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君と迎える誕生日 2
しおりを挟むさっきから、気になっていたことがある。
周囲に視線を向けると、俺たちの周りだけ不自然にぽっかりと空間ができていた。その外側では、生徒たちが密集してこちらを伺っている。
ちらちらと遠巻きに向けられる視線。素知らぬふりをしているが、噂好きの彼らの耳は確実にこちらの会話を拾っているはずだ。
まるで見世物にでもなったかのように好奇の視線に囲まれて、妙に落ち着かない。
この三人はただでさえ目立つ存在だが、それにしてもこの光景は異様だった。
「……食堂に入ったときから思っていたんですが、生徒たちの様子がなんだかおかしいですね。最近はいつもこうなんですか?」
「ああ、ここには聖女サマがいるからね」
クロヴィスが周囲に目を向けながら、そういう。
「え、ぼく? そんなに大したものじゃないと思うんだけどなぁ。ちょーっと光魔法が得意なだけで!」
「それはちょっとどころじゃない。お前は自覚が足りなさすぎるといつもいってるだろ。そんなんだから神官に小言をいわれるんだ」
「はぁい。ごめんなさい、テオ」
なるほどな。
カナトが幻獣襲撃事件で聖女として覚醒してからというもの、学園中が大騒ぎになったということは聞いている。
すぐに国のお偉いさんや教会に呼び出されたらしいが、それらをすべて蹴って、俺の釈放を泣き落としで通したというのだから、聖女の肩書きというのは本当にすごいものだなとあらためて思う。
本来なら今すぐにでも保護されるべき存在なのに、こうして何事もなく学園に身を置いているのは、隣にテオがいるからだろう。
「クロヴィス、お前も少し前に東国の皇子だって公表していただろ。それも騒ぎの原因だ」
「え、公表していたんですか?」
「ヴァレンスはまだ知らないかもしれないが、あれからクロヴィスの取り巻きの数がやばいことになっている。さっさと表立って唾をつけとかないと、誰かに取られるぞ」
「唾をつける……俺の?」
「先生の唾なら、いくらでもつけてほしいけどね。舐めてもいい」
「おい、気持ち悪いこというな」
「先にいい出したのはテオじゃないか。それに、この騒ぎの原因は僕とカナトだけじゃないよ。もう身分バレしてるんだよね。テオドリック殿下?」
「……お前らのせいでな」
テオがため息をつきながらぼそりと呟く。
「せっかく身分を隠して学園に入学したっていうのに、これじゃあ動きづらくなる」
俺の無実を証明するため、あちこち奔走してくれていた時に、テオの正体が公になってしまったらしい。カナトの勢い任せの暴走もあってのことだろうが、原因は俺だ。
それについてはきちんと謝罪をした。本当に、心を込めて謝った。でもあまりにも素直に謝罪したものだから「気持ち悪い」とテオにいわれてしまったけれど。
「聖女に、この国の王子に、東国の皇子……なんだか俺、場違いじゃありません?」
自然と眉をひそめた。
名だたる面々の中に、元悪役教師が混ざっている光景は何とも妙だ。思わずそんなことを口にすると、クロヴィスが首を傾げる。
「何いってるの。僕の〈ツガイ〉は、僕の隣にいてもらわないと」
「……もしかしてそれも、公表してます?」
学園に復帰してからというもの、あきらかに周囲の視線が変わっていたのは気づいていた。最初は同情によるものかと思っていたけれど、それだけではないと薄々感じていた。
特に俺とクロヴィスが一緒にいるだけで、好奇な熱い視線がやってくる。これはきっと、何かしているに違いない。
怪訝そうにクロヴィスを見つめると、彼はふわりと柔らかく笑った。
「守るって、いったからね」
そういう、ことか。
クロヴィスは自分の正体を公表した際、〈ツガイ〉である俺の存在も同時に明かしたのだろう。俺の立場を守るために。そのおかげで、学園に復帰しても悪い扱いを受けなかったのかもしれない。
守ると口にしていた言葉を、彼は本当に実行してくれた。しかもあくまで自然に、当たり前のように。さらりとこういうことをやってのけるのは、ずるいほどかっこいい。
「……ねぇ、先生。覚えてる? ここで初めて〈ツガイ〉を申し込んだの」
「忘れるはずがないでしょう。あのときは、君の頭が狂ったのかと思いましたよ」
「あは、酷いな。僕だって結構緊張したんだけど。先生、僕のこと眼中になかったから、どうしたら意識してもらえるかなって、これでも必死だったんだよ?」
「……急に昔の話を掘り起こして何がしたいんです」
「正式な返事、まだもらってないと思って」
そういって、あのときと同じように肩をぴったりと寄せて、手を重ねてきた。掌からじんわりと、あたたかいぬくもりが伝わってくる。
少しだけ顔を傾け、俺の顔を覗きこむように近づけてきた。その表情は真剣そのもので、吸い込まれそうなほど綺麗な白銀の瞳が、まっすぐと俺を捉えて離さない。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ティラン・ヴァレンス。どうか僕の〈ツガイ〉になってほしい」
まったく同じ台詞だった。
それはもう、誰がどう聞いても、プロポーズだと受け取られても仕方のないほどの。
「……はぁ、こんな状況で、普通いいます? それにもう俺は君の、」
「先生」
指先で、ふにっと唇を押さえられた。
「僕が欲しいのはそんな言葉じゃないって、わかってるよね」
クロヴィスは目を細めて笑う。
聞き耳を立てている生徒たちが大勢いるというのに、こんな公共の場で返事をしろと?
