こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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君と迎える誕生日 3

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 昼食を終えるころには、食堂のざわめきも次第に薄れ、生徒たちはそれぞれ次の授業へと散っていった。
 チラチラとこちらを伺う視線もまだあるが、悪いものではない。とはいえ、先ほどの公開告白は、きっとあっという間に学園中へ広まるだろう。
 まあ、それが狙いなのだろうが。
 
 クロヴィスたちも、次の授業の話をしながら食器を返却している。
 俺に、このあとの授業の予定はない。自室へ戻り、課題の採点や来週の授業の準備をするつもりだった。そうしていつも通りの日常を過ごす。

 けれど、今日は違う。
 俺の25歳の誕生日だ。
 
 今日一日、目が覚めたときからずっと不安に襲われ続けていた。
 本来ならここまで生きていても、魔崩病によって体内の魔力が暴走し、命を落としてしまう。そしてまた時間を引き戻されるんだ。その最期の日が、まさに今日だった。
 俺は何度も、何度も、それを繰り返してきた。

 だが今は、クロヴィスのおかげで魔力も安定している。もう暴走することはない。今回は違うのだと頭ではわかっている。
 それでも、幾度となく繰り返した記憶の中で染みついた恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではなかった。理屈ではなく、心のどこかで今日という日を拒んでいた。
 
 もしかしたら、また――……
 そんな考えが一瞬でも頭をよぎるたびに、不安で仕方がなかった。
 あまり乗り気ではなかった食堂での昼食の誘いを受けたのも、何かしていないと落ち着かなかったからだ。
 
 やっと手に入れたこの平穏な日常を、どうしても手放したくない。
 
 だから。

 クロヴィスにはまだ午後の授業が残っている。
 学生の本分は勉強だ。教師である俺が、それを引き止めてはいけないこともわかっている。

 それなのに。

 次の授業へ向かおうとする彼の袖を、思わず掴んでいた。
 無意識だった。気づいたときには縋るように握りしめていて、もう指が離せなくなっていた。

「先生?」

 クロヴィスが、きょとんとした表情で振り返る。
 その拍子に、青を溶かしたような銀髪がさらりと揺れ、白銀の瞳が何度か瞬いた。袖を引いてとめた俺を、不思議そうに見つめている。
 食堂の出入口近くではカナトとテオも足を止め、同じように不思議そうな顔でこちらを見ている。

「クロヴィス……」
 
 俺は、頼り方を知らない。甘え方も知らない。どう伝えればいいのかもわからない。情けなくて、不器用にもほどがある。
 でも今この瞬間は、この日だけは、クロヴィスに傍にいて欲しいと思った。ただ傍にいて、この漠然とした不安を拭い去ってほしかった。

 大丈夫だって、いってほしい。
 
 乾いた唇を舐め、唾を飲み込む。
 指先が白くなるほどにクロヴィスの袖を強く握っていた。もう片方の震える手で、荒立っている心臓を押さえるように、ぎゅっと自分の胸を掴む。

「クロヴィス、俺、実は、今日……」

 あきらかに様子のおかしい俺に、クロヴィスは黙って耳を傾けてくれている。言葉を待っていてくれている。
 口を開いては閉じてを繰り返す俺を急かすことはせずに、袖を掴んだ指を優しく掌で包んでくれた。
 その温もりにほっと緊張がほどけ、強張っていた口がようやく開いた。
 
「俺、……今日、誕生日、で」

 はっと、クロヴィスの息をのむ音がした。
 見開かれた瞳が、俺が何を伝えようとしているのかを理解した色に変わった。

「だから、その」
「どうしてそれを、もっと早くいってくれなかったんだ」

 ふわりと、身体が宙に浮いた。
 クロヴィスの腕に抱き上げられていると気づいたときには、彼の高い体温に包まれていた。
 まだ食堂には生徒がまばらに残っていて、クロヴィスの突然の行動にざわめきが聞こえてくる。カナトも顔を赤らめ口元に手を当て、テオもまたかと言いたげに苦笑していた。
 けれどクロヴィスはそれを気にもとめず、俺をしっかりと抱き上げたまま食堂を出た。

