こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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幕間:ナカのナマエ

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「えぇっ、何いってるのクロヴィス! 信じられない!」

 カナトはソファから身を乗り出し、頬をぷくりと膨らませた。
 
「ぼくたちの名前って、すっごく意味のあるものなんだ。それを無理やり聞くなんて、絶対ダメ!」
 
 ここは、学生寮と教師寮のあいだにある談話スペース。
 暖炉の前のソファに腰を下ろし、テオを待ちながらカナトと他愛もない話をしていた、はずだった。
 けれど、どうやらカナトの機嫌を損ねてしまったらしい。

「そんなに名前を聞くことがダメなこと?」
「ダメ! ぜーったいに、ダメ!」

 ここまで本気で怒っているのも珍しい。
 とはいえ、カナトが怒っても小さなリスが威嚇しているようにしか見えず、まったく怖くはない。

 困ったな、と小さくため息をつく。
 あのとき、三日三晩、めちゃくちゃに抱き潰したというのに、先生はナカの名前を教えてくれなかった。何度も意識を飛ばしながら泣きじゃくるほど乱れていたのに、それでも名前の頭文字すら教えてくれなかった。
 最初はただ頑固なだけかと思っていたが、あまりにも怖がるものだから、さすがにそれ以上は追及できなかったんだ。
 思っていた以上に、ナカに踏み入られるのを恐れている。あんなに戸惑っている先生は初めてで、それを無理やり聞くのは間違いかもしれないと、そのときは思い直したんだ。
 だから謝って、許してもらってから優しく抱いた。それはそれで泣いていたけれど。すごく可愛かった。
 
 でも、なぜそこまでナカの名前を教えるのを怖がるのか、どうしても気になったんだ。
 あれから何度尋ねても、話題を逸らされたり、かわされたりするばかりで、口にできない理由すら教えてもらえない。
 だから前世で先生の同郷だというカナトに相談してみた結果が、これだ。
 
「まだそこまで信用されてないから、教えて貰えないと思っていたけど、どうやら違うみたいだね」
「信用の問題じゃないよ。なんていったらいいのかな。えーっと、崖っぷちで一本のロープに命を預けてる感じで、そのロープが名前……みたいなもの?」

 必死に上手く説明しようとしているが、相変わらず例えが下手だ。それでも、カナトの言いたいことはなんとなく伝わった。

「ぼくだって、テオにまだ教えてないのに……転生者ってことも話せてないんだよ」
「でもいつかは教えるつもりなんだろう?」
「うーん。必要ないなら教えないよ。だって余計な心配かけたくないもん」
「カナトのことだからいつかボロは出そうだけどね。僕にバレた時も堂々と前世の話をしていただろう」
「うっ、何もいえない……」

 あれは、先生の部屋に泊まった日のことだ。
 朝、先生は先に目を覚まし、椅子に腰かけて珈琲を飲んでいた。その姿を微笑ましく眺めながらベッドの上でまどろんでいたとき、突然カナトが訪ねてきたんだ。そして僕がまだ眠っていると思い込んだまま、ふたりで前世の話をし始めたんだ。
 
 先生が、前世の記憶を持つ転生者だということを疑っていたわけではない。けれど、実際に他にも同じ存在がいると知ったときは正直、驚いた。しかもそれがカナトで、先生と同郷だというのだから。

 カナトは、きっと僕の知らない世界の先生を知っている。僕の知らない単語を口にしながら笑い合うふたりを見て、ほんの少しだけ。いや、かなり嫉妬したのは、ここだけの話だ。
 
 もしカナトがテオと付き合っていなければ、全力でふたりを引き剥がしていたかもしれない。早くテオと〈番〉になればいいのに。そうすれば僕はこれ以上、余計なことを考えずにすむ。
 けれど、こうして先生のことを相談できる存在がいるのは、助かっている。
 
「カナトはさ、もしテオにナカの名前を呼ばれたら、どんな気持ちになる?」
 
 カナトは首を傾げて、少し考え込む。

「……やっぱり、怖いかな。何でもいうこと聞いちゃいそうで。心臓をぎゅって握られてるみたいな感じかも」

 確かに、名前には縛る力がある。
 古い伝承の中でも、名を渡すという行為は信頼の証とされてきた。真名を知られることは、魂の一部を明け渡すのに等しいとも語られている。
 今ではそんな古めかしい作法を気にする者はいないし、真名を呼ぶことにそれほどの力があるとも思われていない。けれど、今でも魔法による契約や儀式の際に真名を用いるのは、その名残だ。

 でも僕が気になったのは、そこだけではない。

「へぇ、何でもいうこと聞いちゃいそう、なんだ」
「ちょっとクロヴィス、変なこと考えてないよね!?」
「いや? いいこと聞いたなとは思ってるけど」

 なるほどね。
 ナカの名前を手に入れることができたら、どんなことがあっても先生は僕の傍から離れられなくなる。ずっと縛り付けておくことができる。決して逃げられない。
 それは正直、かなり魅力的だ。

 もしかしたら先生はそれを本能的に察していて、名前を口にしなかったのかもしれない。あれほど追い詰めたのに教えてくれなかったのは、その危機感があったからだろう。相変わらず、慎重で隙のないオトナだ。
 
 でもね、先生。
 僕は〈ツガイ〉の繋がりだけじゃ足りない。もっと、もっと深いところで、あなたと結びついていたいんだ。

 だから、ぜんぶ欲しい。
 身体も、心も、魂も、ナカも、ぜんぶ、全部。
 そのすべてに僕を刻み付けて、僕だけのものにしたい。
 
 名前を呼んだとき、先生はどんな顔をするんだろう。
 そして先生のナカにいるときにその名を呼んだら、どういう反応をするんだろう。きっと、とろけるように顔がほどけて、可愛い声をあげるんだろうな。戸惑うかもしれないし、名前を呼ぶだけでイくかもしれない。
 それは絶対に、見たい。
 
 その姿を思い浮かべただけで緩みそうになる口元を、僕は手で押さえて隠した。

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