会でもいい。
 
 一年生のときに階段から落ちて前世の記憶を取り戻したという事実だけでも、次のループで活かせるはずだ。

「ぼく、ずっと思ってたんだ。先生って無理してそうだなって。素直になってほしいなって」

 なんのことだと首を傾げていると、カナトは少しだけ頬を赤くさせて言った。
 
「クロヴィスのこと、好きなんだよね?」

 思わず、顔が引きつった。

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