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004-① 現状把握!
しおりを挟むバターンッ! という強烈な扉の音で目が覚めた。ドタドタドタと部屋を横切ってそいつは無遠慮に、バコンッ、バコンッと激しい音を立てて部屋の窓を開けていく。
俺は腕を支えに体を起こす。真っ暗だった部屋がどんどん明るくなっていく。衝立があるからその向こうで何が起こっているかは見えなかった。
「よお」
俺の目の前に犬が現れた。犬ではない。いや犬だ。衝立をどけて、寝惚け眼の俺を覗き込んでニヤつく悪い犬だ。
ウィルだ。高身長でデカい体をした犬人間。昨日のことは夢じゃなかった。
部屋は内鍵で、外側からは開けられない仕組みだと思っていた。でもそんなのは部屋の主には関係ないことらしい。
「逃げなかったな」
「逃げないよ」
俺はベッドからのそのそと起き上がった。体が重い。起き上がるのが億劫だ。少し寒い。ベッドの上に載せていたガウンを羽織った。
「こっちへ来い」
ウィルに言われて、ウィルのいる一番大きな窓辺に寄っていった。
眩しい朝だ。窓の向こうの空は青く見えた。昨日と同じ太陽だ。畑の先は森、小麦畑、地平線。それから。
「いい天気だぞ。後で外を案内してやる。体はどうだ」
「体? 少し疲れてはいるけど、まあ大丈夫」
「そうか。体調に変化があったら直ぐに言うんだぞ」
「………」
驚いて言葉が出なかった。ウィルに気遣われた!?
「何だ、変な顔して」
「いや……」
昨日のお前、俺を殺そうとしてたよな……? 別人格でも持ってんのか? どういう感覚?
まあ別にもういいけど。ここは俺の常識が通じない世界だ。そういうことにイチイチ突っ込んでたらキリがない。
白い雲が青い空を横切って、薄く広がるように棚引いていた。
朝焼けを残した静かな空だった。
この景色を美しいと思う感覚は同じなんだろうか。俺の隣にいるウィルは俺が何も言わないせいか黙って遠くを見つめていた。
赤と青のグラデーションの空の下に広がる、深い緑色の畑と森と黄金色の小麦畑。
「綺麗だな……、すごい」
「キレイダナ? スゴイ?」
間違えて日本語で言ってしまった。
「それはお前の国の言葉だな? おいおい俺に教えてくれ」
「何で」
「知りたいからだ」
教えてくれ、とかウィルの口から聞くと思わなかった。寧ろ教えを乞うのは新参者の俺の方なんだけど。ウィルから? スパルタっぽいな……、大丈夫かな……。
ウィルが窓の向こうを指差した。
「俺は昨晩、あそこからお前を見てたんだよ」
来たときは気づかなかったが、俺が来たらしい森のある方角に向かってひときわ目立つ大木があった。風車からは少し離れていた。
「木に登って?」
「木登りは得意だ」
大男のウィルが登っても全く折れなさそうな太い幹の大木だ。
「子供みたいだな?」
「お前は木登りもできないのか? 何かお前にできることはあるのか?」
「………」
言い方。そうだ、ウィルというのはこういう男だった。
俺は答えずに窓の外を見た。
出窓に少し身を乗り出して遠くを見ると、右の森の向こうに川があって、水車小屋があるのが見えた。その先には村と思しき集落があった。家の作りは二階建ての三角屋根に見えた。
昨日は全くわからなかったが、集落から森につながるように人家が点在していた。
「森は水路への通り道になっている。お前はおそらく森を東から西に歩いてきた。本当に一人も村の人間と会わなかったのか?」
「会わなかった。村が思ったより近いな……」
「そうだろう」
ウィルの疑問は最もだ。森には車道ほどの広い道がグネグネ通っていた。川も流れている。目覚めたときは昼間だったのに、広い森だとは言え、俺はなぜに何にも気づかず獣道をひたすら前進してしまったのか。
自分の行動すら理解できない。
「行くときは水路の方から回って村に行こう。道を教えてやる」
「ああ、うん、わかった。ありがとう」
ウィルの親切がどうにもこそばゆい。
「オズは?」
「朝食の支度をしている。そうだ、お前を呼ぼうと思って来たんだ。下には水道が通ってないから、お前も水汲みを手伝え」
俺がいた部屋には水洗トイレも洗面所もある。部屋を探索したときに知って、夜中に使ったから知ってる。だが、階下と部屋の構造が違うらしい。水道がない?
「わかった。その前に着替えたい」
俺はそう言って、部屋の中央のテーブルに置いていた服を手に取った。
「今お前が着てるものは寝巻きと平服兼用だぞ」
「本当か」
「冗談だよ」
「何なの、お前」
騙されるところだった。
着替えようとしたら、まだウィルがいた。出ていけとも言えないから、男同士(?)だし意識するのも逆におかしいと、その場で着替えた。視線を感じた気もするが気にしないことにした。
服は寝巻きと似たような構造だった。やっぱり着物と似ている。帯は柔らか素材。適当に巻いた。
下着が変えられないな。借りれてもないし。下着って概念はこの世界にあるのか? なかったら、直履き……!
「お前の名前は何と言うんだ」
「カイだよ。昨日教えただろ」
「それはお前の本当の名前か?」
「……あ、うん。本当の名前だよ」
犬のくせにというか、犬だからというか、ウィルは勘がいい。
俺の本名は甲斐臨である。
父親が付けた臨という名前が嫌いなので、カイで通したのだ。
ウィルは疑わしそうに見てくる。が、俺に嘘はない。
「お前は俺と相性が悪そうだな」
ウィルが言った。そう言っておいてだ。その毛むくじゃらの手を伸ばしてきて、着替え終わった俺の頭をグシャグシャと掻き乱すように撫でてきた。
「何するんだ」
「お前とは理解し合えない」
ウィルはその両手で俺の髪を掬い上げるような、優しく梳くような真似をし始めた。
俺の目をじっと見つめながらだ。
そんなことを繰り返されているうちに、なんだか妙な気分になってきた。
「ちょっ……、もうやめろ。お前、言ってることとやってることがメチャクチャだぞ」
「メチャクチャ?」
「だから、やめろって」
その手を振り払ったら、不満そうな顔をされた。
犬に毛繕いされてしまった。普通は逆じゃないか?
まあ、ウィルに比べたら俺の方が子供サイズだから、世話したくなったって感じか?
俺は寝巻きをパタパタ畳む。ウィルの視線を感じながら。
何なんだろ、こいつ……。
結局、俺の支度を忠犬みたいに待ってくれてるし……。
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