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うつろい
しおりを挟むファーストコンタクトは最悪だったはずだ。
だが、結局、玲が泣いていたのは吉野の腕から下されるまでだった。
子供の適応能力は見習うべきだ。
玲は今日もスプリングベッドの上で飛び跳ねている。
会う前、瑠美に話を聞いた即日に手配した。最初の日、玲は寝室に入るなり、セミダブルベッド二台を繋げたことで大きく見えるベッドに雄叫びを上げて喜んでいた。
今では毎日ベッドの上で、保育園の出来事などとともに堰を切ったように捲し立ててくる。
「ママはお父さんのことを全然教えてくれなかった。だから僕はお父さんのことを全然知らない。誕生日はいつ? 恋人はいる? 毎日、楽しい?」
微笑ましいとしか言いようがなかった。
来月小学生になる息子は知らぬ間に成長していた。誰に似たのか、単純明快に物事を語る子だった。想像していたより子供とのやらとりに煩わしさはなかった。
そのように思ったまま話すと、仕事中の吉野は迷惑そうに振り返り、首を傾げると変な顔をした。
「当たり前でしょうが。あなたも子供のようなものなのだから」
―――――
「ママは遊園地なんか連れて行ってくれなかった」
「そうなんだ」
「サッカーも一緒にしてくれなかった」
「そうだろうね。お母さんは忙しかったんだよ。君のために一生懸命働いていたんだ」
元妻は出会ったときから別れのそのときまで気高い人だった。
彼女を賛美していると、まるで自分がいいもののように思えた。
自分の浮気を棚に上げてひたすら攻撃してきた彼女には呆気に取られたものだが、おかげで女性に対する理想が無くなった。
今は感謝しかない。
玲を産んでくれた。
ーーーーー
食事中も玲は良く喋った。
「お父さん」と何度も連呼する。
これで媚を売っているつもりはないらしい。
ーーーーー
さて、今は何もかも上手くいっている。
それも全て、吉野あっての生活だった。今も玲の横でニコニコしている。
自分よりもハウスキーパーに懐く子供を見れば、複雑にならざる得ない。
この夏は仕事を減らして玲を優先した。旅行にも行った。それには玲が吉野を連れて行きたがったので説得に時間を要した。
子供に感情が持っていかれる。
そればかりでない。
大人の時間がやってくれば、もはや理性が追いつかない。
去り際の吉野を後ろから抱き締めて尋いてみた。
「どうしたら君を独り占めできるかな?」
「俺はここに仕事で来ているので。もう行かないと」
「つれない。君をここに留めるために、次の手を考えなくちゃな」
抱き締めさせてくれこそするが、それ以上前には進めない。最近の彼は触れる前から睨んでくる。
いっそのこと振り払ってくれればいい。
―――――
吉野が来る時間に合わせて諸々の予定を組んだり、適当にしてきた仕事のツケが見事に降りかかってきた。
「しばらく出張に行くので来なくていい」
そう言うと、吉野は目を丸くして吃驚していた。
「玲君は」
「実家に預ける」
「俺のところで面倒を見ましょうか」
「君も忙しいだろ、大丈夫だよ」
「俺のところに来れば、学校も普段通り通えますよ」
「え? ここから君の家は近いの?」
「近いですよ。歩いて行けます」
「知らなかった。言ってくれればもっと遠慮なく頼んだのに」
「だから、預かりますよ」
「ありがとう。けれど、家族のことだから、こちらで何とかする。君は本当に優しいな」
つい突き放した物言いになってしまった。
「そうですか」と吉野はすんなりと頷いた。
彼がいないと成り立たない息子との関係は脆くもある。
ーーーーー
最近は泣いている赤の他人の子供を見ても何とも思わない。何があれほどまで喧しく感じたのか、よく覚えていない。
その日の夜、ベッドの上で玲と話をした。
「吉野さんが僕がいない間も玲といたいと言ってくれたんだけど、断ったからさ」
「分かった。僕はおじいちゃんのところへ行けばいいんだね」
「ごめんね」
「吉野とお父さんは本当に仲が良いね」
「ああ、うん?」
子供にも分かるほどに感情が溢れていたようだ。
「そうだな、吉野さんがいないと僕は生きていけない」
「優しいから? 甘いから?」
「僕に甘いかどうかは分からないなぁ……」
どうかなと呟いて考えている内に、玲は布団に潜ってしまった。
―――――
徒歩圏内にある会社から急いで帰宅した。
扉を開けると、掃除機を持った吉野が立っていた。
「久しぶり、吉野さん」
「え?」
吉野のこの顔が見たかった。
出張から帰って来た後も最近は在宅をしていなかったから、二ヶ月ぶりだった。
片付けの最中だった彼にまとわりつきながら話をした。
「もう、帰る?」
「ええ」
向かい合っての少しの沈黙のあと、
「玲君はよくご親戚の方と一緒に事務所へ来てくれます」
「君のところなら安心だ。優しい人が多そうだから。君を筆頭にね」
「俺は優しくなんかありませんよ」
苦笑いの後で吉野が言った。
「正直言って、ずるいなと思ってます、あの子が。あなたと一緒に同じ家に暮らして」
「何言ってるんだ。愛してるよ、君のことも」
「そんな言葉を軽々しく使うのは」
正面から抱き寄せた吉野が躊躇いがちに背中に手を回してくる。
「僕が君をそんな風に捻くれさせたのかと思うと、すごく嬉しい」
「やめてください。離れがたくなるから」
「君を僕のものにしたい。でも今は時間がない。僕はまた行かなくちゃいけない、君は帰らなくちゃいけない」
「……キスだけなら今すぐできるだろ、早く」
急かされて直ぐにした。
細い腰を引き寄せて、彼への欲望を一切隠さずに。
「足らない、これじゃ全然足りない……」
長いキスの後に、吉野の顔がリンゴのように赤くなっていることに気づいた。
冬。
彼の体温が高いことを知る。
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