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シェナとテオはほとんど着の身着のままで屋敷を出た。
「テオ、ごめんなさい。私の所為で」
長く黙りこくっていたシェナがやっと言った。テオは足を止めて振り返る。
「気にしないで。僕も頭に血が上ったんだ。シェナだけが悪いわけじゃない」
「でも……これからどうしよう。何にもなくなっちゃった」
「大丈夫。僕が何とかするから心配しなくていいよ。貯金もたくさんあるしね。まずは二人で住むところを探そうか」
テオは穏やかに微笑んだ。シェナは暖かい気持ちでいっぱいになる。
「ありがとうテオ。こんなこと言ったら良くないかもだけど……テオと一緒で良かった」
「僕もだよ」
シェナは弱々しく笑みを浮かべた。
どんなに大変な時もテオが助けてくれた。今も、テオが傍にいてくれるのが奇跡のようで、とても嬉しい。彼と一緒なら、何があっても乗り越えていけるに違いないと、シェナは自信を持って言えた。
**
フレイドは大急ぎでキングスコート家へ向かっていた。気持ちが決まった以上、じっとしていることが出来なかったのだ。
一方。フレイドの、突然の来訪を告げられたリーゼロッテは目を丸くした。次に来るのは明日だったはずだ。
「え? フレイド様が?」
「はい。シェナを出して欲しいと申しております。どうなさいますか?」
名も知らぬ使用人を睨むと、リーゼロッテは立ち上がった。
「ふん。きっと一晩悩んで冷静になったんだわ。フレイド様は賢い方だもの」
身だしなみを整え、フレイドが待つ客間へ入ると、彼はさっと立ち上がった。リーゼロッテの顔を見るなりぎこちなく微笑む。
「あ、ああ、リズか。シェナを呼んでもらえるかい?」
「あの子なら辞めましたわ」
だって私たちの生活には必要ない子でしょう? フレイドもきっと、誘いをかけたことを後悔して、断りに来たに違いない。リーゼロッテはそう思っていた。
「私、ずっとあの子の所為で苦しんでましたの。いつも仕事が出来なくて、私の手を煩わせてばかりで……毎日辛かった」
リーゼロッテはフレイドへ一歩、一歩近付き、身をすり寄せた。
「フレイド様、私、今もとても辛いの。心に大雨が降ってるみたい。少しで良いの、私のこの心を慰めてくださらない……?」
フレイドは両手をリーゼロッテの肩にそっと置いた。大きくて、頼りがいのある手。リーゼロッテは喜びをひた隠して目を閉じた。
「すまない」
乱暴に引き剥がされ、リーゼロッテは唖然とした。フレイドの表情は、苦しく、歪んでいた。
「君に構っている暇はないんだ。今はそれどころじゃない……シェナがどこに行ったか分かるかい?」
「か、関係ないでしょう? あの子のことは。どうしてあんなグズなメイドを気にするんです。私が貴方の妻です! 駄目なメイドのことなんか早く忘れてください!」
リーゼロッテは困惑していた。何故誰も彼もあのメイドのことを気に掛けるのか理解出来ない。縋るようにフレイドを見る。彼の目は、無表情にリーゼロッテを見返して、その口は最悪の言葉を叩きつけた。
「ああ……リズ、君との結婚は無しだ。言ったよね、シェナを侮辱するなと。もう私と君は他人だ」
フレイドは最早関心も無いという風に背を向け、客間を出て行こうとする。リーゼロッテは震える声で引き留めた。
「待って! 待って、ください、どうして……? 今更そんなの許されるはずがありません!!」
フレイドは首だけ振り返って、そして遠い目をした。
「私は、恋を知ったんだ。初めての感情だ。本当に、すまない。君との結婚は考えられない」
「フレイド様!!」
喉が張り裂けそうなほどの叫びを背に、フレイドは客間を出て行った。残されたリーゼロッテは一人膝を突く。
「有り得ない、こんなの、こんなのおかしい。絶対におかしい……」
絶対に有り得ない。きっと、フレイドは何かを間違えただけだ。
「そうよ。私は間違ってない」
おかしくさせたのはシェナだ。シェナが全部悪い。ずっと、ずっと昔から、全部シェナの所為だった。
リーゼロッテがうっかり調度品に傷を付けた時も、窓を割ってしまった時も、勉強をし忘れた時も全部シェナの所為にした。実は本当に、本当は全て彼女がやったことなのだ。
――私は悪くない、間違ってない。全部あの子がいたから――。
「テオ、ごめんなさい。私の所為で」
