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――お父さん、お母さん、私がもしも健康な体に生まれてたら、どんな暮らしが出来たのかな。
毎日病院で過ごすんじゃなくて、外を走り回ったり、お買い物をしたり、色々なことが出来たんだろうな。
もしも生まれ変わったら。私ね、誰かの助けになりたいの。今の私を、たくさんの人が助けてくれたから。
毎日ご飯を食べさせてくれて、体を拭いてくれて、掃除もしてくれた優しい人たち。私もそんな風に誰かの助けになりたいの。
声が聞こえるよ。まだ聞こえる。お父さんとお母さんの声が聞こえる。
泣いてるの? 泣かないで。大丈夫、たぶん、もう痛い思いはしないから――。
**
「シェナ!! ちょっと来なさい!」
「はい、リーゼロッテお嬢様。どうなさいましたか?」
「どうなさいましたか、じゃないわよ! 見て!」
「ええと?」
伯爵令嬢リーゼロッテは金切り声を上げてメイドを呼んだ。メイド、シェナは走り寄って来て彼女の指差す先を見つめる。つやつやした大理石の床があるだけだ。何がおかしいのか、シェナには分からない。
「分からないの? 本当にグズね貴方。埃が落ちてるでしょう?」
「埃? 申し訳ありません。リーゼロッテ様は目が良いのですね」
言われてもシェナにはよく分からなかった。リーゼロッテは長い髪を乱してシェナに怒鳴る。
「さっさと掃除なさい! この広間全部よ」
「はい。かしこまりました」
「本当、使えないメイドね!」
「申し訳ありません」
リーゼロッテはぷりぷり怒りながら広間を去って行った。今の今までシェナはこの広間を掃除していたのだが、また掃除し直しらしい。こんなことも日常茶飯事だった。
シェナは自分の前世を覚えている。日本で、病弱な少女として生まれ落ちた。生まれてからずっと病院から出ることは叶わず、自分では食事すら出来なかった。
それが今はメイドとして、シェナとして生きている。シェナはごくごく普通の、健康的な女だ。かつての人生で望んでも手に入れられなかった体だった。
シェナはメイドとして働くのが大好きだった。自分の手足で動いて、更には人に頼られるのが嬉しくて仕方なかったのだ。
「シェナ、あれ。まだ掃除してるのか?」
「テオ! あのね、リーゼロッテ様に、もう一度掃除するように言われたの」
「え? もう十分綺麗だと思うけれど……僕も手伝おうか」
「いいよ。テオは自分の仕事があるでしょう?」
テオは緑の瞳で心配そうにシェナを見ている。シェナは大丈夫だと笑みを浮かべた。
テオは、このキングスコート伯爵家の使用人たちを統括している執事だ。特に一番下っ端のシェナをよく気にかけていた。
シェナは決して仕事が出来ないわけでもないのに、何故か他の使用人にも疎まれがちだ。テオはそんなシェナを気遣って、他の使用人と離して仕事をさせている。
シェナはテオを尊敬していて、彼のことが大好きだった。いつだってテオは正しい。シェナにとってテオは絶対の存在だった。
テオは慈しむようにシェナを見つめた。
「あまり無理はしないようにね。僕は廊下を掃除してくるから、終わったらこっちを手伝うよ」
「ありがとう」
「シェナ」
テオはシェナの髪の先に触れた。
「やっぱりこの長さが一番よく似合うね」
以前はずっと長くしていたのを、テオに言われて切ったのだ。今は肩に触れるくらいの長さしかない。
「シェナ、辛いことがあったら言うんだよ。お嬢様にまた酷いことを言われても、僕がシェナを守るから」
「大袈裟だよ。大丈夫。リーゼロッテ様は良い人だよ。私を頼ってくれてるんだもの」
「……そう。シェナは良い子だね」
テオはシェナの頭を撫でる。シェナはされるがままになりながら微笑んだ。幸せだと思った。自由に動く体があって、仕事があって、優しくしてくれる人たちもいて。これ以上に望むものはなかった。
毎日病院で過ごすんじゃなくて、外を走り回ったり、お買い物をしたり、色々なことが出来たんだろうな。
もしも生まれ変わったら。私ね、誰かの助けになりたいの。今の私を、たくさんの人が助けてくれたから。
毎日ご飯を食べさせてくれて、体を拭いてくれて、掃除もしてくれた優しい人たち。私もそんな風に誰かの助けになりたいの。
声が聞こえるよ。まだ聞こえる。お父さんとお母さんの声が聞こえる。
泣いてるの? 泣かないで。大丈夫、たぶん、もう痛い思いはしないから――。
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「シェナ!! ちょっと来なさい!」
「はい、リーゼロッテお嬢様。どうなさいましたか?」
「どうなさいましたか、じゃないわよ! 見て!」
「ええと?」
伯爵令嬢リーゼロッテは金切り声を上げてメイドを呼んだ。メイド、シェナは走り寄って来て彼女の指差す先を見つめる。つやつやした大理石の床があるだけだ。何がおかしいのか、シェナには分からない。
「分からないの? 本当にグズね貴方。埃が落ちてるでしょう?」
「埃? 申し訳ありません。リーゼロッテ様は目が良いのですね」
言われてもシェナにはよく分からなかった。リーゼロッテは長い髪を乱してシェナに怒鳴る。
「さっさと掃除なさい! この広間全部よ」
「はい。かしこまりました」
「本当、使えないメイドね!」
「申し訳ありません」
リーゼロッテはぷりぷり怒りながら広間を去って行った。今の今までシェナはこの広間を掃除していたのだが、また掃除し直しらしい。こんなことも日常茶飯事だった。
シェナは自分の前世を覚えている。日本で、病弱な少女として生まれ落ちた。生まれてからずっと病院から出ることは叶わず、自分では食事すら出来なかった。
それが今はメイドとして、シェナとして生きている。シェナはごくごく普通の、健康的な女だ。かつての人生で望んでも手に入れられなかった体だった。
シェナはメイドとして働くのが大好きだった。自分の手足で動いて、更には人に頼られるのが嬉しくて仕方なかったのだ。
「シェナ、あれ。まだ掃除してるのか?」
「テオ! あのね、リーゼロッテ様に、もう一度掃除するように言われたの」
「え? もう十分綺麗だと思うけれど……僕も手伝おうか」
「いいよ。テオは自分の仕事があるでしょう?」
テオは緑の瞳で心配そうにシェナを見ている。シェナは大丈夫だと笑みを浮かべた。
テオは、このキングスコート伯爵家の使用人たちを統括している執事だ。特に一番下っ端のシェナをよく気にかけていた。
シェナは決して仕事が出来ないわけでもないのに、何故か他の使用人にも疎まれがちだ。テオはそんなシェナを気遣って、他の使用人と離して仕事をさせている。
シェナはテオを尊敬していて、彼のことが大好きだった。いつだってテオは正しい。シェナにとってテオは絶対の存在だった。
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「シェナ、辛いことがあったら言うんだよ。お嬢様にまた酷いことを言われても、僕がシェナを守るから」
「大袈裟だよ。大丈夫。リーゼロッテ様は良い人だよ。私を頼ってくれてるんだもの」
「……そう。シェナは良い子だね」
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