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竜巻の予感 1
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放課後、夜も近い時間帯。
学生寮と教師寮の間にある談話スペースの前を通りかかると、カナトとクロヴィスがソファに腰をかけ、何やら親しげに話し込んでいるのが見えた。いつもカナトにくっついているテオがいないのは、少し珍しい。
「珍しいですね、ふたりで雑談ですか?」
彼らに近づきながら声をかけると、クロヴィスがすぐにこちらを振り向き、口元をゆるく上げる。
「嫉妬した?」
「していません」
「して欲しいのに」
相変わらずの軽口に苦笑してしまう。そもそも俺がカナト相手に嫉妬するなんてありえないだろう。
「ヴァレンス先生、こんばんは! ぼくたちはテオを待ってるんだ。先生は部屋に帰るとこ?」
「ええ、今日の仕事は終わりましたので」
「お疲れさま!……あっ、そうだ! ぼく、先生に相談したいことがあったんだ。ここでちょっと待っててくれる?」
そういうなり、カナトはぱっと立ち上がって学生寮の方へ慌ただしく駆けていった。
相談とは何のことだろう。あの様子を見る限り、どうやら大事な話らしい。
その姿が廊下の角を曲がって見えなくなると、クロヴィスは隣のソファをぽんぽんと叩き、座るよう促してくる。
「座って待っていればいいよ」
隣に腰を下ろすとクロヴィスはすぐに身を寄せ、そっと肩へ頭を預けてきた。ほどけている髪がさらりと頬に触れ、少しだけくすぐったい。石鹸のような爽やかな香りがふんわりとするが、風呂上がりなのだろうか。
「今日は髪を結んでいないんですね」
「ああ。シャワーを浴びたばかりなのもあるけど、結んでいた紐を失くしてしまったんだ」
「また失くしたんですか?」
「さっき誰かとぶつかったときに、気づいたらね」
クロヴィスは、どうもよく物を失くすらしい。
ノートに文房具、身の回りの品まで、ありとあらゆるものが忽然と姿を消す。おそらくは、彼を慕う生徒たちの仕業だろう。
最初のころは気にしていたらしいが、失くなるのは消耗品なだけなようで、今ではもう諦めて放置しているという。注意したところでキリがないのだろう。
クロヴィスの私物をお守りのように持ち歩いている生徒がいると聞いたことがある。眉目秀麗で才色兼備。そんな彼にあやかって、彼の私物はご利益があると噂されているらしい。その真偽はともかく、彼が多くの生徒にとって特別な存在であることは間違いない。
特に東国の皇子だと公表してからは、その特別感に拍車がかかっているようだ。〈ツガイ〉がいるにも関わらず、言い寄るものも後を絶たないとのこと。まあ、その〈ツガイ〉の相手が没落した家の陰険教師なのだから、取って代われるとでも思われているのかもしれない。
「人気者は大変ですね」
「僕としては、先生にだけ人気があればいいんだけどな。人に好かれるのも楽じゃないよ」
「それなら留学時にでもなんでも、もう少し目立たないように振る舞えば良かったじゃないですか」
「目立たないと、先生を見つけられないと思ったからさ」
クロヴィスはそういって、俺の顎を指先でくいと持ち上げた。
「先生のほうはずっと上手く隠してたよね。でも今は毒気が抜けたみたいなそんな格好をして、誰かを誘惑しようとしてる? 最近は他の生徒たちにも慕われてるみたいだし、心配で夜も眠れないんだけど」
「根暗教師のティラン・ヴァレンスはもう必要なくなりましたから。それにいつまでもあんな格好のままだったら、君のためにもならないでしょう。俺は足を引っ張るのは嫌なんです」
東国の皇子という肩書きを持つ彼の隣に立つには、相応とまではいかなくとも、せめて舐められない程度には整えておきたい。見た目も振る舞いも気を配っているのは、そのためだ。
しかしどう頑張っても、彼の隣に並ぶと悔しいほどに霞んでしまうのだけれど。
「……へぇ。僕のため、なんだ?」
