転生令嬢は二度目の人生も愛されたい

メイリリー

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02. 夢の国と呪いの楔

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 少年――テオが私を連れ帰った家は、城と呼ばれる巨大な建造物だった。

 彼は陶器の洗面器で私を洗った。
 水は私の血と泥で濁ったピンク色に変わった。湯は温かく、少年の手は優しく私の毛並みを円を描くように撫でた。そのリズムが心地よく、私はいつのまにか微睡マドロんでいた。

 彼は今まで触れたどんなものよりも柔らかいタオルで私をくるんで水気を切り、傷のひとつひとつに丁寧に軟膏を塗り、包帯を巻いてくれた。

「ほら」彼は呟き、顔を私に近づけた。

「可愛い子だ。銀色の毛並みが、とても美しい。それに、空が落ちてきたみたいな瞳をしている。」

 私は彼を見た。本当の意味で、彼を見た。
 美しいという形容は、この少年にこそ相応しい。
 彼は子供にしては不自然なほど落ち着き払っていた。その深く暗い瞳の中に、私の腹にある空虚クウキョな痛みと同じ、深い孤独が見え隠れしていた。

 それからの日々は、まるで夢のようだった。
 人間の童話に出てくるような立派な城。常に火の灯った暖かい暖炉。思わず身を投げ出したくなるほどふかふかの絨毯。テオの部屋は、私だけの王国だった。

 使用人たちの会話から、様々な情報を得た。
 テオの本名はテオドア・リンドバーグ。人間でいう5歳。彼が皇太子という高貴な身分であること。そして、周りから「変わった子供」と囁かれている。

 同い年の子供たちが外で遊んでいる間も、彼は部屋に籠もって分厚い本ばかり読んでいた。

 ある雨の日、彼は窓辺で、巣作りをする蜘蛛をじっと見ていた。
 指先から放つ魔法で糸をプチンと切る。蜘蛛が落ちる。また登ってくる。また切る。

「無駄な努力だ」

 彼は退屈そうに呟いた。

 テオはたしかに少し変わった子供だった。
 でも、そんなことはどうでも良かった。彼が本を読んでいる時、私の背中を撫でる手がとても優しくて、私は大好きだったから。

 テオは私の銀色の毛並みがお気に入りだった。
 いつも美しいと褒めてくれた。それから、きまって背中の一箇所を指でなぞるのだ。自分では見えなかったが、そこには何かがあるらしい。銀色の毛の下に隠された、三日月の形をした痣。

「お前には月がついている」

 彼はいつも、静かに、しかし満足げにそう言った。



 テオは多忙で、一日中「王になるためのレッスン」が詰め込まれていた。

 かわるがわる家庭教師チューターが彼の部屋を訪れる。
 私は彼の膝の上や足元で、熱心にその話を聞いた。魔法、歴史、数学、物理、帝王学。どれも初めて聞く話ばかりで、とても楽しかった。テオは「神童」と呼ばれていて、年齢よりもはるかにレベルの高い内容を容易く理解しているらしかった。

 テオは魔法においても天才だった。彼は不思議なことができた。

「ほら、おいで」

 彼が細い指先を動かすと、足元の影がゆらりと持ち上がり、一匹の蝶に変わる。
 それは星屑を散りばめたようにキラキラと輝いていた。私はその蝶を追いかけて、ベッドの上を飛び回るのが大好きだった。テオはそれを見て、優しく微笑んでいた。

 彼の指にはいつも、ペンの持ちすぎでできた黒いインクの染みがある。私はその染みを舐めるのが好きだった。ザラザラしていて、少し鉄の味がするのに、不思議と甘い。

「お前は変なやつだな」

 彼はそう言って、氷が溶けたみたいに微かに笑うのだ。誰も知らない、私だけが知っているテオの顔。私にとっては、彼が世界のすべてだった。私の救世主、私の天使。

 だが、この城には悪魔も住んでいた。テオの継母だ。
 使用人の話によれば、テオの実母は彼を産んですぐに亡くなったという。彼女は王の愛妾で、テオは庶子だった。しかし、王と正妃の間に子供ができず、実質テオが皇太子として扱われているのだという。

 彼女はある日、「しつけ」と称してテオを部屋から引きずっていった。
 私は部屋の前で何時間も鳴いて待った。

 テオは夜遅く、放り出されるように部屋に戻ってきた。
 その姿を見て、私は全身の毛を逆立てた。服はボロボロで、テオの瞳は、怒りと憎しみで暗く染まっていた。赤くただれた古代文字が、テオの白く美しい首には焼き刻まれていた。

「……っ、ぐ……」

 テオは震える手で、私のために影の蝶を出そうとした。
 でも、指先に小さな光が灯った瞬間、首の刻印が赤く発光し、彼は激しく咳き込んで血を吐いた。

 魔法は、消えていた。
 美しかった彼の光は、おぞましい呪いに食い殺されてしまったのだ。

「できないんだ。ごめん……」

 彼は唇の端に血が滲む。

 ―――許さない。

 私は誓った。
 絶対に許さない。悪魔め。私がいつかズタズタに形のなくなるほど必ず噛みちぎってやる。
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