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幕間:生徒たちの談笑
しおりを挟む昼下がりの食堂は、いつものように賑やかだった。
食器が触れ合う音、生徒たちの笑い声、美味しそうな料理の匂い。
そんななか、ぼくたち三人はそれぞれバイキングで選んだお昼ご飯を食べながら、普段のように他愛もない話を交わしていた。
「クロヴィスって、最近ヴァレンス先生と一緒にいるよね」
「先生のことが大好きだからね。好きな人に振り向いてもらうためにアプローチするのは、当然のことだろう?」
さらりと言い放った愛の言葉に、ぼくまで赤くなってしまった。後ろにいた女子生徒たちも聞き耳を立ててたらしく、きゃあと声を上げている。
クロヴィスが食堂でヴァレンス先生に〈番〉を申し込んだ公開プロポーズの話は、学園内でも話題のネタとなっていた。
ぼくもそれを聞いた時は驚いたけれど、ふたりが隣り合って並ぶとお似合いで、なんだかしっくりきてしまった。今ではクロヴィスをひっそり応援していたりする。
先生はぼくのことが好きみたいだけど、なんかちょっと違うんだよな。
「お前、趣味悪いよな。あんな陰険教師、どこがいいんだよ」
「テオはわかってないな。あんなに可愛い人、どこを探してもいないよ。まあ、僕以外はその可愛さを知らなくていいけど」
恋は盲目というけれど、クロヴィスのそれは少し違う気がした。ただ夢中になるのではなく、どこか計算の入った理性的な盲目。そういう矛盾した言葉がふと頭に浮かんだ。
「可愛いっていうより、かっこいい、じゃない? ヴァレンス先生って最初に会ったときから思ってたけど、顔は良いのにいつも目立たないモサッとした格好しているの、なんでだろ?」
「一年生のときからあんな感じなんだ?」
「うん。近寄りがたいというか、黒魔術使ってそうな見た目というか……」
最初に会ったとき、綺麗な赤い瞳は、重たい前髪の影に隠れて表情がよく読めなかった。肌は白く、身体の線がわからないほどの黒いローブをすっぽりと羽織っていて、身長は高く、すらりとしている。笑顔にはどこか嘘くささがあって、初めて見たときは陰険な印象さえ受けた。
その見た目から小さな声でぼそぼそ話すのかと思っていたけど、実際に話す声は授業中でもはっきりとして、綺麗で心地よくて、正直驚いた。
でも先生は心を許している相手以外にはぶっきらぼうで、距離を感じさせるところもある。すごく、不思議な人。
「あの陰険教師は生徒から嫌われてるってはっきり言えよ」
「もうテオ、そんなことないよ! 先生は優しいもん!」
「それはお前にだけだって……」
先生は勘違いされてるだけなんだ。
表情があまり動かないから、怖い人だって誤解されてる。喋ってみれば普通の大人の男の人だし、礼儀正しいし、頭も良いし、優しいし、かっこいいんだ。
「むー……でも先生って、なんか壁感じるんだよね。いつも仲良くしてくれるのに、どこか距離を置かれてるというか。ちょっと寂しいかも」
「……なんでアイツのことばかり考えてんだよ」
「ほらカナト、テオが嫉妬しているよ」
「なっ、おいクロヴィス!」
「えっ、ご、ごめん……!?」
テオがフォークを握りしめてむっとするのを見て、クロヴィスが肩を揺らして笑う。
「はぁ、……クロヴィス、友人として忠告してやるが、本気でアイツ狙ってるのなら、やめておいた方がいいぞ」
「……理由聞いても?」
「ヴァレンス家の次期当主様に、良い噂は聞かない」
テオの言葉に、クロヴィスは困ったように少しだけ首を傾げて、フォークを皿に置いた。
そのちょっとした仕草さえ妙に優雅で、クロヴィスはきっと高貴な生まれなんだろうなと思う。
テオもそうだけど、ふとした瞬間の丁寧な仕草に目を奪われることがよくある。特にクロヴィスは異国の血もあって、かなり目を引く。うん、すっごいモテるんだ、クロヴィスは。男女関係なく毎日告白に呼び出されるし、彼の周りには人が絶えない。
でもそんなクロヴィスは、ヴァレンス先生しか目に入っていない。その一途な想いは純粋に素敵だと思う。
クロヴィスは少し目を伏せて考える素振りを見せ、やがて穏やかに笑った。
「でも先生に、直接聞いたわけじゃないだろう?」
