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幕間:クロヴィス
しおりを挟む少しだけ、酷いことをしてしまったという自覚はある。
けれど、先生にどんなに言葉や行動で尽くしても、僕の気持ちはするりとすり抜けてしまう。
本当なら、もっとゆっくりと時間をかけて、紳士的に、優しく口説くつもりだった。
でもあんなことをいわれてしまって、〈ツガイ〉には絶対なれないと否定されて、僕の中の何かが崩れた。
抑えきれない自分の欲を、どうしようもなくぶつけてしまった。
少し卑怯な手を使ってしまったけれど、本気で拒まれたのなら止めるつもりだった。逃げる隙もきちんと与えていた。
それでも、駄目だといいながら僕の手を取ってくれて、嫌だといいながら受け入れてくれたことが、嬉しかった。
僕の下で息を乱し、気持ちよさそうに身を震わせる姿が、たまらなく可愛かった。
縋るように腕を首に回してきて、いつもの澄ました表情を蕩けさせていくその姿が、愛しくて、嬉しくて、ずっと僕に溺れていて欲しかった。
あの人は、普段は落ち着いた冷静な大人だ。
けれど感情が溢れると、ふと口調が崩れて少し幼く見えるときがある。
その二面性がたまらなく可愛くて、隠れているそれを引き出せたとき、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
幼いころに見せてくれた、あの柔らかい表情と同じだ。
あとは僕の首を噛んでくれるだけでいいのに、あと一歩が届かない。身体はあんなに素直なのに、先生の中の何かが邪魔をして堕ちてくれない。その何かの正体は、まだ掴めていない。
調べようとしても、強引にしてはならない。あの人は慎重で少し臆病な人だから、警戒させるようなことはしてはいけないんだ。
再び先生に会えたとき、いっそのことどこかに隠して閉じ込めてしまおうかとも考えた。僕の傍にいて、生きていてくれさえすればいい。そう思っていた。
けれど先生と触れ合ううちに、それだけでは満たされなくなった。足りなくなったんだ。
身体も心も、それ以上のものも、全部欲しい。
撫でると柔らかい黒髪も、触ると少しひんやりしている滑らかな肌も、僕の名前を呼ぶその綺麗な声も、僕を見つめるその赤い瞳も、教師として線引きしながら、僕だけ特別扱いしてくれるのも、寒さに弱い僕を気にかけてくれる優しさも、少し強引に迫れば流されてしまう可愛さも、すべて、全部。僕のものにしたいと思った。
僕のことが好きだって、いつからかその視線に好意の熱が溢れてきていたのに、それさえも自分で気付いていないようだった。
あんなに不器用で可愛い人を、愛してあげたい。
そして同じくらい、僕のように、渇くほどに愛してほしい。
僕は彼に出会ってから、強欲になってしまったようだ。
本当はあの後もずっと傍にいたかったけれど、卑怯な手を使ってしまったことは事実だから、顔を合わせるのが少し気まずかった。
でも、先生が悪いんだよ。
僕のことが好きなのに、どうして僕の気持ちを頑なに拒むのか。その理由が先生のいう、身分や種族や年齢、性別といった上辺だけの問題ではないことも、薄々気づいてはいる。
いったい、先生の中で何が邪魔をしているんだろう。
この数日間で、心の整理をする時間はあげたつもりだ。でもこれ以上はもう待てない。
また会いに行こう。
もしかしたら追い払われるかもしれない。
機嫌が悪くなってるかもしれない。
それでも、顔が見たい。声が聞きたい。
どんな感情でもいい、それが僕に向けられているものであれば、なんだっていい。
――そう、思っていたのに。
「気持ちは嬉しいです。でも……君と俺とでは、生きている世界も、時間も違う」
先生は、薄っすらと笑みを浮かべた。
その笑顔は本物ではない。それはまるで全てを拒絶する鉄の仮面のように、隙を与えさせない表情だ。
「それでは、さようなら」
軽く会釈をして、ヴァレンス先生は背を向けた。
黒いローブの裾をわずかに揺らしながら遠ざかっていく。
何が、どうなっている?
ヴァレンス家の裏稼業、違法魔薬の密売、機密情報の闇取引、内部告発、幻獣の召喚、学園の襲撃。頭の中で、断片的な言葉がばらばらに浮かび上がっては散っていく。
先生は、数多の犯罪の容疑をかけられて、理事長に連れて行かれた。
幻獣の襲撃もあったせいか、怒涛の展開に何が起きているのか理解が追いつかない。
ただ、このまま先生を見送ってしまえば、もう二度と会えないような嫌な予感がして、必死に名前を叫ぶけれど、その背中は小さくなっていくばかりで、振り返ることは二度となかった。
「どういう、ことだ」
――生きている世界も、時間も違う。
その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
世界は、僕と先生の立場のことをいっているのだろうか。
だが、時間が違うとはどういう意味だ。今まで、僕を拒む時にそんな言葉は口にしてこなかった。はじめて、口にした。
先生にとって、この窮地に立たされた状況で思わず口にしてしまった言葉かもしれない。
だったら僕は、それを見逃してはならない。
生きている時間が違うって、年齢のことだろうか。でも漠然としすぎている。何か掴めそうで掴めない。
――時間? 生きている時間が、違う?