だが、彼が何を狙っているのかはすぐにわかった。
ヴァレンス家という厄介な血を継ぐ弱い立場の俺に、東国の皇子である彼の〈ツガイ〉として応じさせることで、周囲に対して今以上に確固たる立場を示そうとしている。
同時に、この学園中に俺たちの関係をはっきりと知らしめるために。
つまり、俺の口からいわせたいんだ。
クロヴィスはいつだって、計算高い。
そして俺は、そんな彼にいつも丸め込まれてしまう。
それを嫌だと思わない自分が、一番たちが悪い。
もう惚れた弱みとしかいいようがないだろ。
食堂は不思議なほどに静まり返っていた。
息をのむような視線が、いくつも俺へと注がれているのがわかる。
わざわざこんな場所でまた告白をするなんて、本当にどうかしている。クロヴィスはいつもこうだ。気づけば、逃げられない状況に追いつめてくる。強引なのに、どこか紳士的で、そして最後には、必ず俺に選ばせようとしてくる。そのやり方は、昔から変わらない。
ここで曖昧に返事をしたところで、きっとまたどこかで仕掛けてくるだろう。だったら今、少しだけ羞恥心を我慢すればいい。
頬が熱いのは、きっと気のせいじゃない。
俺はため息まじりに、小さく口を開いた。
「……クロヴィス・リリ・アンソウジュ。君の〈ツガイ〉の申し出を、お受けします」
一瞬の沈黙のあと、背後からわっと歓声が湧いた。
黄色い声と拍手までも聞こえてくる。カナトは目を輝かせているし、テオもいつになく穏やかな表情をしていた。
いったい何なんだ、この祝福じみた生ぬるい空気は。
俺は陰口を叩かれることはあっても、こんな歓声を浴びるような人間じゃない。暗がりで生きてきた人間であって、こんな明るい場所が似合うわけがない。
まるで夢の中の出来事みたいで、現実味がない。むず痒くて落ち着かなかった。今すぐにでも逃げ出して、薄暗い部屋に閉じこもりたい。
ずっと陰の下で生きてきた俺には、人の温かい視線も祝福も、陽の光のように眩しすぎる。
「……っ、クロヴィス、やっぱり俺は」
「ティラン、怯えないで。幸せになることは何も悪いことじゃないよ」
クロヴィスは、まるで俺の思考を見透かしたかのようにそういって、そっと頬へ手を添えてきた。そして、唇に触れるだけのキスをする。
驚いて思わず身を引くと、クロヴィスは小さく笑った。
「人がいるのに、なんてことするんですか」
「人がいるからやってるんだ。これにも慣れてね」
腰を引き寄せられて、その腕の中にすっぽりとおさまってしまう。このぬくもりに包まれるともう逃げ出せない。うらめしいほどに、心地がいい。
クロヴィスの唇が、今度はこめかみに優しく触れた。
「嫌になるくらい、幸せにしてあげる」
ああ、やっぱり俺は、クロヴィスの笑顔が好きだ。
その微笑みを向けられるだけで、どんなことも許してしまいそうになる。不思議と心がほどけて、どうしようもなく安心するんだ。
これはもう、覚悟をした方がいいのかもしれない。
「…………お手柔らかに、お願いします」
「手加減はしないけどね」
バッドエンドしか知らない俺が、こうしてハッピーエンドを迎えるなんて、誰が予想できただろうか。
何もかもが上手くいきすぎている。
けれど、だからこそ怖い。不安なんだ。
だって今日は。
何度も繰り返される時間の中で、必ず俺が命を落としていた、最期の誕生日の日だからだ。
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