その穏やかな笑みが、かえってテオの眉間をいっそう深くさせる。
ふたりは昔からの友人のようで、再会してからも遠慮のない言葉をぶつけ合っていた。
ぼくもテオとは幼馴染だけれど、学園に入学するまではずっと会っていなかったし、ふたりの間には、ぼくの知らない歴史があるのだろう。
「聞かなくてもわかるんだよ。そもそもあの薄っぺらい笑顔が気持ち悪い」
「テオ、先生は笑顔が苦手なだけだよ!」
「笑顔どころか、表情が全然動かないじゃねぇか。ゴーレムだよあんなのもう」
「まあ確かにちょっと表情は薄いけどさ、でもさすがにゴーレムは言い過ぎだよ!」
せめてマンドラゴラだよと言えば、テオに、そっちの方が言い過ぎだろと呆れられてしまった。でもゴーレムは何も言わないけど、マンドラゴラはちゃんと叫ぶよ。
「……先生、ちゃんと可愛い顔するけど?」
「はぁ?」
「え、そうなの?」
「甘いものとか食べたときは嬉しそうに口元が緩むし、眠そうなときは瞬きが多くなって目尻が下がるんだ。ちょっと不機嫌なときは唇を尖らせて上目づかいになるし。すごく可愛い。それに先生は――……ああ、これは僕だけの秘密にしておこう」
唇にそっと指を当て、何かを思い出すように笑う。その笑みは、自分だけが知っている甘いものを噛みしめるような独占欲に満ちていて、ほのかに色気を感じさせた。
「先生はね、ほんとによく表情がころころと変わるんだ」
それって、クロヴィスの前だけじゃない?
ふとそんな考えがよぎる。
ああ、そうか。やっと腑に落ちた。
クロヴィスと先生が一緒にいるのを、何度も見かけたことがある。
そのときの先生は、ぼくの知っている表情じゃなかった。笑顔ではないけれど、その顔には確かに感情があった。
なんだ。そういうことか。
気づいた瞬間、変な使命感に燃えてしまう。
これは、やっぱり応援しなきゃだめだ。
「ねぇねぇ、クロヴィスって、先生のこと一目惚れだったの?」
問いかけると、クロヴィスはきょとんとしてから、目を細めて笑う。まるで甘い秘密をひとりで楽しんでいるような、少しだけ危うい笑みだった。
「どう思う?」
「そうだったら、ぼくはロマンチックだなって……」
「ふふ、一目惚れなのは間違いないよ。先生と目が合った瞬間、このひとだって思ったんだ。ずっとそばにいて、甘やかしてあげたいって」
熱烈な愛の告白なのに、言葉の奥に妙な含みがある。
クロヴィスはときどき、ぞっとするほど綺麗に笑う。何を考えているのか、まるで読めない笑顔だ。特に先生の話になると、その表情を見せることが多い。
ぼくだけでなく、テオもそれに気づいたのだろう。不機嫌そうにしている。
「……お前に目を付けられて、少し、アイツが可哀そうだって思ってしまったぞ。お前、昔ペットの鳥の翼を容赦なく折ってただろ」
「だって、守るためには必要な犠牲だろう? 檻の中でずっと幸せに可愛がってあげるんだから、飛ぶことなんてしなくていいんだよ」
「えー……クロヴィス、それはさすがにかわいそうだよ」
「はは、子どもの時の話だよ。もう昔のことだから。さすがに今はそんな酷いことはしない」
クロヴィスは少し世間とズレてる所がある。たまにさらっと怖いこと言うし。でも彼を見ていると、ヴァレンス先生が本当に好きなんだなと思う。だって、ぼくたちとこうしてつるんでるとき以外は、先生と一緒にいるんだもん。
ヴァレンス先生は影も気配も薄い。気づいたらすぐそばにいて、思わず驚くこともある。でもクロヴィスは、ぼくたちが先生に気づくより先にその気配を察して声をかけるんだ。
これってやっぱり、愛だよね?
一年生のときにヴァレンス先生と出会った時から、ずっと気になってたんだ。どこか儚げで、危ういところがあって、何かを押し殺しているような表情。
ずっと、ずっとそこが気になっていた。もしそれを支えてくれる誰かがいたのならいいなって、思ってたんだ。
ぼくは先生の想いには応えられない。だから、先生のことを大事にしてくれそうなクロヴィスと仲良くなってくれたらいいなって思う。
今度会ったときに、先生ともっとゆっくり話してみよう。
それにぼくも、先生に聞きたい「大事」なことがあるんだ。
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