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終幕へと 3
しおりを挟むクロヴィスは小さく息を吐くと、背中の翼を静かにたたんだ。それは光に溶けてすっと消えていく。
「先生、大丈夫?」
「……はい、平気です」
腕の中から抜け出し、支えられていた身体をそっと押しのける。
触れていた温もりに、少しだけ名残惜しさがこみ上げる。けれどそれを悟られないよう唇を噛みしめ、静かに手放した。
そのまま距離をとろうとした途端、こぷっと喉からまた血が込み上げた。堪えきれずに膝をつき、地面に血を撒き散らしてしまう。
何度も魔力を無理やり使った代償が、じわじわと全身を蝕んでいるようだった。
「……が、はぁっ、……はっ、ぁ」
「先生! 血がっ、どこを怪我したの? 教えて!」
伸ばされた手が触れる前に、それを振り払った。
治癒魔法は肉体が損傷した傷などにしか効かない。魔力の根源から乱れている俺のこの病など、治せるはずもない。
手の甲で唇についた血を拭くが、口の中に広がる鉄の味の気持ち悪さまでは拭えなかった。
「……必要、ありません」
「いいから教えて。全部治すから」
クロヴィスは聞く耳を持たず、俺の頬にそっと手を添えた。父に叩かれて腫れ上がった頬も、カナトを庇って負った右腕の傷も。そして、自分でも気づかないうちに作っていた細かな傷までも見つけ出し、指先でそっとなぞる。
クロヴィスの手に触れられたところから、あたたかな光がじんわりと広がり、たちまち癒えていく。
「ナカは、どのあたり?」
そういって、クロヴィスは俺の腹部へと手を伸ばした。
服の上からそっと押し当てられた掌の熱に、思わず身体がびくりと震える。
「く、クロヴィス。離してください。これは、怪我ではないんです。放っておいても問題ありません」
「血を吐いておいて、放っておいたら治るなんて聞いたことないよ。先生、お願いだからいうこと聞いて。心配なんだ」
俺の身体を探るように、掌を腹部から胸へと押し当ててくる。振り払おうとしてもその手は強く、簡単には離れなかった。
「……っ。気にしなくて、本当に大丈夫なんです。いつものことなので」
「いつもの、こと……?」
クロヴィスが、小さくその言葉を繰り返した。
はっとした。今、俺は何を口にしてしまったんだろう。
顔を上げると、クロヴィスは何かに気づいたような表情をしていた。
「もしかして、いつも薬を飲んでたのって……この症状が原因?」
その反応からして、俺が普段服用している薬の出所までは調べられても、この病のことまでは辿り着けなかったのだろう。
やはり俺は、余計なことを口走ってしまったらしい。
クロヴィスは、らしくない顔をしていた。驚きと焦りが入り混じり、眉をひそめたその表情には、どこか痛みも含まれている。
いつもの冷静さが、どこにもない。
「教えて。それが、先生を苦しめてるもの?」
時々思う。
クロヴィスは、まるで俺のすべてを知っているのではないかと。
この体質が、俺を何度もループへ引き戻し縛りつけていることも。俺が何を恐れ、何を渇望しているのかも。全て見透かしたうえで、それでも傍にいてくれるのではないかと。
そんな錯覚を、してしまう時がある。
でもそれは、違うんだ。
だから、やめてくれ。
そんな顔で、俺を見ないでくれ。
まるで俺のことが本当に好きで、心配しているような――そんな顔、で。
「……先生は、長く生きれないって、いってたよね」
「え……?」
突然の言葉に、目を瞬かせる。
俺はそんなこと、クロヴィスにいった覚えはない。この病のことさえ一度も口にしていないというのに、俺の命があとほんの僅かだなんて、わかるはずもない。
それなのに、どうして。
「そのときは冗談だって、そういってたけど……僕を頑なに受け入れてくれないのって、それのせい?」
どういうことだと問い返すより早く、クロヴィスは俺の両手を取って、強く握りしめた。包まれた掌からあたたかい温もりがじんわりと伝わり、吐息が触れるほど顔を近づけてくる。
驚きに目を見開いたまま何も言えずにいると、肯定と受け取ったらしい。
何か答えを見つけたかのように、細められた瞳が俺の目の奥までじっと覗き込んでくる。
「だったら先生、大丈夫だよ。心配しないで、僕はそれを――……」
そのとき、クロヴィスの言葉をかき消すように、コツコツと前方から靴音が近づいてきた。
「ティラン・ヴァレンス先生」
足音が俺のすぐ隣で止まる。
そこに立っていたのは、理事長だった。
いつもは温厚なその瞳が、冷たく俺を見下ろしている。場の空気がぴたりと凍りついたような緊張が、そこにはあった。
「理事長……」
「違法魔薬の密売と機密情報の闇取引、その他、内部告発の件が多数。そして禁忌とされる幻獣の召喚。加えて学園内への襲撃。証拠は十二分に揃っています。審判官がお待ちです。ヴァレンス先生、私と一緒に来ていただけますね」
ああ、これも。結局は同じ流れだ。
どれだけ抗おうと、物語は必ずこの道筋へ収束する。
俺はただ頷き、ふらつきながらも立ち上がる。
足元が揺らいでも背筋だけはまっすぐに。悪役としての最後の矜持がそれを支えていた。
しかし、俺の背を呼び止める声があった。
「ヴァレンス先生! 内部告発って……! やっぱり、テオがいっていたこと、本当なんですか!」
近くにいて理事長の話を聞いていたのだろう。
叫ぶカナトに、俺はいつもの薄い笑顔を浮かべ、小さく頷いた。
「……ああ、聞いたのですね。事実ですよ。ヴァレンス家は、表では言えない稼業を色々と抱えていましてね。それがどこかの情報筋から暴かれた。困ったものです。この騒動も、もはや隠しようがない」
「違う! 僕がいいたいことは……っ! 先生はあのとき、大丈夫だって! そんなことにはならないって!」
「ええ、大丈夫でしたでしょう? 少なくとも君には、悪い影響は及んでいない。それどころか、聖女の覚醒おめでとうございます。おめでたいですね」
「そんなっ……!?」
カナトは、今にも泣き出しそうに震えていた。
その姿を直視するのは酷だった。俺は視線を逸らし、理事長に急かされて歩みを進める。
だが、俺の腕を強く掴む手があった。
「ヴァレンス、先生……いったい何が」
振り返れば、クロヴィスがそこにいる。
目を大きく見開いたまま、その瞳は揺れていた。理解が追いつかない、そんな混乱が顔にありありと浮かんでいる。
ただ、どうしようもなく痛ましい表情をしている。そんな顔を俺がさせてしまったのだと思うと、それだけで胸の奥がちくりと痛んだ。
その顔を見ていられず、俺は視線を伏せた。
「クロヴィス、聞いたでしょう。俺には数多の犯罪の容疑がかけられています。もうここには帰ってこれません。俺のことは、どうか忘れてください」
「どうしてだ。説明してよ。僕は納得できない、こんな」
「いいえ、説明できません」
俺は視線を合わせないまま、掴まれた彼の指をそっとほどく。指先から伝わるその温もりは、もう俺には必要ないものだ。
「先生、だめだ。僕はあなたを――っ!」
切羽詰まった声を、それ以上いってはならないと指先で止めた。
「気持ちは嬉しいです。ですが……君と俺とでは、生きている世界も、時間も違う」
クロヴィスとは、身分も、種族も、性別も、年齢も、何もかもが違う。
それだけではない。生きている時間さえ、違うんだ。分かり合えることなんて絶対にない。
それなのに寄り添ってくれた彼の温もりが嬉しくて、中途半端に関係を持ってしまった。それは俺の失態だ。
理事長が早くしろと急かすように、咳払いをした。
俺はクロヴィスに軽く会釈をして、背を向ける。
「それでは、さようなら」
背後で誰かが名を呼んだ。カナトか、クロヴィスか。おそらくどちらもだろう。
だが振り返らなかった。振り返れば、きっと二度と前に進めなくなるだろうから。
こうして俺は、悪役としての結末へと再び歩み出した。
この世界において、決して救われることのない立場として。
今回も、これでいいんだ。
そう自分に言い聞かせて。
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