[BL]愛を乞うなら君でなければ。

わをん

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再び、春

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「君を買いたい」
「冗談はよしてください」

 その返事はつれないだけでなくて、かなり食い気味。吉野の困惑顔が見たくて言ったのだが、こちとら半分本気だった。

「そんな顔しないでくださいよ。大の大人が」

 彼が伸ばした手首を引く。

「じゃあ、今日はいつまでいられる?」
「玲君のお迎えまで」

 彼の肩に顔を埋める。これが許されるなら時間は惜しくない。

「仕事、終わった?」
「はい。一通り」

 その答えを聞いてから直ぐに彼を担ぎ上げる。

「あっ」

 縋りついてくる彼を強く抱きしめる。

 このままベッドまで抱き上げて連れていくつもりだ。

 彼の甘さはやはり想像通りで、大分癖になっていた。

 寒い冬には特に。
 
 けれど、ベッドの上の彼は一筋縄でいかない。

「もう学童のお迎え時間ですよ……」
「今日は延長したんだ」
「でももう外が暗いですよ……」
「集中して」
「……あッ、ああッ、ダメ、そこは、……嫌……っ」
「本当に駄目?」
「……焦らさないで……」
「愛してるよ」
「あッ、ああッ」

 彼の首筋を喰んでから、唇を寄せ合った。

 軋むベッドの上で、淫らに乱れる彼の艶かしい裸体を思うさま揺すりながら、控えめに漏れ出る喘ぎ声を聞いていた。

 いつまでもこうしていたい。

「……ねぇ、本当にもう終わりにしないと。延長は一時間しかできないって聞いてますよ」
「そうだね」

 唐突に彼の腰の揺れが止んだ。 

「いけない。時間切れです」
「え?」

 その瞬間、締め付けられてイかされた。俄かに与えられた快感に体が震えてしばらく動けなくなった。さっさと引き抜いて起き上がろうとする彼を何とか抱き留めた。

「まだ大丈夫だって。もう少しだけ二人きりでいたい」
「……前の奥さんの気持ち、わかりましたよ。あなたは少し、自由が過ぎますね」
「厳しいよ、君は、僕に」
「……ちょっと、もうダメですってば。あっ、……オイタが過ぎます。嫌いになりますよ。こんなふうに誤魔化せば誰でも懐柔できると思っているんでしょう?」

 一回り年下の青年から説教か、と苦笑しながらその体をまさぐっている。

「俺にはあなただけです。でもあなたはそうじゃないように見えるから、嫌だ。遊び慣れてる……」
「怒らないで。こんなこと、遊びでしないよ」

 彼を引き寄せて、唇を求める。

「愛しているよ」
「やめてください」

 彼を真似てはっきりと愛を告げるようにしていたのに、最近は終始この調子だ。

「次は昼間なんて許しませんから。愛があるなら我慢してください。さ、早く支度を」
「キスしたい」
「もう、ダメ」

 押し倒されて、そのまま彼はベッドから出ていった。

 簡単に愛を口にしていたからか。自覚はある。すっかり信用が無くなってしまった。


 ―――――


 春になって迎えが要らなくなった玲は、学童から勝手に帰って来るようになった。

 聞いていると、吉野の会社のあるビルに立ち寄ったり、祖父母の家に行ってオヤツをタカッたり、学童の代替のような習い事の合間にも、時に友達を連れて自由にしているようだった。

 乳幼児の頃は病気のオンパレードだったと聞いていたが、今の玲は風邪一つ引かない。

 手のかからない子だ。
 
 こういうのが一番危ない。


 ―――――


「シングルファザーになったんだってな」

 こんなことが揶揄いの対象になるとは思っていなかった。
 社内会議後の立ち話が変な方向に流れた。
「器用にやってると思ったら。立花さんは元気なのか」
「別れたんだって言ってるだろうが」
「再婚しろよ」
「何故」
「結婚すれば少なくとも確実に問題が一つ減る」
「いや。増える」

 彼の傍らにいた女性が上目遣いをしてきたので目を逸らした。

「今は子育てで手一杯だ」

 と言いつつ、実際には特別なことなど何一つしていない。
 今日も玲の方が先に帰っているだろう。
 子供は勝手に育つ。

 しかし、さすがに節度と礼儀は持つべきだった。

 放任主義をこんなときだけ反省して、吉野の会社へ菓子折りを持って行った。

「いつも申し訳ありません」
「構いませんよ、可愛いお客様だもの」
 穏やかな女性に出迎えられた。
「吉野さんは」
「常務は今、渋谷に出ていて」
「常務」
「あ、うちじゃなくて本社の」
「本社の」
「え?」
「え?」
 若干噛み合わない会話がその後も続いた。

 今日、吉野の立場を知った。
 今日に限って息子はそこへ寄らなかったようで、実家にいたのを拾って帰った。


 ―――――


 書類棚を漁っていると玲が寄ってきた。だから、要らない書類整理ついでにと、息子に探させることにした。

 玲が探し出した吉野の名刺を確認して驚いた。
 いつもエプロン姿でのほほんとした姿でいる彼には不似合いな肩書に、電車の車内広告でよく見る人材派遣会社の会社名。
 なるほど、これでは言うことを聞かせられないわけだ。

「ますます、欲しい」
「え? 何が言った? お父さん」
「何でもない。今日は吉野が昨日作ってくれた照り焼きチキンと野菜スープを温め直して食べようか」
「僕がサラダを作るよ。レタスを千切るんだ。それから、きゅうりを切るよ」
「よく出来た息子だ。愛してるよ」
「お父さん、それは簡単に言っちゃいけないんだって、吉野が言ってたよ。ハグもね。お父さんは言い過ぎでし過ぎなんだって」
「嘘だろ」

 愛を表現することは、難しい。


 ―――――


 唐突に瑠美から電話があった。仕事中ではあったが、いつになく物憂げな声だったので嫌な予感がして、電話に出ずにスマホの画面を閉じた。

 結婚していた頃も彼女を優先したことは、ない。

「あの子を返して貰おうと思って」

 元妻の冷え切った声に、咄嗟の反応が出来なかった。

「離婚するの。子供が流れて」
「子供が流れたから離婚?」
「私、男運がないのよ」
「振り回される子供の身になれ」
「あなたがそれを言うの? あなたに誰かを幸せにすることなんか絶対に無理よ」

 唖然とした。


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