長く黙りこくっていたシェナがやっと言った。テオは足を止めて振り返る。
「気にしないで。僕も頭に血が上ったんだ。シェナだけが悪いわけじゃない」
「でも……これからどうしよう。何にもなくなっちゃった」
「大丈夫。僕が何とかするから心配しなくていいよ。貯金もたくさんあるしね。まずは二人で住むところを探そうか」
テオは穏やかに微笑んだ。シェナは暖かい気持ちでいっぱいになる。
「ありがとうテオ。こんなこと言ったら良くないかもだけど……テオと一緒で良かった」
「僕もだよ」
シェナは弱々しく笑みを浮かべた。
どんなに大変な時もテオが助けてくれた。今も、テオが傍にいてくれるのが奇跡のようで、とても嬉しい。彼と一緒なら、何があっても乗り越えていけるに違いないと、シェナは自信を持って言えた。
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フレイドは大急ぎでキングスコート家へ向かっていた。気持ちが決まった以上、じっとしていることが出来なかったのだ。
一方。フレイドの、突然の来訪を告げられたリーゼロッテは目を丸くした。次に来るのは明日だったはずだ。
「え? フレイド様が?」
「はい。シェナを出して欲しいと申しております。どうなさいますか?」
名も知らぬ使用人を睨むと、リーゼロッテは立ち上がった。
「ふん。きっと一晩悩んで冷静になったんだわ。フレイド様は賢い方だもの」
身だしなみを整え、フレイドが待つ客間へ入ると、彼はさっと立ち上がった。リーゼロッテの顔を見るなりぎこちなく微笑む。
「あ、ああ、リズか。シェナを呼んでもらえるかい?」
「あの子なら辞めましたわ」
だって私たちの生活には必要ない子でしょう? フレイドもきっと、誘いをかけたことを後悔して、断りに来たに違いない。リーゼロッテはそう思っていた。
「私、ずっとあの子の所為で苦しんでましたの。いつも仕事が出来なくて、私の手を煩わせてばかりで……毎日辛かった」
リーゼロッテはフレイドへ一歩、一歩近付き、身をすり寄せた。
「フレイド様、私、今もとても辛いの。心に大雨が降ってるみたい。少しで良いの、私のこの心を慰めてくださらない……?」
フレイドは両手をリーゼロッテの肩にそっと置いた。大きくて、頼りがいのある手。リーゼロッテは喜びをひた隠して目を閉じた。
「すまない」
乱暴に引き剥がされ、リーゼロッテは唖然とした。フレイドの表情は、苦しく、歪んでいた。
「君に構っている暇はないんだ。今はそれどころじゃない……シェナがどこに行ったか分かるかい?」
「か、関係ないでしょう? あの子のことは。どうしてあんなグズなメイドを気にするんです。私が貴方の妻です! 駄目なメイドのことなんか早く忘れてください!」
リーゼロッテは困惑していた。何故誰も彼もあのメイドのことを気に掛けるのか理解出来ない。縋るようにフレイドを見る。彼の目は、無表情にリーゼロッテを見返して、その口は最悪の言葉を叩きつけた。
「ああ……リズ、君との結婚は無しだ。言ったよね、シェナを侮辱するなと。もう私と君は他人だ」
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「待って! 待って、ください、どうして……? 今更そんなの許されるはずがありません!!」
フレイドは首だけ振り返って、そして遠い目をした。
「私は、恋を知ったんだ。初めての感情だ。本当に、すまない。君との結婚は考えられない」
「フレイド様!!」
喉が張り裂けそうなほどの叫びを背に、フレイドは客間を出て行った。残されたリーゼロッテは一人膝を突く。
「有り得ない、こんなの、こんなのおかしい。絶対におかしい……」
絶対に有り得ない。きっと、フレイドは何かを間違えただけだ。
「そうよ。私は間違ってない」
おかしくさせたのはシェナだ。シェナが全部悪い。ずっと、ずっと昔から、全部シェナの所為だった。
リーゼロッテがうっかり調度品に傷を付けた時も、窓を割ってしまった時も、勉強をし忘れた時も全部シェナの所為にした。実は本当に、本当は全て彼女がやったことなのだ。
――私は悪くない、間違ってない。全部あの子がいたから――。
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