55 / 61
君と迎える誕生日 4
しおりを挟む部屋に入ると、クロヴィスはそっと俺をベッドへ座らせた。そのまま隣に腰を下ろし、俺の身体を引き寄せる。
彼には、俺がいつも25歳の誕生日に魔崩症で魔力が暴走し、命を落としてしまうことは伝えてある。けれど今日がまさにその日だということまでは、話していなかった。
正直にいえば、俺自身も今朝まですっかり忘れていた。最近は目まぐるしい日々もあって、考える暇もなかったからだ。ようやく一息つけると思った矢先に、これだ。
「先生から僕を求めてくれるなんて、すごく嬉しい」
「あ、いえ……傍にいてくれるだけで、いいです」
身体をぴったりと寄せ、手を優しく握ってくれる。
隣にいるだけで安心するのに、まだどこか緊張している自分がいて、完全に落ち着くことはできなかった。頭の片隅では、今日という日が確実に進んでいることを意識してしまう。
まだ昼過ぎだ。長い一日になりそうだ。
「じゃあ、僕がプレゼントってことでいい?」
冗談めかした声でクロヴィスはベッドから降りる。俺の前にしゃがみ込むと、膝の上に上半身を預けてきた。太ももに頭を擦り寄せ、こちらを見上げてくる。
「……甘やかしてよ」
上目づかいにそう囁かれ、心臓が跳ねる。
おそるおそる、クロヴィスの頭に手をのせる。
そっと撫でると、指のあいだから、さらさらと細い銀色の髪がこぼれた。その軽くて柔らかい感触が心地よくて、もう一度撫でた。
それが心地いいのか、クロヴィスは静かに目を細め、猫のように手に頬を寄せてきた。頬はほんのりと赤く染まり、どこかうっとりとした表情を浮かべている。
可愛い。
まるで昔に戻ったみたいだ。
幼いころは、膝の上に乗せて髪をすいてあげるのが好きだった。気持ちよさそうに目を閉じるあの小さな天使。
いま目の前にいる彼もあの頃と同じクロヴィスなのだと、ふと実感した。
「ねぇ、本当に傍にいるだけでいいの?」
クロヴィスは、頭を撫でていた掌にそっと唇を寄せてきた。そのまま中指の先までぺろりと丁寧に舐めあげ、指先を何度か甘噛みをしてくる。触れた唇の温かさと、舌のやわらかい感触に、どきりとする。
こちらを見上げるクロヴィスの瞳は、熱を孕んで揺らいでいた。
「……クロヴィス、くすぐったいです」
「何も考えたくないって、思わない?」
「それは、そうですけど」
もごもごと口の中で言葉を濁していると、クロヴィスがすっと立ち上がって、優しく肩を押してきた。
ベッドに背中が沈み込み、視界いっぱいに綺麗な顔が近づいた。
「嫌なこと、考えなくていいようにしてあげる」
ゆったりと覆いかぶさってきたクロヴィスと、唇が触れた。
柔らかくて、あたたかい。思わずその首に腕を回して少しだけ引き寄せると、クロヴィスは目を細めて笑った。
「……本当に、今日は素直だね」
「気を抜くと、胸が張り裂けそうなんです。また、戻ってしまうんじゃないかって」
「怖い?」
小さく頷くと、もう一度、優しく唇を重ねてきた。額に、鼻に、頬に、そしてまた唇に。不安を溶かしていくような、優しいキスだった。
「大丈夫。戻ることはもうないよ」
「どうして、それがわかるんですか」
「んー……言葉で説明するのは難しいんだけど」
ぽつりと、また母国語でなにか喋っている。言葉が見つからないらしい。その柔らかい発音は、どこか懐かしくて、耳に心地よかった。
その口の動きをじっと見ていると、クロヴィスが俺の視線に気づく。
「興味あるなら教えようか、こっちの言葉。先生も昔はちゃんと話せてたんだから、覚え直すのも早いと思うよ。僕と話していれば、きっとすぐに思い出せる」
「……確かに。手っ取り早く言語を身につけるには、現地の恋人を作ればいいっていいますよね」
もう一度、向こうの言語を勉強しなおすのもいいかもしれない。もし機会があるのなら、またあの国を歩いてみたい。
そんなことを真面目に考えていると、ふいに、ふはっと笑われてしまった。
「恋人って、思ってくれてるんだ?」
クロヴィスは、嬉しそうに顔を綻ばせた。
墓穴を掘った。完全に。
「ち、違います! そうではなくてっ」
「そんなに否定しなくても。〈ツガイ〉なんだから同じようなものだよ」
「それは、違わないのかもしれないですけど……でもその、恋人っていうのとは少し違って」
「キスもするし、気持ちいいこともたくさんしてるのに?」
「ああ、その、ええっと……それは、だから」
「だから?」
「…………正直、まだ君との距離を測りかねてるので、許してください」
真っ赤になっているであろう顔を両手で隠しながら小さく呟くと、その手にそっとキスを落とされる。
「ふふ、いいよ。僕は急かさないから。先生の中で答えが出たら、そのときに教えて」
「善処します……」
ああ、もう駄目だ。どうにも調子が狂ってしまう。
今までは、何度も同じ日々を繰り返す予定調和の世界の中で生きてきた。でもここ最近は初めてのことだらけで戸惑うことも多く、上手く言葉にできないことだってある。
