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020-③ 疾走!
しおりを挟む変装の名人、レオの言葉で気づかされたことがある。
あの重い婚礼衣装。
あれは元々、拘束着、だったんじゃないか……。
——お前を逃がさない、だ。
オメガを縛りつけるための。
獣人と結婚させられる人間が、儀礼の最中に逃亡しないように。
それなら、この指輪はどう解釈する。俺の位置を把握するために作られた……?
俺は月も太陽もない夜空の下の地の果てを見つめる。
この暗闇の中を進んでいって、ウィルのいる場所に辿りついたとして、俺はどうしたい。
——全て終わったら、話したいことがある。
聞きたくない、なんて言えない。どんな苦しみと哀しみを伴っても、俺は受け入れなければならないんだ。
エーファがヒヒンて何か言ってる。お前にも俺の気持ちがわかっちゃうのか。
「そろそろ行こうか」
俺はエーフォの手綱を掴んだ。
「それでも会いたいなんて、俺ってやっぱりバカだったんだな」
エーファが鳴いた。
エーファに乗って無心になって、また思い出すことなど。
式の二日前。早朝のこと。
ドンドン、と強めに扉が叩かれた。
寝坊していたが、それで起きた。急いで応対に走った。
扉の向こうにいたジークの後ろに立っていたのは。
「王太子のヨメ……」
朝から強烈な美人がやって来た。
「ヨメって何だ。人の名前はちゃんと覚えろ。失礼な奴だな。入っても?」
「あ、はい」
アシュリーさんと話すのはこれが初めてだった。俺にツッコミを入れるときは人懐っこい笑顔を弾けさせてた。
ややや? 以前一度グランバーグ内で会って無視されたけど。俺たちの間の空気は案外悪くない?
ジークと一緒にヨメの護衛二人も俺の部屋に入ってきた。扉がパタンと閉まる。
三人の圧を感じる。あ。俺はもう逃げられないな? いきなり襲ってこない? 生意気な新参者めって。大丈夫かな?
「君とは一度、きちんと話をしたかった」
「あ、はい。俺も」
と同意してから、俺の口が勝手に動いた。
「アシュリーさん……、何だか顔色が悪いですね」
「最近、体が怠くて。よく眠れないんだ」
アシュリーさんはそう言って、ソファにドッカと座って足を組む。
俺は今のところ毎日快調だけど。タヌキ先生のエクササイズが功を奏しているのかな?
「飛行機事故が引き金でこの世界に来たって聞いたけど、ホント?」
アシュリーさんが言った。
「俺の記憶では。あなたはどこから来たんですか」
「オスロ。職場でガス爆発があった。それで気づいたらここ」
個々の事情はさまざま。
やっぱり、北欧の人。なるほど、どおりで聞き取りやすい英語だ。
朝食が運ばれてきた。いつもはジークがトレイに載せて持ってきてくれるんだが、今日は猫二人がガラガラとワゴンを押してやってきた。何人分?
「ジークも。テーブルに座って一緒に食べなさい」
ジークに逆らう隙を与えない、アシュリー様、中々のお姫様っぷり。
「ここにはもう慣れた?」
「はい」
この質問はよくされる。実際は慣れてないけど、頷いておく。
テーブルセッティングは速やかに行われ、そのうちに焼きたてのパンも運ばれてきた。俺の朝のパンはいつも冷たいけど?
「式。楽しみだね」
「……ええと」
「嫌だよね。わかる。変な世界だもんね、ここ。僕も最初は嫌だった。全部。何もかも」
はっきり言っちゃうんだ。面白い人だな、この人。お互い、紅茶をひと啜り。
「ねえ、日本人の男って、みんなサムライとかニンジャじゃないの? 君はそれっぽくないね」
「………」
「冗談だよ。君、若いね。いくつだっけ?」
「二十一です」
「嘘っ!? それでウィルより年上!? 年齢詐称してない!?」
「鏡の間でコンラートが話してくれてましたけど」
俺の見た目以外は興味なしって感じだったけど。
「知らなかった……。君を見たときはウィルの趣味を疑ったよ」
「………」
俺の存在はウィルの沽券に関わるな?
「冗談だけど。まあ、それなりだよね」
「はい?」
「うん。黒いね、髪。ウィルと一緒の色」
「はあ」
テンポの掴めない人だ。どこに合いの手を入れたらいいのか、ちょっとよくわからない。
「みんな、僕に気を遣ってるんだ。僕に子どもができないから、君に優しくすると僕が悲しむと思って」
「え」
何だ、その話。俺って嫌われてたんじゃないの?
「子ども……、産みたいんですか?」
「彼の子どもなら産みたい……、でも、できない……」
「そう、……ですか」
産みたいんだ。男なのに。本気かな、この人。他国から恨まれて忌避されるほどの強大な力を持った犬人間を産むとしても?
ウィルの言う「責務」に俺はここで初めて納得した。解決策を講じなければ、少なくともこの人、王太子のヨメであるアシュリーは今すぐにも壊れてしまう。
王妃様は俺に冷たいように見えた。見方を変えれば、俺に優しくしたらアシュリーが悲しむからだ。
体ができあがるのに時間がかかると聞いている。でも、アシュリーは数年いるらしい。だから、焦ってる?
「僕がダメなら君。君がダメなら次。僕たちって何なのかな」
「王太子殿下はあなたに産むことを求めて」
「ないよ……、彼はやさしいから。でも、僕はこのためにいるから」
ブロンズのイケメンがぐすぐす泣き始めた。自らを追い込んで精神的に不安定になるタイプか。犬の護衛がアタフタしている横でジークは平然としていた。
「もう何も考えたくない」
俺はアシュリーを慰めるべきなのだろうか。俺の立場で?
猫二人がセッティングしたテーブルはだいぶ貴族の食事風景らしくなったが、泣き濡れたアシュリーを中心として、どよんとした暗い食卓になった。
「そんなことばっかり考えてたらストレスになりますよ。もっと明るいこと考えましょうよ」
「君はがんばってね」
「………」
何を?
王太子とやらはウィルにすごくよく似てる。ヨメをやさしく抱き上げる王太子を想像しながら俺は。
ますます俺が産むわけにはいかない、と思ったのだった。
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