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003-③ 楽天家
しおりを挟むオズが先に部屋を出た。犬人間も後に続こうとしていたから二人を見送ろうとした俺が二人の後に続くような形になったのだが、唐突に犬人間が振り返った。
「カイ」
突然呼ばれてギョッとした。
「逃げるなよ。いいな」
「わかってるよ、ウィル」
俺も真似て名前を呼んだら、ウィルはとても驚いた顔をした。
「カイ」
「何だよ」
「窓は開けるな。触るな。わかったか」
「わかった、わかった」
二階といっても中二階があるんじゃないかと思うくらい階段を上った。外は煉瓦の壁だが、この高さを這って上って来る奴がいるのか。このおかしな世界にはいそうだな。
「朝が来たら俺はどうすればいい」
何とはなしに聞いたらウィルが笑った。犬なのに笑い声まで人間と一緒。傲慢なタイプのな!
「やっぱりお子様か? 不安なら俺が一晩中一緒にいてやろうか」
今度は俺からウィルの背中を押して追い出してやった。
二人は部屋から出て行って、俺は一人になった。
広い部屋だった。椅子が二脚ついた丸テーブルの上にオズが置いておいてくれた水差しがあるのが目についた。棚に置いてあったガラスのコップを適当に取ってそれに水を注いだ。
幾何学模様の細工の施されたコップに満たされた水が部屋の照明でキラキラ輝いていた。食事も違和感なく食べられたし、この水は、軟水。
あるべきものが普通にある幸せを噛み締める。
俺に運が回ってきた?
そう思わないとやってられない。
部屋の奥の衝立の向こうにベッドがあった。天蓋付きのキングサイズ。この部屋の主は貴族か何かか?
部屋に入ってきたときはわからなかったが、階下の部屋より心なしか部屋の作りが豪奢だ。壁紙も植物の絵柄が浮き出ているなど凝っている。
ベッドカバーは壁紙とは違う植物の柄物で統一されていた。
ベッドの上に黒い剛毛が多数落ちていることに気づいた。それで俺はこれがウィルのベッドだと知った。
この部屋はウィルの部屋なのだ。だからオズがウィルに確認したのだ。
ーーいいのか、ウィル。
ウィルの体は大きいからベッドも大きくせざるを得ないのだろう。
こんな人里離れた風車の塔が別宅。
何なんだ、あいつは。
俺はオズから渡されていた寝巻きに着替えることにした。ナイトウエアと言われたが、受け取ったものがやけに重かったのでパジャマを連想することはできなかった。
案の定、それは懐かしの浴衣のような作りをしていた。羽織った後は前部分を重ねて、腰に帯を巻いて前がはだけるのを防ぐタイプである。寝巻きの生地に刺繍はされていなかったが、付属のガウンには立派な刺繍が施されていた。
「高そう……」
改めて見ると俺が着ていた服は酷い有様だった。白いシャツ、ベージュのズボンは汚れきって再起不能に見えた。何もかもに油染みのようなものがこびりついていた。紺色のジャケットは汚れが目立たないだけで擦り切れて少し破けていた。
こんなに汚かった俺をよくあの二人は受け入れてくれたな。 ウィルは渋々だったが。
俺は汚れた服をそれなりに畳んで床に置き、部屋を探索することにした。
仕切りの向こう側を覗いたら、大きな机と大きな椅子があった。
その半個室は書斎のようだった。机の上には厚みのあるノートが開いて置いてあった。その傍らには万年筆のようなペンが置かれていた。ウィル仕様なのか、万年筆は異様に太かった。
ノートには見たことのない文字が記されていた。机横の本棚に並ぶ本のタイトルも同様で俺には全くわからなかった。
異世界に来た俺だが、チートはないらしいと確信した瞬間だ。
どうして俺をここに招き入れたんだ。俺がこの部屋を漁るような下衆い奴だったらどうなってたか知らないぞ。
天井のシャンデリアは壁のスイッチで消すことができた。ベッドサイドの小さな蝋燭だけが残った。それを吹き消してからベッドに潜った。目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
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