こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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ヒート 4

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 何が何だか、わからない。
 
 じわりと、腹の奥から熱が込み上ってくるのを感じた。
 最初に出会った時とまったく同じような。目が合っただけでぶわりと甘い匂いが溢れて、身体の奥底からぞくぞくと熱が迸って、疼く。
 そしてそのまま、噛み付くように口を塞がれた。

「んっ……ふっ、ンんッ」
 
 思考が吹き飛ぶほどの荒いキスだった。
 口の中で舌がうねり、奥に引っこめた舌をぬちゅりと引っ張りだされ、絡まり合う。唾液が口から溢れ、顎を伝って滴る。牙と歯がガチリと当たって、これ以上ないくらいに深く潜り込んでくる。
 呼吸ができない。苦しいのに、抵抗する力さえ抜け落ちていく。力の入らない手では、押し返すことすら叶わなかった。

 シャツの下に潜った指先がするりと胸の突起を掠めると、喉の奥からくぐもった声が出る。軽く触れただけなのに、甘い痺れに焦がれて身体が反応してしまう。

「まっ、て、なんで……!」
 
 何が起きているのかわからなかった。
 さっきまでとは比べものにならない熱が、まるで最初に出会った夜のように暴れ出している。
 いったい俺は、何をされた?

「……っ、クロヴィス、君はなにを」
「試してみるって、いったよね。先生は頑固だから、頭より身体でわからせてあげた方が早い」
「っ、なん、で……!」
「……先生、僕は怒ってるんだ。少しくらい乱暴になっても、我慢してね」

 見下ろしてくる瞳も、あのときと同じだ。
 とろんと溶けている白銀の瞳。けれど、その奥にゆらゆらと揺れている欲が見え隠れしている。甘さのなかに潜む、抑えきれない渇き。その視線に絡め取られただけで、腹の奥がじわりと熱く、濡れていく感覚がした。
 
 怖いと、思ってしまった。けれどそれ以上に、身体が熱く疼いて仕方がない。この熱を発散したくて、どうしようもなくて、混乱して、戸惑って、どうしたらいいのかわからなくて、震えが止まらずに、首を小さく横に振る。

「クロヴィスっ、だめ、だ……」
「……怖い? でも、先生が悪いんだよ。酷いこというから」

 耳元で、いつもより冷たく感じる低い声が囁く。
 その息づかいが触れただけで、背筋を撫でられたように、ぞくりとした。
 
 クロヴィスの手が下着の中へと滑り込んで、奥に触れようとしてくる。

 だめだ。このままじゃ、絶対にだめだ。

 また、同じように流されてしまう。いや、流されてはいけない。もう俺は、クロヴィスとこんな風に関わることはできないんだ。許されない。求めてはいけない。
 突き放すと、決めたんだ。

「……先生?」
「……っ!」
 
 ドンッと、勢いのままにクロヴィスを突き飛ばした。
 その身体がわずかによろめく。その隙に、ベッドの端を滑り降り、部屋を飛び出す。足に力は入らず、ふらつきながらも寮の廊下を駆け抜けた。

「はっ……はぁっ」

 息が切れる。心臓が痛いほど鳴り響いているけれど、走るしかなかった。
 そのまま必死に走っていると、生徒寮と教師寮の間の廊下の一角にある、談話スペースまでたどり着いた。ソファがいくつか置かれ、角には小さな暖炉がある。休憩するための静かな空間には、誰もいない。

 よかった、抜け出せた。

「……はっ、ぁ……いったい、何なんだよ……」

 壁に寄りかかりながら呼吸を整える。
 安堵の息をつくのも束の間、服も何もかも乱れた状態のままの姿を、誰かに見られたらどうしようという焦りが襲ってきた。
 
 自室にはもう戻れない。どこか、一時的にでも身を置ける場所を探さなければ。頭を冷やすだけの時間があればいい、そうしたら、クロヴィスも正気に戻ってくれるはずだ。
 息を整えながら考えを巡らせていると、ふとリチの顔が浮かんだ。
 
 保健室だ。
 
 あそこなら、この熱を沈めてくれる抑制剤もある。それにリチならきっと匿ってくれるだろう。そう思うよりも早く、足は自然と保健室へ向かっていた。



 授業中のせいか、校舎に生徒の姿はひとりもいなかった。助かったと胸を撫でおろし、たどり着いた保健室の扉を開けると、中にはリチがいた。
 その姿を見た途端、張り詰めていた緊張が一気にほどける。
 
 リチは突然現れた俺に目を丸くし、猫耳と尻尾をぴんと立てながらこちらを見つめていた。
 
「ど、どうしたんですか、ヴァレンス先生……その、恰好」
「……リチ先生」

 肩で息をしながら、保健室に足を踏み入れる。
 今の自分がどんな姿で、どんな表情をしているかなんて知りたくもない。だがリチの、見てはいけないものを見てしまったかのような視線と、赤らんだ頬を見れば、きっとあられもない姿なのだろうとは思う。
 しかし今は、そんなことを気にしている余裕はない。

