こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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君と迎える誕生日 1

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 あれから三日三晩。
 めちゃくちゃに、抱き潰された。

 快楽堕ちしそうになる思考を必死に繋ぎ止めて、最後の方はもう意識さえ朦朧としていたけれど、それでも何とか「オレ」だけは死守した。
 
 クロヴィスがどうして「オレ」の名前に執着しているのかはわからない。けれど何度も「あなたの全部が欲しい」と甘く囁かれ、気持ちのいいところを強引にも優しく何度も突かれると、名前の頭文字が出かかって危なかった。唇を血がにじむほど噛んで耐えた自分を褒めてほしい。
 最後の方は、気持ちいいのはもう嫌だと、年甲斐もなく子どものようにぐずって泣きじゃくると、さすがのクロヴィスも止めてくれた。
 
 竜人のクロヴィスと、一般人男性以下の体力しかない俺とでは、体力も持久力も比べものにならない。あの底知れない性欲と執着心。
 ループから抜け出せたとしても、俺の人生、ある意味で詰んだ気がした。


 それから一ヶ月。
 怒涛のように日々が過ぎ去っていった。
 俺がこうして何事もなく暮らせているのは、クロヴィスの存在もそうだが、聖女として覚醒したカナトと、この国の王子であるテオのおかげでもあった。
 彼らが、俺がヴァレンス家の裏稼業にはほとんど関わっていない証拠を集めてきてくれたおかげで、観察対象にはなったものの、大きな罪には問われなかった。
 まあ俺がやっていたことなんて、顧客と父との仲介という使いっ走りみたいなものだけだ。
 聖女カナトの泣き落としも、状況を後押ししたようだ。あれは果たして演技だったのか、それとも本気だったのか。あとから聞いた話によると、審判官に泣きわめきながら非難しているカナトに、テオは頭を抱えていたらしい。

 そういえばカナトたちに再会したとき、クロヴィスに借りた服をカナトの涙でびしょびしょにされてしまったのをふと思い出す。生きていてよかったと抱きつかれたとき、足腰もままならない俺を不思議そうに見ていたけれど、テオは「全部わかってる」とでもいいたげな視線を向けていて、あのときほど羞恥心でどうにかなりそうになったことはなかった。
 
 ともかく、代わりに父が全ての罪の審判にかけられることになった。
 ただヴァレンス家の裏は根深く、私腹を肥やしていた権力者も数多くいる。全ての悪事が明るみになることはない。きっと、審判は曖昧に下されることだろう。

 だが実質的にヴァレンス家はお家取り潰しとなり、実家も差し押さえられている。
 ただその製薬事業は競合他家へ引き継がれ、俺はそのノウハウを渡す代わりに「保護」という名目でいくつかの家に後ろ盾になってもらうことになった。

 ちなみに、教師としても復帰している。
 そもそも「薬学魔法」は地味で人気のない科目だ。派手な実技魔法訓練のような授業に比べれば、受け持ちたがる教員も少ない。だから人手が足りないというのもあって、俺の復帰は学園としても都合がよかったのだろう。
 
 ともあれ、生徒たちからは噂をされるものの、その多くは同情に近いものだった。
 事情聴取を終えて学園に戻れば、俺の生い立ちから病のこと、そして父親から受けていた仕打ちまでもが、なぜか世間に知られてしまっていた。あることないことまで噂は広まり、同情の目で見られることも多く、しばらくはむず痒かった。
 今まで陰口の方が多かったというのに、今度は「かわいそうな人」として向けられる視線。手のひら返しもいいところだよなと呆れながらも、まあ、世間というものはそういうものだよなと、半ば諦めて受け入れていた。

 でも、そんなものはどうだっていい。
 必要以上に気にしていたら、身がもたない。それに今は、以前のようにひとりじゃないんだ。そう思えるようになっただけでも、少しは成長したのかもしれない。
 俺にとって本当に大事なのは、これからをどう生きるか、だ。



 ベッドから起き上がって、その日の書類を確認し、着替える、いつものルーティーン。
 薬はもう飲まなくても、クロヴィスの繋がりによって安定しているようだった。
 正直、クロヴィスの魔力がここまで強いものとは思わなかった。聖女として覚醒したカナトほどではないのだろうが、内側から魔力を包み込んでくれる感覚は心地が良い。まるで、体内からあやされてるようだ。

 本当に、彼はいったい何者なんだろう。今になっても、その正体のすべてが明らかになったわけではない。今度、あらためて聞いてみるのもいいかもしれない。
 
 重たい前髪も、目が見えるくらいには分けるようになった。ローブもクローゼットに押し込み、軽いニットのベストに変えた。食が細いのは相変わらずだけれど、きちんと寝るようになってからは目の下のクマもほとんどない。
 クロヴィスの隣に立つのなら、身なりはきちんとしておいた方がいい。そう思ってのことだった。
 人に接するときも、今まで以上に丁寧に話すようになった。そのおかげか、慕ってくれる生徒も増えていた。