そう、もしかしたらそれは、そのままの意味じゃないか。まるで、時間を――……
はっと目を見開いて、息を呑む。
明確なひとつの答えが、浮かび上がった。
けれどそれを確かめる相手は、もうどこにもいない。
それならばと後ろを振り返ると、カナトが立ち尽くしていた。
「カナト、説明して欲しい。さっき、テオがいってたことって何だ」
「……あれは、先生が、……先生がっ」
カナトは小さく震えながら、上手く言葉を出せずにいた。その様子に、思わず舌打ちがこぼれた。焦りと苛立ちが入り交じって、頭の中で思考が空回りする。どうすべきか考えようとしても、まとまらない。心臓の鼓動ばかりがうるさく響く。
そのときだった。
廊下の向こうから、誰かがこちらへ駆けてくる足音が響いた。
「カナト無事か……! クロヴィス、お前もここにいたのか!」
声の方を振り向くと、テオが駆け寄ってきていた。幻獣との戦闘で傷を負ったのか、制服は血で汚れている。
しかしそれを気にする素振りもせずにカナトを強く抱き寄せると、安心したようにほっと息をついた。
「怪我はないか」
「う、うん。でも、ヴァレンス先生が、理事長に連れてかれて……ぼく、止められなくて……」
「テオ、ヴァレンス先生の何を知っている。カナトに何をいった?」
「……やっぱり連れていかれたか。今回の襲撃も裏がありそうだとは思っていたが」
「テオ」
急かすように短く名を呼ぶと、テオはばつの悪そうに視線を伏せた。
「……ヴァレンス、あいつが俺に告発文書を渡してきたんだ。ヴァレンス家が違法魔薬を闇市場に流していたことを。しかも、それを学園にも横流ししようとしていた。その証拠が、資料室にあった。顧客リストまで全部、密告書として受け取った」
「嘘だ! そんなこと先生がするはずない! しないって、いってたもんっ!」
「だが現にあいつはッ……! しかもそれだけじゃない、もっと、ヤバいことにだって手を出してたんだ! 闇取引、賄賂や横領、禁術の実験まで! 今回の幻獣だって黒魔術の召喚陣にヴァレンス家の家紋が入ってたのをオレは見た! 言い逃れはできねぇだろ!」
カナトの叫びに、テオが珍しく声を荒らげる。
互いに感情を抑えきれず、言葉がぶつかり合っていた。
「ヴァレンス家はやってたかもしれない! でも、先生は違う! 先生は……先生はそんなこと、絶対にしない!」
「そんな都合の良い話があるか! それだったら、後ろめたい事がないのなら本人が糾弾するべきだろ! なんで俺なんかにわざわざ情報を流したんだよ!」
「それは……っ!」
沈黙が、一瞬流れる。
「……おそらく先生は、テオが王族関係者だって、知ってたからだろうね」
口から自然と出た言葉に、テオが息を呑む。
先生の背後にいる存在。ヴァレンス家を調べていくうちに、危険な裏稼業に手を出していることは薄々と感じていた。いつか片付けなくてはいけないと少しずつ裏で手を回していたけれど、手遅れになってしまったのかもしれない。こんなに物事が早く動くなんて思いもしなかった。
「テオに渡せば、よほどの権力者でない限り握りつぶせない。それを狙ったんだろう」
けれど、なぜ自分から告発文書を然るべき機関に提出し、糾弾しなかったのか。次期当主である彼が内部告発すれば、ある程度立場は守られたはずだ。
だが、なぜそれをしなかったのか。
――先生は、何かを終わらせようとしている?
そんな考えが脳裏をかすめた瞬間、テオの低い声が響いた。
「あの内容が本当なら……極刑は免れないぞ」
カナトが小さく悲鳴をあげ、口を覆う。
極刑。考えたくないがありえない話ではない。
おそらくヴァレンス家が手を出しているのは違法魔薬だけではない。ヴァレンス家が関わるのは、もっと深い闇の部分。それこそ、この国で勢力争いが起きるほどのもの。
だがそのほとんどは当主であるアディス・ヴァレンスの指示で動いたものだろう。あの当主のプライドの高い高慢な性格からして、先生はおそらくその一端すら担っていない可能性が高い。
だというのに、先生はまるでその罪を自分が背負うかのように、全てを認める素振りだった。
――いったい、なぜだ?
だめだ。断罪なんて、そんなこと絶対にさせない。
あの人を、あのまま終わらせてたまるものか。
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