きっと、少しずつティラン・ヴァレンスという顔が崩れてきている。それだけは自分でも自覚していた。
こんな情けない顔なんて、普段はしないのに。
「それで、少しは落ち着いた?」
「……少しだけ」
「よかった。不安がなくなるまでずっと一緒にいるよ。こうして喋っているだけでもいいし、昼寝してもいいし、嫌なことを考えたくないなら、少し激しく抱いてもいい」
「随分と、手厚いですね」
「先生にだけだよ」
どうしたい? と問いかけられて困ってしまった。
正直、考えたくない。でも少し激しく抱かれるのもちょっと嫌だ。快楽で本性を暴かれるあの感覚は何度味わっても慣れないし、恥ずかしい。
それだったら、自分から何かをする方がいい。嫌なことがあったとき、仕事に没頭すれば余計なことを考えずに済むように。
この場所で、俺が主体でできること。
ひとつだけ、思い浮かんだ。
「君は何もしないでください」
「え?」
クロヴィスの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめて首筋に擦り寄ると、その身体から力が抜けていくのがわかった。
そのまま流れるように身体を反転させ、クロヴィスの上に馬乗りになる。
白銀の瞳が驚いたように、ぱちりと瞬いた。
「今日は、君がプレゼントなんでしょう。それなら、俺に甘やかされてください」
92
あなたにおすすめの小説
イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺
ユッキー
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。
大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?
聞いてた話と何か違う!
きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。
生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!?
聞いてた話と何か違うんですけど!
※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。
他のサイトにも投稿しています。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
ユッキー
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
(仮)攫われて異世界
エウラ
BL
僕は何もかもがイヤになって夜の海に一人佇んでいた。
今夜は満月。
『ここではないどこかへ行きたいな』
そう呟いたとき、不意に押し寄せた波に足を取られて真っ暗な海に引きずり込まれた。
死を感じたが不思議と怖くはなかった。
『このまま、生まれ変わって誰も自分を知らない世界で生きてみたい』
そう思いながらゆらりゆらり。
そして気が付くと、そこは海辺ではなく鬱蒼と木々の生い茂った深い森の中の湖の畔。
唐突に、何の使命も意味もなく異世界転移してしまった僕は、誰一人知り合いのいない、しがらみのないこの世界で第二の人生を生きていくことになる。
※突発的に書くのでどのくらいで終わるのか未定です。たぶん短いです。
魔法あり、近代科学っぽいモノも存在します。
いろんな種族がいて、男女とも存在し異種婚姻や同性同士の婚姻も普通。同性同士の場合は魔法薬で子供が出来ます。諸々は本文で説明予定。
※R回はだいぶ後の予定です。もしかしたら短編じゃ終わらないかも。→ちょっと終わらないので長編に切り替えます。スミマセン。
転生したらBLゲームのホスト教師だったのでオネエ様になろうと思う
ラットピア
BL
毎日BLゲームだけが生き甲斐の社畜系腐男子凛時(りんじ)は会社(まっくろ♡)からの帰り、信号を渡る子供に突っ込んでいくトラックから子供を守るため飛び出し、トラックに衝突され、最近ハマっているBLゲームを全クリできていないことを悔やみながら目を閉じる。
次に目を覚ますとハマっていたBLゲームの攻略最低難易度のホスト教員籠目 暁(かごめ あかつき)になっていた。BLは見る派で自分がなる気はない凛時は何をとち狂ったのかオネエになることを決めた
オチ決定しました〜☺️
※印はR18です(際どいやつもつけてます)
毎日20時更新 三十話超えたら長編に移行します
メインストーリー開始時 暁→28歳 教員6年目
凛時転生時 暁→19歳 大学1年生(入学当日)
訂正箇所見つけ次第訂正してます。間違い探しみたいに探してみてね⭐︎
11/24 大変際どかったためR18に移行しました
12/3 書記くんのお名前変更しました。今は戌亥 修馬(いぬい しゅうま)くんです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる