[BL]愛を乞うなら君でなければ。

わをん

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愛の行方

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「いつになったら君は僕のものになるんだ」

「え?」

 吉野から包丁を奪ってシンクに投げる。振り向きざまの身体を後ろから抱き留める。

「危なっ……、何てことするんですか。……ちょっと、昼は駄目って言ったでしょう、離し」
「昼も駄目、夜も無理。一体いつならいいんだ」

 その場で強引に服を剥ぐ。肌を弄れば逃れようとする身体を雁字搦めに引き寄せて首を噛む。

「痛ッ、……ああッ、やめ」
「愛していると言えないなら、この感情をどう伝えたら良いんだ。もう、今は」
「何を言って、……ああッ、あッ、んんッ」

 嬲り尽くしたい。我慢など、もう。

「何があったんですか、ちょっと、待って……」
「逃げるな、行くな」
「駄目ですッ、違う、今のあなたは……」

 逃がさない。
 怯える彼をダイニングのテーブルに押し倒して覆い被さった。
 玲が帰るまで、未だ時間はある。

「……時計を見る余裕はあるのに」

 実際、理性が戻ったのは一瞬だった。



「酷いですね」と沈んだ声で吉野は言って、静かに部屋を出て行った。

 次の約束の日に彼は来なかった。


 ―――――


 その日は久しぶりの快晴だった。

 厭味なほどのドライブ日和。気を抜くと溜息が止まらなくなるほどに気は重かった。助手席の玲は歌など歌って楽しそうだ。これから瑠美と会えるからか。

「お父さん、吉野と喧嘩してるんだろ」
「え?」
「昨日はうちに来る日だったのに吉野がいて、おばさんたちと話してた」

 相変わらずこのヤンチャ息子は真っ直ぐ家に帰ってきていないようだ。

「喧嘩してるんじゃなくて。お父さんも自分のことは自分でやろうかと思ってね」
「出来てないよね」
「……うん」

 駐車場に車を入れて、玲にはここで待つように言った。

 しばらくして瑠美がやって来た。車の中で朗らかに笑う息子を見て大変満足そうに破顔した。

 予定通り、玲は瑠美によって連れていかれた。一人残され、ハンドルに突っ伏すと、大きな溜息が出た。



 終わったと弁護士から連絡があった。玲を送り出してから十分経っていなかった。

「お父さんの家がいい」と玲が断言したらしい。

「お父さんと吉野の家に帰る」

 玲がヨシノ、と口にしたことから、瑠美はそれが子供まで手懐ける女だと勘違いしたらしかった。それですっかり瑠美の機嫌を損ねたようで、部屋に入ったときは既にいなかった。息子の前で相当怒って、弁護士に嗜められたらしい。全ての男が自分に傅かないと気が済まないのか。らしいな、と思って笑ってしまったら、双方の弁護士も笑っていてホッとした。

「帰ろう、お父さん。今日こそ吉野は来るかな」

 子供はいつも親の様子を伺っている。気付くし、気を遣う。

 そういうものだということを忘れていた。


 ―――――


「お父さんっ、連れてきたよっ」

 遠くから呼ばれて部屋から出ると、廊下の向こうから玲と吉野が現れた。

 玲に腕を引っ張られた吉野は困ったような顔をしていた。

 吉野は玲が引いた椅子に座るものの、それから全く顔を上げようとしなかった。

 コーヒーサーバーを動かす。沈黙の中で機械音が響く。玲が立ち上げたゲームの音がそれに代わる。

 注いだマグカップを持って、その一つを彼の前に置いた。

 彼の正面の椅子に座って、頭を下げる。

「この間はごめん」
「別に怒ってません。この間、あなたが少しおかしかったから、しばらく離れていただけで」
「ああ……」

 空気読みの猛者がここにもいた。

 一仕事終えた息子は今はもうテレビで大音量のゲームに夢中だ。

「正直に言います。前の会社で俺はあなたと一度会ったことがあります。そのときはまた会うなんて思ってもみませんでした。親の跡を継ぐために転職して、研修を終えたばかりの頃、リストの中にあなたの名前を見つけて自分から手を挙げました。初仕事でしたから、自分なりに頑張りました。いつもありがとう、というあなたの手書きのメモを見たときに、この仕事にして良かったと心の底から思えました。俺にとってあなたは初めから特別だったんです。俺ほど単純な奴はいませんよ」

 テーブルに乗り出して、吉野の持っていたマグカップを取り、彼の手を取った。

「四六時中、君と一緒にいたい」
「相変わらず軽いな。誰も彼も、あなたのように簡単には言えないんですよ」
「君が教えてくれたんじゃないか」
「子供になら幾らだって言えます」
「初めにキスしてと言ってきたのは君の方だろ」
「忘れましたよ、もうそんなこと。あなたが子供のように甘えてきたからじゃないですか。俺は未だにこの距離感だって辛いんですよ」

 彼の顔が赤くなっていることにはとっくに気付いていた。

「……いつから僕を」
「分かりません。そうです、ずっと前から好きでした、あなたのことが……。あなたの部屋に来てから、あなたを感じてから。男同士で難しいことは分かっていたから、身体だけでもと思いました……」

 視線をずらして吉野は言って、それからはぼんやりと玲を眺め見ていた。

 埒が明かないので、いつも玲が座る椅子に移ってから、吉野にだけ伝わるぐらいの小声で言った。

「早く君に触れたい。いつもどれだけ我慢してると思ってるんだ」
「玲君が寝てから」
「どこで?」
「……ははっ、俺はもう、同じベッドでも構わない。いい加減、嫉妬し過ぎて気が狂いそうだ」

 彼の言葉に絶句した。知らなかった。すっかり逆転していたなんて。

「……コーヒー、冷めてしまいましたね」
「恐ろしいこと言わないでくれ」
「分かってます。忘れてください」
「今、このマンションで空き部屋が確保出来るかどうか聞いてる。数日、数週間待ってくれ」
「え? 本当に俺を囲う気ですか?」

 そこでようやく吉野が顔を上げた。久しぶりに目が合った。

「囲うんじゃない。まあ、君が来たとして、玲が寝てから深夜までが一番仕事に集中出来ることが問題で」

 腕を組んで考えていると、吉野が手を伸ばして来た。

「ここ、少し片付けないといけませんね」
「ああ、ごめん。僕は君がいないと本当に生きていけないんだ」
「分かってます。その代わり、今日は後であなたの時間を下さい。俺の部屋に来てください、ここからとても近いから。真夜中でもいいから」

 玲に見られないように指を絡めて、笑い合う。



 落とした相手は、一向に思い通りにならない、愛を伝えるに相応しい最上の恋人になった。








 終わり。

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