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終幕へと 2
しおりを挟むカナトは混乱しているのだろう。
状況を飲み込めず、ただ大きく目を見開いたまま立ち尽くしていた。
俺でさえ、次々と変わる事態に追いつくのがやっとだ。
だが物語は、確実に終幕へと突き進んでいる。
「先生、意味がわからないよ! どういうこと……!?」
「質問はそこまでにしませんか。よそ見をしている場合ではないと思いますよ」
「えっ、あっ!」
一体の幻獣が、鋭い爪を振りかざしてカナトに飛びかかった。カナトは屈んでそれを避け、光魔法を幻獣めがけて放つと、その体は霧のように崩れた。
カナトの光魔法は、学園の中でも群を抜いている。けれどまだ覚醒しきっていないその力は未熟だ。目の前に立ちはだかる幻獣の数は、あきらかに彼ひとりで相手にできるものではない。
父は、俺より容赦がないらしい。
この学園を破壊しつくほどの幻獣の数は、多くの犠牲者を出すだろう。こんなめちゃくちゃな展開は、これまでに一度もなかった。さすがにそれを見過ごすわけにはいかなかった。
だから物語を逸脱しないように、立ち回る。
それが今の俺にできる精一杯の行動だろう。
「こんなことなら、もっと早くにこのループから離脱するべきだったな……」
違和感を覚えた時点で、離れるべきだった。
それこそ、クロヴィスというイレギュラーな存在に出会ったときに。あの心地のいい温もりを知ってしまう前に。彼の存在が、俺の弱さへと変わってしまう前に。離れるべきだった。
後悔しても、もう遅い。
「先生! 話はまだ終わってないよ!」
「俺の相手より、その子たちの相手をしていなさい」
その場から離れようとしたところでカナトに引き留められる。だが都合の良いことにカナトも目の前の幻獣を捌くのに手一杯らしく、それ以上は何も言えないようだった。
まずは、これ以上幻獣が出てこないようにしなければならない。黒魔術を使った術者を止めない限り、幻獣はずっと溢れ出すだろう。
中庭を少し戻り、木陰にいたはずの執事の姿を探す。だが、どこにもいない。
代わりに、足元の土の上に刻まれた魔法陣が目に入った。それは黒い霧のような魔力をゆらゆらと吐き出している。幻獣召喚のための魔法陣だ。おそらく、学園中に同じものがいくつも設置されているのだろう。
その魔法陣をじっと見つめていると、背後から声がした。
「ティランお坊ちゃま、何をなさっているのですか」
振り向けば、燕尾服の上から灰色の外套を羽織った初老の男が立っていた。
ヴァレンス家に長年仕える執事だ。忠誠心が高く、禁忌とされる黒魔術の扱いに長け、父からも一目置かれている人物だ。
俺は、父と同じくらいこの男が苦手だった。
「……さすがにこれは、やりすぎじゃないか?」
「お坊ちゃまが我儘をおっしゃるので、当主様が直々に手を下されたまでです。お坊ちゃまに危害を加えるつもりはありませんのでご安心ください」
「学園内で、どれだけ被害が出るかわかっていないのか」
「お坊ちゃまが悪いのですよ。当主様の指示に背き、無駄な恋愛ごっこにうつつを抜かしているのですから」
やはり、俺の行動は監視されていたらしい。
カナトを口説いていたことも、クロヴィスから言い寄られていたことも、すべて筒抜けだったのだろう。
「人の恋沙汰を監視するとは、趣味が悪いな」
「監視ではありません。当主様の大事なご子息様ですので、報告は義務です。しかし、その盲目な恋さえあなたは利用できなかった。だからあなたは、いつまでたっても中途半端なのですよ。聖女の資質を持つ可能性のある生徒も、東国の皇子も手に入れられない。ヴァレンス家の風上にも置けません。できそこない、という言葉がぴったりですね」
あまりにも容赦のない言い方に、思わず眉がひそむ。