「……突然すみません。少し、ここで休ませてもらえると、助かります」
「わ、私は構いませんが、次の授業の準備があるので、しばらく留守にしますよ?」
「大丈夫です……それと、抑制剤を、いただければ」

 リチは、あきらかに様子のおかしい俺にそれ以上は何も尋ねず、棚からペンタイプの抑制剤を取り出して渡してくれた。それを受け取って太ももに打ちこみ、ふっとため息をつく。
 こういうとき、空気の読める同僚は本当にありがたい。それに、この保健室では訳ありの生徒を匿うことも多いのだろう、リチの対応は慣れたものだった。まさかその自分がその対象になるとは思わなかったけれど。
 
 カーテンで仕切られたベッドに案内され、そのまま腰を下ろす。

「大丈夫そうですか?」
「……はい。少し休めば落ち着くと思います。突然駆け込んでしまって、すみません」
「いえ、気にしないでください。……何があったのかすごく気になりますけど、今はそんな余裕ないですよね」

 いつもの調子で話しかけてくるリチの声に、少しだけ肩の力が抜けた。
 さっきまで、自分がどれほど緊張していたのかをようやく自覚する。
 
 少しだけ落ち着いて冷静になっていくと、周りが見えてくる。保健室の中にいるはずの姿が見えないことにふと気づいて、リチに尋ねた。
 
「……そういえば、カナトとテオは来ましたか?」
「あ、はい。彼らなら寮の方へ戻しました。そっちの方がゆっくり休めますし。安定剤を打って様子を見ていましたが、特に悪化するようなこともなかったので」
「そうですか、それを聞けて……よかったです」
「ただ、カナトくんはかなり酷いヒートを起こしていたので、数日は絶対安静ですね」

 リチは少しだけ笑って、サイドテーブルに追加の抑制剤を置く。

「ヴァレンス先生も、もし量が足りなければこれを使ってください。寝ても大丈夫なので、ゆっくり休んでいてください。戻ったら起こしますね」

 そう言い残し、静かに扉を閉めて出ていった。

 保健室が急に、しんと静まり返った。
 静寂のなか、時計の針の音と、やけに早い心臓の音だけが大きく響いていた。

 ベッドに横になり、ゆっくりと息を整える。
 消毒液のつんとする匂いと、真新しいシーツの匂いに包まれながら、ようやく熱が少し落ち着いたように思えた。
 
 ――……いや、違う。
 
 体の奥が、まだじわじわと火照っている。
 抑制剤が効いていない? そんなはずはない。ヴァレンス家は裏で怪しいことはしているが、製薬技術は国の中でも屈指のレベルだ。薬が効かないなんてことはない。
 きっと休んでいれば、きちんと熱はおさまってくれるはずだ。触って欲しいだなんて馬鹿げた欲求も、消えるはず。

 大丈夫、大丈夫だ。落ち着け。

 そう自分に言い聞かせながら、天井をぼんやりと見上げる。
 身体が気怠い。このまま寝てしまいそうだ。それならそれでいい。少し眠れば、薬が効いて落ち着くだろう。落ち着いたら、また自室へと戻ればいい。そのときにクロヴィスに出会ってしまったら、今度こそはっきりと線を引かなければならない。もう、あのぬるま湯に浸かるような関係は続けられないのだから。
 
 彼は、どんな顔をするだろう。また、怖い顔をするだろうか。それとも悲しむか、怒るか……笑顔でないのは辛いけれど、仕方がないんだ。だって。

「……俺は、どうしたって、死ぬんだ」
 
 だから、変な期待はもう持たせてはいけない。
 俺には、彼と一緒に幸せになる未来なんて存在しない。戻る未来しか、残されていないのだから。
 
 じわり。
 意識がまどろみに沈みかけた、そのとき、だ。
 
 ――ふわりと、カーテンの隙間から甘い匂いが流れ込んできた。
 
 どこかで嗅いだことのある、危うい、痺れるような甘い香り。
 鼻先をくすぐるその香りに全身がびくりと反応して、がばっと上体を勢いよく起こした。

 保健室の扉が開く音はしなかった、はずだ。
 それなのに、こつ、こつ、と靴音がこちらに近づいてくる。その一歩一歩が、やけに鮮明に耳の中で響いて、心臓がどくどくと早鐘を打ち、呼吸が浅くなる。
 
 カーテンの向こうに、ゆらりとした人影が落ちた。
 
 そして。
 しゃっ、と布を裂くような音がして、カーテンが開かれた。
 
「――先生、見つけた」
 
 ぞくりとするほどの優しい声に、背筋に冷たいものが走る。

「クロ、ヴィス」

 そこには、クロヴィスが立っていた。

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