嬉しそうに目を細めるクロヴィスの視線に、つい気恥ずかしくなり、俺は誤魔化すように彼の髪の一房をつまんだ。わずかに湿っているが、指先をすり抜けるようにさらりと滑る。
「それより髪がまだ少し濡れていますよ。ちゃんと乾かしてください。風邪を引きます」
「あとで先生に乾かしてもらおうと思って」
「わざとですか」
「ふふ、先生に髪を撫でられるの、好きなんだ」
東国の皇族は皆、クロヴィスのような髪色をしているのだろうか。この国ではかなり珍しい明るい色だ。光に当たると銀色に輝くけれど、白髪のような淡い色合いでもある。毛先にかけて青みがかったグラデーションが柔らかく入っていて、風に揺れるたびいつも目で追ってしまう。
「君って、後ろのほうだけ髪が長いですよね。毛先の青も強いですし、遺伝ですか?」
魔術訓練の授業のときは、後ろで編み込んで綺麗にまとめていたことを思い出す。これだけ長いなら三つ編みにしても似合うだろう。普段は飾り気のない髪紐をしているけれど、もっと他の色も似合いそうだ。白か、黒か、青もいいな。この綺麗な髪をまとめて、その髪紐で蝶々結びにするところを想像するだけで、なんだか楽しくなる。
「髪の色は母譲りだよ。伸ばしてるのは願掛け、かな。先生は短い方が好き?」
「いえ、特にこだわりはありませんが。願掛けならそのままでいいと思いますよ。それに君は綺麗ですから、どんな髪型でも似合うと思います」
「……先生さ、それ無自覚?」
首を傾げていると、クロヴィスは小さく息を吐いてソファの背にもたれた。その頬はわずかに赤い。
「変なこといいました?」
「いや、昔と変わらないなって思っただけ。……小さい頃、綺麗ですねって、先生がよく髪を触ってくれてたんだよ。それが嬉しくて伸ばし続けたんだ。でも全部伸ばすと女の子によく間違えられていたから、後ろだけ長くしてる」
そんなことがあったのか。
曖昧な記憶の中で、幼いころのクロヴィスの姿を探してみる。確かに彼の髪を撫でている記憶はあるが、会話までは思い出せない。なんだか申し訳なくなってくるな。
「でも、もう願いは叶ったから切ってもいいんだけど」
「叶ったんですか?」
「先生と〈ツガイ〉になれたからね」
そういって笑うクロヴィスは、いつだってまっすぐだ。
彼の世界は、想像以上に俺を中心にして回っている。たまに戸惑うこともあるけれど、不思議と悪い気はしない。
「……それならもう少し、長いままでもいいんじゃないですか」
「どうして?」
「俺のために伸ばしてくれているのなら、君に似合う髪紐を贈りたい。毎朝君の髪をとかして結ぶので、失くさずに身に着けてくれたら、嬉しい」
細い髪を指に絡めながらそういうと、クロヴィスは手で目元を覆い、ゆっくりと天井を仰いだ。
最近の彼はよくこの行動をするようになった。最初は驚いたけれど、少し尖った耳の先が赤く染まっているのを見て、ただ照れているだけなのだとわかった。どうやら最近の俺は、無意識のうちに彼を動揺させてしまうことが多いらしい。
「……先生のそれ、突然くるから本当に心臓に悪い」
「すみません、今のはさすがに自分でも恥ずかしかったです。忘れてください。……気を付けてはいるんですが、どうしても君の前だとゆるんでしまう時があるみたいで」
「気を許してくれているのはすごく嬉しいけど、さっきからずっと煽られ続けて必死で耐えてるこっちの身にもなってほしいよ。ここが公共の場で命拾いしたね。部屋だったらもう押し倒してる」
「煽ってるつもりは本当にないんですってば」
「無自覚なのが余計にダメ。本当に、お願いだからそれ、僕だけにしておいてよ」
ようやく目元から手を離したクロヴィスの頬は、まだうっすらと赤く染まっていた。
「それに……あなたから貰えるものなら、なんでも嬉しい。絶対に失くさないよ。むしろ使うのが勿体ないから、大事に保管する」
「ちゃんと使ってもらえないと意味がないのですが」
髪紐をプレゼントするのは、もう少し先になりそうだな。
「ああ、そうだ。先生、ずっと聞こうと思っていたんだけど、誕生日プレゼントは何がいい?」
「プレゼント? 俺の誕生日はもう終わりましたよ。それにあれは、君がプレゼントみたいなもの、でしたし」
クロヴィスがふいに笑みを深めて、こちらへ身体を寄せてくる。濡れた髪から、石鹸とは違う彼自身の甘い匂いがふわりと広がり、思わずどきりとした。
「形に残るものを、先生に渡したいんだ」
その声が妙に甘くて視線を逸らそうとすると、逃がさないといわんばかりに顔を覗き込まれる。
「僕だって、贈ったものを先生が身につけてくれたら、すごく嬉しい」
「そう、いわれましても……」
「例えばそうだね、指輪とかどうかな? ティランの指はすごく綺麗だし、きっと似合うよ。細いのがいいかな、それとも太め? ピアスと同じで、僕の鱗を使うのもいいな」
そういいながら、クロヴィスの指がすっと左手に触れ、自然に絡んでくる。確かめるようになぞる指先が、薬指の根本だけを執拗に撫でた。その触れ方があまりにゆっくりで、意識がそこに集中してしまう。
「先生に触れるたびに思うんだ。この身体に、もっと僕のものが増えたらいいのにって」
クロヴィスは首元へ顔を寄せてきた。
吐息が肌に触れ、鎖骨のすぐ上に柔らかい口づけがひたりと落ちた。ちりっと熱い小さな痛みが走り、皮膚の奥まで痺れるようにじんとする。痕を付けられているのだとわかって、思わず息が揺れた。
「……っ、クロヴィス……」
「ねぇ、何が欲しい? ティランが望むなら、なんだってあげる」
前髪をくしゃりと掻き分けて、額同士が触れ合う。見つめるその瞳は甘く、真剣で、逃げ場がなかった。視線だけで全身が溶けそうになる。
そのままソファへ押し倒されそうになった、そのときだ。
「ちょっと、ここ公共の場だよ!」
突然戻ってきたカナトが真っ赤な顔で手をばたつかせていた。
クロヴィスは少し眉を寄せながら顔を上げ、俺は慌てて身を引いて距離を取る。
「イチャつくならせめて人気のないところで! 見てるこっちが恥ずかしいから!」
クロヴィスは悪びれもせず微笑んで「じゃあ、人のいない場所に行かないとね」と耳元で囁くのだった。
学生寮と教師寮の間にある談話スペースの前を通りかかると、カナトとクロヴィスがソファに腰をかけ、何やら親しげに話し込んでいるのが見えた。いつもカナトにくっついているテオがいないのは、少し珍しい。
「珍しいですね、ふたりで雑談ですか?」
彼らに近づきながら声をかけると、クロヴィスがすぐにこちらを振り向き、口元をゆるく上げる。
「嫉妬した?」
「していません」
「して欲しいのに」
相変わらずの軽口に苦笑してしまう。そもそも俺がカナト相手に嫉妬するなんてありえないだろう。
「ヴァレンス先生、こんばんは! ぼくたちはテオを待ってるんだ。先生は部屋に帰るとこ?」
「ええ、今日の仕事は終わりましたので」
「お疲れさま!……あっ、そうだ! ぼく、先生に相談したいことがあったんだ。ここでちょっと待っててくれる?」
そういうなり、カナトはぱっと立ち上がって学生寮の方へ慌ただしく駆けていった。
相談とは何のことだろう。あの様子を見る限り、どうやら大事な話らしい。
その姿が廊下の角を曲がって見えなくなると、クロヴィスは隣のソファをぽんぽんと叩き、座るよう促してくる。
「座って待っていればいいよ」
隣に腰を下ろすとクロヴィスはすぐに身を寄せ、そっと肩へ頭を預けてきた。ほどけている髪がさらりと頬に触れ、少しだけくすぐったい。石鹸のような爽やかな香りがふんわりとするが、風呂上がりなのだろうか。
「今日は髪を結んでいないんですね」
「ああ。シャワーを浴びたばかりなのもあるけど、結んでいた紐を失くしてしまったんだ」
「また失くしたんですか?」
「さっき誰かとぶつかったときに、気づいたらね」
クロヴィスは、どうもよく物を失くすらしい。
ノートに文房具、身の回りの品まで、ありとあらゆるものが忽然と姿を消す。おそらくは、彼を慕う生徒たちの仕業だろう。
最初のころは気にしていたらしいが、失くなるのは消耗品なだけなようで、今ではもう諦めて放置しているという。注意したところでキリがないのだろう。
クロヴィスの私物をお守りのように持ち歩いている生徒がいると聞いたことがある。眉目秀麗で才色兼備。そんな彼にあやかって、彼の私物はご利益があると噂されているらしい。その真偽はともかく、彼が多くの生徒にとって特別な存在であることは間違いない。
特に東国の皇子だと公表してからは、その特別感に拍車がかかっているようだ。〈ツガイ〉がいるにも関わらず、言い寄るものも後を絶たないとのこと。まあ、その〈ツガイ〉の相手が没落した家の陰険教師なのだから、取って代われるとでも思われているのかもしれない。
「人気者は大変ですね」
「僕としては、先生にだけ人気があればいいんだけどな。人に好かれるのも楽じゃないよ」
「それなら留学時にでもなんでも、もう少し目立たないように振る舞えば良かったじゃないですか」
「目立たないと、先生を見つけられないと思ったからさ」
クロヴィスはそういって、俺の顎を指先でくいと持ち上げた。
「先生のほうはずっと上手く隠してたよね。でも今は毒気が抜けたみたいなそんな格好をして、誰かを誘惑しようとしてる? 最近は他の生徒たちにも慕われてるみたいだし、心配で夜も眠れないんだけど」
「根暗教師のティラン・ヴァレンスはもう必要なくなりましたから。それにいつまでもあんな格好のままだったら、君のためにもならないでしょう。俺は足を引っ張るのは嫌なんです」
東国の皇子という肩書きを持つ彼の隣に立つには、相応とまではいかなくとも、せめて舐められない程度には整えておきたい。見た目も振る舞いも気を配っているのは、そのためだ。
しかしどう頑張っても、彼の隣に並ぶと悔しいほどに霞んでしまうのだけれど。
「……へぇ。僕のため、なんだ?」
嬉しそうに目を細めるクロヴィスの視線に、つい気恥ずかしくなり、俺は誤魔化すように彼の髪の一房をつまんだ。わずかに湿っているが、指先をすり抜けるようにさらりと滑る。
「それより髪がまだ少し濡れていますよ。ちゃんと乾かしてください。風邪を引きます」
「あとで先生に乾かしてもらおうと思って」
「わざとですか」
「ふふ、先生に髪を撫でられるの、好きなんだ」
東国の皇族は皆、クロヴィスのような髪色をしているのだろうか。この国ではかなり珍しい明るい色だ。光に当たると銀色に輝くけれど、白髪のような淡い色合いでもある。毛先にかけて青みがかったグラデーションが柔らかく入っていて、風に揺れるたびいつも目で追ってしまう。
「君って、後ろのほうだけ髪が長いですよね。毛先の青も強いですし、遺伝ですか?」
魔術訓練の授業のときは、後ろで編み込んで綺麗にまとめていたことを思い出す。これだけ長いなら三つ編みにしても似合うだろう。普段は飾り気のない髪紐をしているけれど、もっと他の色も似合いそうだ。白か、黒か、青もいいな。この綺麗な髪をまとめて、その髪紐で蝶々結びにするところを想像するだけで、なんだか楽しくなる。
「髪の色は母譲りだよ。伸ばしてるのは願掛け、かな。先生は短い方が好き?」
「いえ、特にこだわりはありませんが。願掛けならそのままでいいと思いますよ。それに君は綺麗ですから、どんな髪型でも似合うと思います」
「……先生さ、それ無自覚?」
首を傾げていると、クロヴィスは小さく息を吐いてソファの背にもたれた。その頬はわずかに赤い。
「変なこといいました?」
「いや、昔と変わらないなって思っただけ。……小さい頃、綺麗ですねって、先生がよく髪を触ってくれてたんだよ。それが嬉しくて伸ばし続けたんだ。でも全部伸ばすと女の子によく間違えられていたから、後ろだけ長くしてる」
そんなことがあったのか。
曖昧な記憶の中で、幼いころのクロヴィスの姿を探してみる。確かに彼の髪を撫でている記憶はあるが、会話までは思い出せない。なんだか申し訳なくなってくるな。
「でも、もう願いは叶ったから切ってもいいんだけど」
「叶ったんですか?」
「先生と〈ツガイ〉になれたからね」