俺が実家に極力帰りたくないのは、あそこの使用人たちが皆、父の味方だからだ。俺の味方なんて、母が亡くなってから誰ひとりとしていなかった。
だったら、手加減する必要はないよな。
これまでも、何度もこの執事とは関わってきた。
幻獣召喚の魔法陣の仕組みを教えてくれたのも、他ならぬこいつだ。だからこそ、こいつの魔法の弱点は知っている。
執事の黒魔術は自らの魔力を媒介とし、魔法陣に常に注ぎ込むことによって制御している。つまり、その流れを断てば術は崩壊する。
俺は静かに膝をつき、右手を地面にかざした。
指先に魔力を練り、糸を紡ぐ。黒い霧を凝縮したような線が、蜘蛛の巣のように地を這い、執事の魔法陣の中心へと絡みついていった。そこには、奴の魔力が脈打っている。
「お坊ちゃま、おやめなさい。あなたの不安定な魔力では、私の黒魔術には到底……」
言葉を最後まで聞く気はなかった。
俺は糸をさらに編み、執事の魔力の流れを包み込むように絡めとる。ぬるりとした抵抗が指先に伝わり、それを掴んだ瞬間、暴れ出した。だが――逃がさない。
一気に糸を引き絞る。ぶちぶちと魔力の流れが断たれ、魔法陣から溢れていた黒い霧が霧散していく。
同時に、断ち切った魔力の残滓を逆流させ、俺の魔力を執事の体内へと流し込んだ。
「なんだ、と……ぐっ……!」
執事は顔を歪め、口から血を吐いて、そのまま力なく倒れ込んだ。
魔崩症を患っている俺の魔力は毒に近い。少しでも体内に流し込めば、気絶するのは当然だ。
「できそこないで、悪かったな」
俺だって、なりたくてなったわけじゃない。
せめて、長生きできるように生んでくれたのなら、俺の人生は違ったのかもしれない。けれど、産んでくれた母を責めることはできない。彼女は、俺を愛してくれた唯一の人だ。
俺は立ち上がって、魔法陣を見下ろす。それは地面に溶けるように消え、跡形もなく消滅していった。
これで、学園内から幻獣が出ることはないだろう。
数はまだ多いが、あとはひたすら倒していくしかない。
今頃学園内では、生徒や教師たちも幻獣と戦っているはずだ。
中庭に戻ると、カナトがまだそこにいた。
次々と襲いかかる幻獣をひとりで相手しているようだった。本来なら隣にいるはずのテオもおらず、かなり苦戦しているようだった。
やられてしまうのも時間の問題かもしれない。
主人公として、それは避けなければならない事態だ。せめて幻獣の数を少し減らさないと。
俺は深く息を吸い、指先に魔力を集めた。細い糸のようにそれを編み込み、周囲の幻獣の動きを探る。そして糸をしならせるように放つと、数体の幻獣の身体に絡みついた。ぐっと引き寄せ、その勢いのまま互いにぶつけ合わせる。鈍い衝突音とともに、幻獣の黒い体が砕け散った。
糸を手繰っては幻獣を相殺させる。それを何度も繰り返していると、こぷりと熱いものが喉をこみ上げた。吐き出された血が、口から滴り落ちる。
「がはっ……はぁ……はっ」
魔法を無理やり使った反動だ。体の中で魔力が暴れ、内側から焼かれるような痛みが走る。力を使った代償は確実に俺を蝕んでいく。だがそれでも止められなかった。
「くそっ、あの毒舌執事め、数が多すぎる。俺まで殺す気かっ」
悪態をついていたそのときだ。一際巨大な幻獣が、唸り声を上げながらカナトへと飛びかかった。カナトは他の幻獣に気を取られていて気付いていない。
「カナトッ!」
「わっ!」
反射的に駆け寄り、カナトを反対側へと力いっぱい突き飛ばした。
その瞬間、右腕に焼けつくような衝撃が走る。痛みで視界が揺らぎながらも、糸を引き絞り、巨大な幻獣に他の個体をぶつける。黒い塊が衝突し、爆ぜるように散る。
その反動で体勢を崩した俺の身体は、地面へと倒れ込むように傾いた、が。
「先生!」
呼ぶ声と同時に、力強い腕が俺の身体を支える。
驚いて振り返ると、俺を背後から抱きとめていたのはクロヴィスだった。
走って来たのだろう。息は荒く、額には細かな汗が浮かび、前髪は乱れている。
「クロ、ヴィス」
「よかった、ここにいたんだね。突然幻獣が現れて驚いて、先生のことが心配で探してたんだ……怪我してるみたいだね」
「……あ、ええ。少し、腕を」
「血も吐いたの? 内蔵もやられてる?……頬も腫れてるね。どこかで顔ぶつけた?」
焦りを隠しきれない瞳で、クロヴィスが俺の顔を覗き込んだ。
手で確かめるように身体に触れながら、他に怪我がないか素早く確かめている。
クロヴィスが現れたこと自体、驚きだった。
けれど、その顔を見た瞬間、胸の内から言葉にならない感情が込み上げてくる。
俺はきっと、安心してしまったんだ。
ただ顔を見ただけなのに、どうしてこんなにもほっとしてしまうんだろう。執事との会話で荒れていた心が、ゆっくりと静まっていくのを感じた。
「……いえ、これは少し転んで、口の中を切っただけです」
自分の気持ちに動揺して、変な言い訳を口にしてしまった。
でも本当のことをいったところで、何にもならない。適当な嘘をつくことには慣れているはずなのに、最近はそれを吐くたびに胸が痛む気がした。
「……嘘が本当に下手だね、先生は」
そしてその嘘のほとんどは、クロヴィスには見抜かれているんだ。
確認する暇もなかったが、父に叩かれた頬は赤く腫れているだろう。クロヴィスはそっとその頬に触れ、指先で優しく撫でながら、少し痛々しそうに眉を寄せた。
「いいよ、あとで全部説明してもらうから。今はそれより、耳を塞いでいてくれるかな」
クロヴィスの視線が前方に向いた。いつの間にか、目の前に幻獣の群れが迫っているようだった。
よく分からないまま言われた通り両耳を塞ぐと、さらにその上からクロヴィスの手が重なった。そのまま胸に抱き寄せられ、頭を覆うようにして包み込まれる。
クロヴィスの少し早い心臓の鼓動が、押し付けられた胸板を通して頬に伝わってきた。
何をするつもりなのか、腕の中からクロヴィスを見上げる。
その双眸が白く輝き、風がふわりと舞い上がってクロヴィスの背中から漆黒の翼が現れる。頭には同じ色の硬質な角が突き出した。
そして牙を剥き出すほど口を大きく開いたその瞬間、竜の咆哮のような低い唸りが中庭を震わせ、空気ごと押し潰されるような圧が全身を襲った。
クロヴィスの魔力の波が地を這い、空気を震わせ、建物や地面を揺らしている。耳を塞いだ手越しにも、その圧がはっきりと身体中にびりびり伝わってくる。
圧倒的な強者の威嚇は幻獣を怯ませ、次から次へと弾けるように黒い霧となって散っていった。
幻獣召喚は、黒魔術の中でも高位に位置する。それを魔力の威圧だけで弾き飛ばすなんて、普通ではありえない。
彼が旧校舎で「僕はこの学園の誰よりも強いよ」と笑っていたのをふと思い出した。こんなの、学園どころの話ではない。クロヴィスは、きっと俺が想像している以上の力を持っている。
俺はただ呆然と、彼を見上げていた。
本当に、君は、いったい何者なんだ。
その重圧に誰もが動けなくなる中、視界の端でカナトが動く。
小さな手を胸の前で組み、瞼をぎゅっと閉じる。祈るような姿のカナトから、眩い光が溢れ出した。
「――お願い、眠って!」
光が周囲を包む。それは学園全体を大きく包み込み、ひとつ、またひとつと幻獣を浄化していく。そしてひとつ残らず、霧散して消え去った。
カナトの聖女の力が覚醒したのだ。
こうして俺が起こすはずだった幻獣襲撃事件は、少し違う形で結末に導かれた。
学園中に響いていた悲鳴は、嘘のように静まり返っている。混乱とざわめきだけが、そこにあった。
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