「このあと、先生の授業は?」
「な、ないです……」
「それならちょうどいいね。今日は部屋でゆっくりしよう」

 廊下を歩く間も、すれ違う生徒たちの視線が突き刺さって落ち着かない。
 本当は降ろして欲しかったけれど、それ以上にこの温もりから離れたくなかった。自分がこんなに憶病で弱い人間だったなんて、知らなかった。
 思わず、クロヴィスの首に回した腕に力がはいる。

「でも、クロヴィス。君は午後からも授業があるでしょう」
「そんなの、先生と天秤にかけるまでもないよ」
「授業が終わってからでも、俺は……」

 こんなことで甘えていいのだろうか。
 俺のわがままで、彼の時間を奪ってしまっていいのか。一度弱気になってしまえば、思考が永遠と落ちていくのは俺の悪い癖だ。それほどまでに、今日という日に恐怖を感じている。
 煮え切らないまま言葉を濁していると、クロヴィスは小さくため息をついた。

「あのさ、先生。そろそろ僕のこと、わかって欲しいんだけどな」
「……何をです」
「僕の優先順位のいちばん上には、あなたしかいないってこと」
「君の思考はいまだによく分からないんです。俺に都合が良すぎませんか? 至れり尽くせりで、俺がダメ人間になって、依存してしまったらどうするんです」
「依存すればいいんだよ。僕はそれを願ってる」
「こ、こわ……」
「僕のことわかって、っていったよね。僕の愛はすごく重いって、気づいてて知らないフリしてるでしょ。今はそれで我慢してるけど、ずっとは逃がしてあげないよ」

 痛いところを突かれて、何も言い返せない。
 
「僕はね、先生が呼べばいつでも駆けつけるし、して欲しいことがあるのなら全部叶えてあげる。望むのなら、世界だって手に入れてみせようか?」
「……さすがにそれは、冗談ですよね」

 以前も似たようなことをいわれた気がする。
 あのときは冗談だと思っていた。でも今は彼の正体を知っているからこそ、本当に世界を手に入れる手段を持っていそうで、なんともいえない気持ちになる。
 眉間に皺をよせて唸っていると、クロヴィスがそっと顔を覗き込んできた。
 
「納得いってない顔だね。そういうところも可愛いけど」
「さっきから、大の大人に向かって可愛いを連呼しないでください。君の目は節穴ですか」
 
 本当に可愛いんだけどな、とクロヴィスは呟く。
 俺の顔はどう見てもカナトのような可愛い系ではない。この国ではそれなりに整っている方かもしれないが、クロヴィスのような完璧な美貌と並べば天と地の差だろう。
 立っているだけで目を引くそんな彼が、俺を抱えたまま涼しい顔で廊下を歩いているのだから、注目を浴びないはずがない。食堂を出てからずっと、視線が痛い。特別扱いされることには、いまだに慣れそうにない。

「それでもやっぱり、教師としては生徒に授業をサボらせるわけにはいきませんよ」
「頑固だね……じゃあこれは、僕から先生への誕生日プレゼントってことで、どうかな」
「……クロヴィスが、プレゼントってことですか」
「そういうふうに取るんだ? 面白いね。いいよ。可愛がってくれる? 甘えるのは得意だよ」

 くすりと笑う声。
 どちらかというと、いつも可愛がられているのは俺のほうな気がする。けれど、クロヴィスの髪をくしゃくしゃにして撫で回すのも楽しそうだ。

 そんなことを考えているうちに、寮の近くまで来ていた。この通路を左に行けば、俺の部屋がある教師寮の建物に入る。
 しかし、クロヴィスは通路を右に曲がった。学生寮の方向だ。

「あの、そっちは教師寮ではないですよ?」
「僕の部屋に行くからね」
「え、俺の部屋だとばかり……」
「不安なときは、僕の匂いに包まれていたいでしょ」

 その言葉に、思わず顔に熱が上ってしまう。
 確かに、そうだけれど。
 
「安心して。ずっと傍にいるから」

 見上げれば、いつもの優しい微笑みがそこにあった。
 安心させるようなその笑顔に、肩の力が抜けていく。心臓が、とくとくと心地よく高鳴るのを感じた。

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