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013-③ 指輪!
しおりを挟むウィルがやってきたのは教授陣の指導が始まってから七日目の夜だった。
夕食後の眠い時間、グリズリー先生による歴史授業。補講の最中だ。
「うわっ」
音を立てずにやってきて、俺を後ろから軽々と抱き上げる、我らが王子様。
「元気だったか? カイ」
「こ、こら」
俺が座っていた椅子が倒れそうになったのを、グリズリー先生が無言で押さえてくれた。
「どうだ、ここは。快適か? 慣れたか? 不便はないか?」
「慣れた、慣れた。こら、離せ、ウィル」
巨漢のグリズリーから恥ずかしげに目を逸らされて、見て見ぬ振りをされるとかないから。
ウィルは教授がいようがかまわない。俺の足は宙に浮いてる。
「真面目にやってるらしいじゃないか」
「偉そうに。ずっと会いに来なかったくせに」
つい恨み言が溢れる。
「忙しかったんだ。でも俺は毎日お前の寝顔を見に来たんだぞ」
「う、嘘を吐け」
「ぐっすりだったな」
「ええ!?」
勝手に入って来てた!?
「半分起きてただろ。覚えてないのか。俺に抱きついて離れなかったんだぞ」
「んなわけあるか! ……あ。あのチョコレートはお前の置き土産か!」
「食べたか?」
「あんな怪しい置き方されたものを食べるわけないだろ」
「捨ててないじゃないか」
チョコレートが入っている木箱は棚の真ん中に置いてある。何となく捨てられなかった。
「明日は式の衣装合わせだ」
「は!?」
式! まさか!
「街に連れていってやる」
「……街」
……それはもしかして、デート、かな!?
そう思ってしまった自分を心の中で張っ倒し、首を横に振ってからしっかりと絶叫する。
「違う!!」
「あ?」
「何でもない!!」
「は?」
俺は飼い犬とただの散歩をするだけなのだからな! デートなんて……、女の子とした記憶もないっ。
「行く」
大変、楽しみだ。
「そうか。なら、明日は朝食も外で摂ろう。朝、迎えに来る」
「わかった。待ってる。……だから、今は下ろせ」
ウィルは俺の話を聞かない。抱き直してきて、俺の頬にスリスリしてくる。
ウィルの顔を見たのは久しぶりだ。俺だって嬉しくないわけはなくて、一緒に街に行くのはやぶさかではないのだが……。
俺は元の世界でもこんなに犬にモテたことはない。
永遠に続くかと思うくらいスリスリされている。顔を舐められそうな勢いだ。会わない間にレベルを上げてきたな!
「落ち着け、ウィル」
「落ち着いてる。お前がいるから」
「何言って……」
「暴れるな。久しぶりに起きてるお前に会ったんだ。もっと匂いを嗅がせろ」
「はー!?」
想像を絶する変態がいる!
「せ、先生の前で!? いや、どこでだってダメだけど……、おい、……ちょっ」
「諦めてください。匂いでの動静確認、及び匂い付けはサベラの習性です」
「え!?」
教授からのお許しを得て、ウィルが更に図に乗る。俺は完全に押され気味。
「こらっ、やめろっ、このっ……」
スリスリされながら首元で鼻をクンクンさせられると、堪らなくなるほどにくすぐったい。身を捩って抗ったところでウィルの力には敵わない。
「髪が長くなってきたな」
「か、髪?」
「切るか? それとも結ぶか? ちょうどいい。明日、髪飾りを買ってやる」
「か、髪飾り!?」
俺自身、どんなキャラ変してんの!
「お前の髪は本当に綺麗だ」
「……!?」
スカしたウィルのセリフに俺の体が硬直する。
耳元で囁くのはやめて欲しい。ウィルは結構いい声してるんだよ。
はっきり言って、俺は。
こんな恋人同士みたいな甘い雰囲気に耐性がない。
「他に欲しいものはないか?」
「ほ、他にって何だ。髪飾りもいらないよ。俺は男で、俺の世界では少なくとも俺は絶対にしなかった……」
「お前が望むならなんでもくれてやるから」
「いいって」
「欲しがってくれ」
そう言って、ウィルは俺の髪に顔を埋めてくる。そんなに俺の匂いが好きなのか。
って、だめだろが!
「ウィル、一旦離れて……」
「嫌だ」
「ええ……?」
「離れたくない……」
「………」
困った。これは。これはつまりだ。
ウィルも俺に会えなくてずっと寂しかったってことだ。俺に甘えているのだ。人目も憚らず。
しかし、これからもずっとこのスタンスってのはどうなんだ。
グリズリー先生はわざとらしく黒板を消したりなどして、ウィルの暴走が止むのを待ってくれている。
スリスリされ続けながら、俺は決心する。
だめだ。このままではだめだ。この大型犬を躾けられるのは俺しかいない。
無論、俺に手がないわけじゃない!
俺はウィルの顔を両手で挟み、
「動くな」
あとは勢い。ウィルの鼻に俺の鼻を押し当てて、目を合わす。
案の定、効果覿面。
ウィルの動きが止まった。ウィルみたいな奴は、相手からの不意打ちに弱いと相場が決まってる。
「……早く下ろせ」
鼻がスイッチなんだろう。前よりも格段に大きなインパクトを与えられた。それでようやくウィルの力が弱まった。スルスルと下ろしてもらえた。
「………」
ウィルは俺を見下ろして茫然としている。
「何をそんなに驚いてるんだ。いつもいつも心臓に悪いスキンシップをかましてくるのはお前の方だ」
「………」
ウィルは何も言わなくなったが、まあいいや。あとはウィルを部屋から追い出すだけだ。ウィルは完全に今の俺に引いてるから、少し押すだけで後ろに下がっていく。
「今日の夜は絶っっ対に入ってくるなよ」
「……カ」
今度はその鼻に人差し指を突きつけてやる。
「いい子にしてろっ、仕事に戻れっ」
バタン! 扉を閉める。
それから、咳払いをひとつする。体裁を繕って、グリズリー先生の元へ戻る。
「大丈夫ですか? 休憩を入れますか?」
そのメガネの奥の目は笑ってない。
「問題ありませんっ」
「私のことはお気になさらず。カイ殿は殿下の番です。愛の触れ合いであれば、人目を気にする必要はございません。堂々となされればいいんです」
「………」
居た堪れない……。
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