こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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ヒート 5

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 熱を瞳に宿したままで、乱れた服さえ整えていない。俺が突き飛ばしたままの状態で、追いかけてきたのか。でもどうして、ここに俺がいるとわかった?

「保健室に逃げ込むなんて、そんなにリチ先生のこと信頼してるんだ? 嫉妬するな」

 いいながら、クロヴィスはベッドの縁に腰を下ろす。ぎしりとマットが沈み、軋む音が鳴った。
 俺は自然と身体を丸め、距離を取ろうと後退するが、枕が当たってそれ以上は下がれなかった。

 クロヴィスはサイドテーブルに置かれた抑制剤に気付いて、くすりと笑いながらそれを手に取る。指先で弄りながらカチッとボタンを押し込めば、液体がプシュッと空振りした。

「僕のコレに、抑制剤なんて効かないよ」

 笑顔は柔らかく作られているのに、どこか不穏な気配が漂って、瞳の底が見えなかった。ひやりとする何かが、笑顔の裏に見え隠れしている。
 俺は、こんなクロヴィスを知らない。
 
「逃げるなんて、できないのに……ねぇ、先生」
 
 伸ばされた手が頬にそっと触れた。驚くほど熱い。
 何かを言おうとして声にならない。そんな震える俺の唇をなぞり、首筋から胸元、腹へとゆっくり指先がシャツ越しに滑り下りていく。
 触れられただけで、落ち着きかけていたはずの熱が、ぞわぞわとまた浮かび上がってくるのを感じた。
 その手で、もっと。もっと触って欲しいだなんて、思うはずがないんだ。ないのに。
 ぐっと唾を飲み込み、震える手でその腕を押し返す。
 
「……っ、さわる、なっ」
「ふふ、触って欲しい、でしょ。こんなにも僕を欲しがってるのに、素直じゃないな」
 
 どういうことだ。
 けれどさっきから、抑制剤が効いていないようだった。カナトのフェロモンですら即効性があるものなのに、まったく効かないなんてことは有り得ない。自分の身体に何が起こっているのかも、わからなかった。
 それに、さっきクロヴィスがいっていた「抑制剤なんて効かない」って、どういう意味なんだ。

「……不思議そうな顔してるね。でも、教えてあげない」

 クロヴィスは首を傾げて、意地悪く笑った。
 その笑みを、俺は知っている。唇はわずかに上がっているのに、目が笑っていないんだ。これは、怒ってるときのクロヴィスだ。

 ゆっくりと顔が近づき「先生が悪いんだよ、逃げるんだから」と耳元で低く囁きながら、こめかみに軽く唇が触れ、びくりと身体が跳ねた。少しの刺激だけでも反応してしまって、顔が熱くなる。

「ほら、そのままだと辛いでしょ。ね、僕のいうこと、ちゃんと聞いて?」

 クロヴィスはゆっくり目を細め、薄い唇がかすかに弧を描くように微笑んだ。
 獲物を逃さまいとする捕食者のような目つきに、心臓がぎゅうと締めつけられる。逃げ場を奪われるようなその視線の圧に、ぞわりと身がすくんでしまった。

 目の前に、白くしなやかな手がそっと差し出される。
 
「おいで、ティラン」

 その声は、低く、甘く、どこまでも優しかった。
 
 だめだ。その手を取ったら、だめなんだ。
 逃げろ、と頭が叫んでいるのに。わかっているのに。
 けれど身体は、まるで何かに支配されているかのように、いうことをきかない。

「一緒に、気持ちよくなろう?」

 その言葉には抗えない何かがあった。
 その手を取れば、きっとクロヴィスはこのどうしようもない熱を鎮めてくれる。頭も身体もぐちゃぐちゃになるほど、あやしてくれるだろう。
 だが、それはだめだと理性で否定する。それなのに、その誘惑を完全に振り払うことができずに、思考はどろりと曖昧になっていく。

「……っ」 

 気づけば、ゆっくりと手を伸ばしていた。
 震える手が白い指に触れた瞬間、指先にぴりっと熱が走る。
 そのまま、握ってしまった。

 だめだ、だめなのに。どうして。

 クロヴィスの掌が、静かに俺の手を包み込む。逃げることも、振りほどくこともできない。その温もりは優しすぎて、俺には残酷だった。
 もっと強引にされるのであれば、払いのけることができたのに。拒む理由ができたのに。わざと俺から手を伸ばさせた。わざと、俺の意思で選択させた。
 自分から来るように、と。

「ふふ、ティランはいい子だね」

 ふわりと嬉しそうに笑ったクロヴィスの瞳。
 その白銀の奥には、どろりとした熱が孕んでいた。その奥に吸い込まれるように、目が離せなかった。視界のすべてがぼやけて、クロヴィスの姿だけが鮮やかに映る。
 ただ、じっと見つめ合う。
 呼吸が浅く、鼓動だけが耳の奥で大きく鳴っていた。

 どうして、こんなにも。
 こんなにも怖いと思うのに、その瞳に見つめられると、安心してしまうんだろう。
 怖さと安堵がせめぎ合って、どちらが本心なのかさえわからなくなる。

「大丈夫。何も怖くないよ」
 
 長い腕が俺の身体をゆっくりと、すくい上げた。
 触れた腕の中は、俺の体温よりもずっと熱くて、火照りが移ってくるようだった。その熱に包まれたまま、どこへ向かうのかもわからず、ただ身を委ねていた。
 
 気づけば、また、自分の部屋のベッドに押し倒されていた。
 どうやって戻ったのか、記憶が曖昧で途切れている。
 感じるのは、身体にまとわりつく熱と、肌を撫でるクロヴィスの息だけだった。

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