【完結】今さら執着されても困ります

リリー

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35. 代替品

 ユリアナからの手紙は、翼に乗って届いた。

『ごめんなさい、しばらく会えません。文も送らないでください』

短かった。文字は震えており、書き手の切迫さを物語っていた。

「……どうなさるおつもりですか?」

 ギデオンが低い、感情を殺した声で尋ねた。フィンレイは手の中の紙片を握り潰しそうになり、思いとどまって指を開いた。

「何があったのかもしれない。……様子を見に行こう」


 彼らは、クロシェード公爵家の庭園を見下ろす木立の闇に身を潜めた。遠く、二つの人影が小径コミチを歩いていた。ユリアナと、リアムだった。

 彼女は、初めて見るデイドレスを身に纏っていた。彼が贈ったラベンダー色のドレスではない。かといって、いつもの着古したものでもない。それは、目の覚めるようなボルドーのドレスだった。

 リアムはユリアナに優しい表情で話しかけている。
 それに応えるように、ユリアナが微笑んだ。弱々しく、儚い笑み。
 リアムの手はユリアナの手をしっかりと握りしめていた。指と指が絡み合う。

「相手は他国の公爵家の婚約者です」

 ギデオンが、客観的な事実だけを囁く。

「彼女自身が望まないのに、我々が容易に干渉するわけにはいきません」

「そんなこと、わかっているさ」

 フィンレイは強く拳を握りしめた。爪が食い込み、拳が白くなるほどに。掌の痛みなど、胸の内に居座る冷たい石に比べれば何でもなかった。
 目の前の光景。客観的に見れば、仲睦まじい、婚約者同士。だがフィンレイには、それがひどく間違ったものに見えた。胃の奥底で違和感がざらざらと広がっていく。

「……彼女がアンカーではない可能性も踏まえ、他を探しますか?」

 ギデオンが尋ねる。

返事はない。フィンレイはただ、ボルドーのドレスを着た見知らぬ他人のような彼女から、目を離せずにいた。


――――――


「庭園を散歩しよう」

 リアム様の言葉に従い、私は午後の光の中へ出た。
 不意に、手を繋がれる。指を絡め取られる。ビクリ、と体が強張コワバった。
 彼の手は滑らかだったが、私の肌には奇妙に冷たく感じられた。

 ――違う。魂が、違うと叫ぶ。私が求めているのは、この手ではない。私が焦がれているのは、もっと温かく、大きく、少し無骨な……

 私は唇を噛み、その思考を押し殺した。
 もし、彼が本当に変わったのなら……かつて私が望んだような婚約者になろうとしているのなら、それに応えるべきではないだろうか。
 もう、逃げる必要はない。現状を変える必要もないのだから。私はアンドレセン家の娘であり、元々は彼の婚約者なのだ。他の誰かの温もりを望むなど……別の未来を夢見るなど……。
 ――それは裏切りだ。神に背く、許されざる罪になる。
 
 私は伏し目がちに、その冷たい手に自分の手を預けたまま、心を固く閉ざした。
 微笑みを作る。偽りの笑顔を彼に向けた。


――――――


 夜。
 寝室には情事の熱が籠もっていた。夜の闇に、荒い息遣いだけが響く。
 リアムはアリスを抱きしめ、衝動のままに腰を打ち付けていた。愛撫はなく、ただ自身の渇きを癒やすためだけの暴力的な行為。
 
「あぁっ……! リアム様、……愛して……いますわ……っ」

 アリスが熱に浮かされたような甘い声を漏らす。その瞬間、リアムの動きが止まった。苛立ちが沸点に達する。

「声を出すな」

 彼はアリスの口をテノヒラで乱暴に塞いだ。驚いて見開かれるアリスの目。だが、リアムは彼女を見ていない。――違う。その声ではない。
 彼が求めているのは――もっと高く、甘く。恐怖に震え、彼を拒みながらも懇願するような……。

 リアムは強く目を閉じた。マブタの裏に描く。青白い肌。白いレースに包まれた、震える身体。恐怖に濡れた瞳。――ユリアナ。
  まだ完全に壊しきれていない彼女への歪んだ欲望を、代わりの女にぶつける。

 行為が終わると、リアムはすぐに身を起こし、服を着始めた。余韻も、愛の言葉もない。
 アリスはシーツを胸元まで引き上げ、不安げに彼を見上げた。

「……どうかなさいましたか?リアム様。最近そっけないですし……ご飯の席にもいらっしゃらないし」

 リアムは彼女に背を向けたまま、袖口を整えた。

「気にする必要はない。お前には関係のないことだ」

 彼は振り返りもせず部屋を出て行った。冷たい無関心だけを残して。
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