こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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旧校舎 4

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 ぐったりと、床に座って背を壁に預ける。
 肩から腕へとじんわり重さがかかっているのは、クロヴィスにもたれかかられているせいだ。身長差的に逆だよなと思いつつも、その重さは案外悪くなかった。

「旧校舎にも保健室のベッドくらいはあるよね、探してこようか。先生も休みたいでしょ」
「いえ、やめた方がいいです。おそらくふたりがいるでしょうから」
「……案外冷静なんだ」

 あの様子からして、ふたりがもう体の関係を持っている可能性は高い。驚きはしたが、時間の問題だろうとどこかで予想はしていた。

「失恋したね」
「ええ、でも関係ありません」
「……どういうこと?」
「俺にはカナトしかいませんから。カナトがテオを好きだとしても、俺の気持ちは変わりません」

 カナトにしか、きっと俺は救えない。
 何度も心の奥で繰り返した言葉。今回がだめでも、次はわからない。俺はカナトを諦めることは許されない。

「……ねぇ、どうしたら僕を見てくれる?」
「諦めてください」

 すっぱりと言い切っても、きっと諦めてくれないのだろうけど。
 好きとか嫌いとか、そんな単純な話じゃない。クロヴィスの気持ちに応えたところで、俺が死ぬ未来は変えられない。だったら、それは無駄な時間と感情だ。

「じゃあどうして、」
 
 言葉が終わる前に、するりと指先が俺の顎を撫でる。そして軽く持ち上げられて、自然と視線が銀色の瞳に引き寄せられ、ゆっくりと顔が近づいてきた。

「……ん」
 
 唇が、重なる。
 柔らかくて、あたたかい。触れるだけのキスだった。それでも一瞬、思考が止まる。
 押し返そうとした手が、クロヴィスの胸元を掴んだまま止まった。なぜか動けなかった。

「……キス。ちゃんと、避けないの?」
 
 離れた唇との距離はほんの数センチ。吐息がまだ肌をかすめるほど近い。すぐにでも、もう一度触れてきそうな距離だった。
 
「押せばいけるって、勘違いするよ」

 熱の溶けた瞳で見つめられる。まるで愛おしいものを見るかのようなその視線。その奥に、少しだけ期待が入り混じっている。
 
 キスを避けなかったのは自分でもよくわからなかった。避ける必要がなかったのか、それともただ疲れて動くのも億劫だったのか。
 自分の考えすらも最近よくわからない。

「……さあ、俺にもわかりません」
「なにそれ、ずるいな」

 困ったような顔をさせてしまった。
 きっぱりと拒絶できず曖昧に答えてしまったのは、熱を発散した疲労感と脱力のせいで、俺の調子が狂っているからだろう。
 二度と起こらないと思っていたのに、また肌を重ねてしまった。最後まではしなかったが、それでも頭が痺れるほどの快感に、理性が溶けていった。最初のときと同じだ、今まで味わったことのない感覚。少し強引にされても、許せてしまうくらいには気持ちよかった。
 だめだな、こんなことを考えるなんて。やはり俺は、調子が悪いみたいだ。
 
「……そもそもキスなんて、そんな特別なものでもないでしょう」
「え、そんなに経験してるの?」

 ふにっと、自分の唇に指先で触れてみる。柔らかくて、あたたかくて、しめっている。何度もキスをされて、少しふやけているのかもしれない。

「いえ……それは、……そう、考えると」

 今までの記憶を思い起こす。
 他の人と肌を重ねるようなことはあっても、最後までする前に時間を引き戻されていた。それに、そこに愛はなかった。抱く側だったから前戯はあったけれど、それは一方的なもので。こうやって誰かと唇を重ね合って、気持ちよくなって、体温を分け合う、そんなことをしたのは。

「……君が、はじめてだ」

 ぽつりと零れた言葉に、自分でも驚いた。
 そう、初めてだったんだ。こんなにも長い時を過ごしているのに、キスをしたのは、クロヴィスがはじめてだった。それに気付いてしまって、ゆっくりと目を見開き「ぁ」と、クロヴィスに視線を向けると。

「それは、ずるい」
 
 彼は珍しく、顔を赤く染めていた。ほんのりと赤く色づいた頬と尖った耳の先。普段のすました顔が驚くほど緩んでいて、それを隠すかのように口元に手を添えていた。

 あきらかに戸惑っている、そんなクロヴィスを見るのは初めてで、なんだかその様子に俺まであてられて、顔に熱がのぼってしまう。

「いや、えっと。キスだけです。もちろんそれなりに経験ありますから。勘違いしないように」
「経験って、女の人? 男の人?」
「女性です。俺には婚約者もいますから。……その、それなりに」
「それなりにって、どのくらい」
「…………肌は触れ合っています」
「……先生。もしかして、童貞?」

 その質問にはさすがに答えられなかった。
 もちろん、童貞だなんて言い切れない。いや実際そうなのだけれど。そもそもこのループを抜け出せなければ俺の童貞を捨てれないわけで。
 婚約者と抱擁はしたことある。他のループでは致す前までもやったこともあるし、婚約者以外の他の女性とも経験はある。だがいずれも本番の挿入はしていない。それは童貞なのか?……いや、どう考えても童貞だな。
 
「……悪かったですね。こんな大人が経験ないだなんて」

 なんだか恥ずかしくなってきた。
 童貞を卒業する前に、処女、であってるかどうかわからないが、そちらの方を先に散らしてしまったわけだが。
 そもそもこんな会話を誰かとしたことがないため、どう反応したらいいかわからない。だから素直に答えてしまった。

 しばらくの、居心地の悪い沈黙。
 
 クロヴィスは、地面に落ちかけていた俺の顔をそっと両手で包み、ゆっくり持ち上げる。掌はあたたかく、指の腹でこめかみを優しく撫でてくる。
 
「責任、とりたいんだけど」

 見上げると、いつになく真剣な表情でそういった。
 
「とらなくていいと最初にいいました。それにあれは事故です」
「今日は? これも事故?」
「……事故です」
「キスだって普通にさせてくれるのに?」
「疲れて動くのが面倒だったから、です」
「じゃあ先生は、面倒だったら誰にでも身体を許すような人?」
「……それは侮辱ととっても?」

 鋭い視線を向けると、クロヴィスは慌てて「違う」と首を振る。

「じゃあ、僕にだけ?」
「……今のところは、そうみたいですね」
 
 クロヴィスの表情が、ふいにゆるんだ。
 嬉しそうで、どこか気恥ずかしげで、それでも隠しきれない幸せが溢れている、子供みたいに素直な笑顔だった。
 ぎゅっと優しく抱き寄せられ、背中にまわった腕のぬくもりが、じんわりと伝わってくる。

「先生。僕の〈ツガイ〉になってよ」
「だからそれは……っん」

 また唇が触れる。
 触れているだけのはずなのに、胸の奥がきゅっと締めつけられる。柔らかで優しいキスだった。
 
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