 確実に、俺の中で何かが変わっていったんだ。




「ねぇ、先生! 美味しいでしょ? ぼくのおすすめなんだ、このチョコムースケーキ!」

 学園に復帰してしばらく経ち、慌ただしさがようやく落ち着いてきた頃。カナトたちに誘われて、昼食を共にすることになった。
 相変わらず食堂は人が多く、昼休みの喧騒に包まれている。窓際の長テーブルには、俺とクロヴィス、そしてカナトとテオ。四人並んで食事をしていた。
 
 もともと食べる気はなかったのだが、クロヴィスに「きちんと食べてね」とバランスよく盛り付けされ、テオには「肉を喰え」と皿に肉を追加され、カナトには「絶対食べて!」とおすすめのチョコムースケーキをトレーに乗せられた。
 こんな量、食べきれるわけがない。

「……口に合わなかった?」

 目の前の料理と睨めっこしていると、返事を待っていたカナトがしょんぼりと肩を落とした。慌てて首を振って、それを否定する。
 
「い、いえ。美味しいです。さすが君のおすすめですね」

 一番最初に口にしたチョコムースケーキは濃厚で、疲れが溶けていくように甘かった。甘いものは好きだ。頭に糖分が染み渡っていくようで。
 素直にそう伝えると、カナトはほっとしたように笑う。

「えへへ、よかった。先生と一緒に食べたかったんだ! 他にもいっぱいおすすめあるんだよ。チーズケーキにね、マカロンに、シフォンケーキ! あ、おはぎみたいなのもあるんだよ!」
「……さすがにこれ以上は食べられないので、遠慮しておきます」
「食べきれなかったら僕が食べてあげるから、先生は気にしなくていいよ」

 隣でくすくすと面白そうに笑うクロヴィスを、ついじとっと睨んでしまう。
 じゃあこれも食べてほしいと、フォークに刺した何の野菜かもよくわからないグラッセを差し出す。するとクロヴィスは何のためらいもなく口を開き、ぱくりと食べた。それに、思わず目を見開く。
 一応、皇族なんだよな。人の手から食べるなんてマナー的に大丈夫なのかと、つい考えてしまう。

「行儀が、悪いのでは?」
「あれ、食べてほしかったんだよね?」
「……まさか本当に、食べるとは思わなくて」
「先生の手からもらえるものなら何でも食べるよ。好き嫌いはない方だし。まあでも、僕が本当に好きで食べたいのは、他のものだけど」
 
 意味深に俺をじっと見つめて、ぺろりと唇を舐める仕草に、顔が熱くなってしまう。
 まったく、隙があればいつもこうだ。
 
 俺はため息をつき、動揺を誤魔化すように目の前のサラダへ勢いよくフォークを突き刺した。それを口へ運ぼうとした、そのとき。

「先生、気づいてないかもしれないけどさ」
「なんですか」

 ふいに伸びてきたクロヴィスの指先が、俺の唇の端をそっとなぞる。
 その指の腹に乗ったのは、さっき口にしたチョコムースケーキの欠片だった。彼はそれを、また何のためらいもなくそのまま舌先で舐め取った。

「……ついていたんですか」
「さっきからね。子どもみたいで可愛かったよ」

 揶揄うようにさらりといわれて、思わず顔を背ける。
 口の端についていたことにも気づかず、さらに人目のある場所でそれを拭かれたことに、恥ずかしさがじわじわと込み上げてきた。いってくれたら、自分で取ったのに。

 ああ、もう。心臓がうるさい。
 こんなときに平然としていられるクロヴィスが、本当にずるい。

「そもそも、子どもなのは君の方でしょう。教師を揶揄わないでください」
「あ、そこで生徒と教師の関係を持ち出すんだ? やっぱり可愛いね。……でも、そんな先生を泣かせることができるくらいには、僕はオトナだよ」
「……公共の場でそういうことをいうのは、やめてください」

 ふてくされている俺にクロヴィスはくすりと笑い、耳元へそっと顔を寄せてきた。

「じゃあ、今度はふたりきりのときにいうね」

 その唇の端に浮かぶ笑みは、まるでいたずらっ子のように無邪気だ。けれど、甘く囁くようなその低い声に、頬が熱くなるのをどうしても抑えられなかった。

 このままではだめだ。
〈ツガイ〉になってからというもの、クロヴィスを意識しすぎてしまっている。目が合えばつい逸らしてしまうし、触れるだけで心臓が跳ね上がる。彼のスキンシップがいっそう積極的になったのも、その理由のひとつだろうが。だが、このままでは完全に平和ぼけしてしまいそうだ。

 気を引きしめようとして、俺は軽く頬を叩いた。

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