そういって笑うクロヴィスは、いつだってまっすぐだ。
彼の世界は、想像以上に俺を中心にして回っている。たまに戸惑うこともあるけれど、不思議と悪い気はしない。
「……それならもう少し、長いままでもいいんじゃないですか」
「どうして?」
「俺のために伸ばしてくれているのなら、君に似合う髪紐を贈りたい。毎朝君の髪をとかして結ぶので、失くさずに身に着けてくれたら、嬉しい」
細い髪を指に絡めながらそういうと、クロヴィスは手で目元を覆い、ゆっくりと天井を仰いだ。
最近の彼はよくこの行動をするようになった。最初は驚いたけれど、少し尖った耳の先が赤く染まっているのを見て、ただ照れているだけなのだとわかった。どうやら最近の俺は、無意識のうちに彼を動揺させてしまうことが多いらしい。
「……先生のそれ、突然くるから本当に心臓に悪い」
「すみません、今のはさすがに自分でも恥ずかしかったです。忘れてください。……気を付けてはいるんですが、どうしても君の前だとゆるんでしまう時があるみたいで」
「気を許してくれているのはすごく嬉しいけど、さっきからずっと煽られ続けて必死で耐えてるこっちの身にもなってほしいよ。ここが公共の場で命拾いしたね。部屋だったらもう押し倒してる」
「煽ってるつもりは本当にないんですってば」
「無自覚なのが余計にダメ。本当に、お願いだからそれ、僕だけにしておいてよ」
ようやく目元から手を離したクロヴィスの頬は、まだうっすらと赤く染まっていた。
「それに……あなたから貰えるものなら、なんでも嬉しい。絶対に失くさないよ。むしろ使うのが勿体ないから、大事に保管する」
「ちゃんと使ってもらえないと意味がないのですが」
髪紐をプレゼントするのは、もう少し先になりそうだな。
「ああ、そうだ。先生、ずっと聞こうと思っていたんだけど、誕生日プレゼントは何がいい?」
「プレゼント? 俺の誕生日はもう終わりましたよ。それにあれは、君がプレゼントみたいなもの、でしたし」
クロヴィスがふいに笑みを深めて、こちらへ身体を寄せてくる。濡れた髪から、石鹸とは違う彼自身の甘い匂いがふわりと広がり、思わずどきりとした。
「形に残るものを、先生に渡したいんだ」
その声が妙に甘くて視線を逸らそうとすると、逃がさないといわんばかりに顔を覗き込まれる。
「僕だって、贈ったものを先生が身につけてくれたら、すごく嬉しい」
「そう、いわれましても……」
「例えばそうだね、指輪とかどうかな? ティランの指はすごく綺麗だし、きっと似合うよ。細いのがいいかな、それとも太め? ピアスと同じで、僕の鱗を使うのもいいな」
そういいながら、クロヴィスの指がすっと左手に触れ、自然に絡んでくる。確かめるようになぞる指先が、薬指の根本だけを執拗に撫でた。その触れ方があまりにゆっくりで、意識がそこに集中してしまう。
「先生に触れるたびに思うんだ。この身体に、もっと僕のものが増えたらいいのにって」
クロヴィスは首元へ顔を寄せてきた。
吐息が肌に触れ、鎖骨のすぐ上に柔らかい口づけがひたりと落ちた。ちりっと熱い小さな痛みが走り、皮膚の奥まで痺れるようにじんとする。痕を付けられているのだとわかって、思わず息が揺れた。
「……っ、クロヴィス……」
「ねぇ、何が欲しい? ティランが望むなら、なんだってあげる」
前髪をくしゃりと掻き分けて、額同士が触れ合う。見つめるその瞳は甘く、真剣で、逃げ場がなかった。視線だけで全身が溶けそうになる。
そのままソファへ押し倒されそうになった、そのときだ。
「ちょっと、ここ公共の場だよ!」
突然戻ってきたカナトが真っ赤な顔で手をばたつかせていた。
クロヴィスは少し眉を寄せながら顔を上げ、俺は慌てて身を引いて距離を取る。
「イチャつくならせめて人気のないところで! 見てるこっちが恥ずかしいから!」
クロヴィスは悪びれもせず微笑んで「じゃあ、人のいない場所に行かないとね」と耳元で囁くのだった。
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