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020-① 疾走!
しおりを挟む結局、俺はエーファに乗れずにズズズと地面に降りた。拒否されたわけではない、と思う。自分で降りた。
暴れ馬のエーファを難しい顔をして引き留めて手綱を握っていた白クマさんが、不器用な俺を見て吹き出したから、俺も笑った。
俺はウィルじゃないからエーファと話せない。
だけど、ちゃんと言おうと思った。
「俺をウィルのところに連れていってくれないか」
まつ毛の長い、つぶらな瞳に向かってお願いしたら、エーファが俺にスリスリしてくれた。わかってくれた。
「乗る前に言わなきゃいけなかったな。急に乗ろうとしてごめんな。吃驚したよな」
物事には何でも順序ってものがある。
よし。まずはこの重量級に乗るところからだ。ウィルに合わせられた鎧はまず俺に合わないだろう。ふむ、と鎧を見ていたら、ジークがやってきて皮革の長さを調整し始めた。
「私はエーファに乗れないし、私の馬ではエーファには追いつけない。一人で行けるのか」
「俺しか行けない。行きます」
「……手を貸す。乗れ」
ジークの言葉がけは有り難くて心強い。さすが。できるエリートは余裕が違うなあ。
俺の肩にコートがかけられた。あれっ。またこんな上等そうな生地のやつを。後ろを見たら白クマの息子さんがいた。
無言で頷き合う。
俺のせいで気分悪くなっちゃったみたいで、ごめんね。
いいよ、問題ないよ。
みたいな。
俺はコートの前を閉じてフードを被り、襟を立てて鼻先まで隠す。
「カイ。俺は後ろを走る。だが、たぶん……、追いつけない」
「急いで来てくださいね。ジークさんがついてきてくれると思えば、俺も安心です」
ジークに体を支えられながらあとは勢いだ。鎧に足をかけて鞍の上に乗った。今度は乗れた。
俺は白クマさんの手から手綱を受け取る。エーファが鳴いて首を持ち上げるのを頼もしく感じた。
「重心は後ろに置け。気を抜けば一瞬で後ろに吹き飛ばされるぞ。エーファに追いつける馬はない。一度乗ったら……」
知ってる。この馬の走りはまるで高速ラリー車だ。加えて羽が生えているかのように。
飛ぶ。
あとはもう、エーファについていくだけ。
村を抜けて、森の中に入り。
大爆走だ。
漆黒の闇に覆われた森の中を一心不乱に疾走するエーファ。
エーファには見えるんだ。この暗がりの先が。
どこに向かってるかって。ウィルのところに決まってる。エーファは俺なんかよりずっと、ウィルと通じ合っている。
ずるいぞって、冗談混じりにエーファに思いきりしがみつきたいのを堪える俺は……。
ああ、また何も見えなくなったなって、落胆もしていた……。
さっきはどうして、エーファやジークの姿が見えていたんだろう。ぼんやりと思考にビジュアルが入って来たんだ。ようやく俺にチートが付与されたか! と思いながら興奮を隠してたんだけど。
どうしてウィルの姿は見えないんだろう。
ウィル。会いたい。いつもみたいに俺に抱きついてこいよ。何してんだよ。
俺はお前がいなくなったらどうすればいい——?
お前が戦ったらダメなんだ。俺はお前を止めるためにここにいるんだよ。
「……っ」
いけない。不安を感じてはダメだ。たるんでるぞって、エーファに振り落とされるぞ。
そうだ、別のことを考えよう。それで俺はタヌキ先生のことを思い出すことにした——。
何故かここでタヌキ先生。
タヌキ先生はレア種だそうだ。
他のサベラに比べて、明らかに体が小さいタヌキ先生。奥の塔にやってくるとき、最近はいつもハンチング帽を被っていた。結構オシャレ。
弱くて無力な動物は淘汰されるのが世のならい。
だからタヌキ先生の一族は特異な体術を相伝している。
俺は王宮であるグランバーグで花嫁修行ならぬ勉強勉強勉強の日々を過ごし、頭でっかちになりつつあった。
そんなときに、タヌキ先生の授業は、言っちゃなんだけど、息抜きだった。
体術に剣術、護身術が主。ひたすら体を動かす。
授業中のタヌキ先生は非常に無口だ。目で見て体で覚えるがいい、みたいなクールな教授法はもはや職人と言って過言でない。俺は結構、好き。
ある日、いつもの時間より少しだけ早くやってきたタヌキ先生。
いろんな授業を兼務してくれる、本職はマナー講師のヒョウのご婦人が俺の練習相手にとテーブルに招いた。
意外なことに、タヌキ先生は紅茶を飲む所作が綺麗。それで、ヒョウ先生がタヌキ先生を絶賛した。
二人はこのときまでそんなに親しくなかったそうだ。しかし今日のこの席で、何かが爆発したようだった。
「先生とは一度お話しさせていただきたいと思っていたんです」
「私も王宮で何度もお見かけして、その度にご挨拶をしそびれて」
タヌキ先生が珍しく積極的に話すものだから、鈍い俺だって察するよ。もしかして、この二人、いい感じになっちゃった?
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ヒョウ先生の方が背が高い。タヌキ先生、食われないかな。大丈夫かな。意外性のあるカップルになりそうだ?
それはともかく、マナー講師のくせにスイッチが入るとお喋りになるヒョウ先生につられて、唐突にタヌキ先生が話し出した。
「カイ殿。私は昔、ウィルバード王子殿下の指導もしておりました」
ウィルの話だ。
ヒョウ先生が身を乗り出した。
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