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フレイドは当て所なくシェナを探し回っていた。急がなければ、二度と会えなくなるかもしれない。彼女は遥か遠くへ行ってしまうかもしれない。
使用人たちの制止も振り切って来てしまった。こんなことは初めてだ。
使用人に任せられることは全て任せてきたというのに、今回はどうしても自分が見つけなければいけないと躍起になっていた。
じっとしているなんて出来ない。早く気持ちを伝えたい。そして、放って置けばすぐにも消えてしまいそうな彼女を、この世界に留めなくては。
「シェナ! どこにいるんだ!」
何十回目かの呼びかけは、街行く人々を少し振り返らせただけだった。
**
「どうしたんだシェナ」
「今、呼ばれた気がして……」
「きっと風の音だよ」
「うん、そうだよね」
まさかリーゼロッテが追いかけてくるわけもない。シェナは僅かに抱いた希望をすぐに消して、また歩を進めた。
屋敷をほとんど出たことがないシェナにとって、街中の風景はとても新鮮だった。テオの足取りには迷いがない。彼は頻繁に買い出しに来る為よく知っているのだろう。
テオは通りの先に目をやった。
「この先に、安くていい宿があるんだ」
「テオは何でも知ってるね。本当にテオがいてくれて良かった……」
「大袈裟だなあ」
テオはくすくすと笑い声を零した。シェナも一緒になって笑う。
仕事とちゃんとした住居が見つかるまで、しばらくは宿に泊まることにした。テオがいなければ、シェナは宿も何も分からず途方に暮れていたことだろう。
テオには助けられてばかりだ。シェナは、自分も彼の助けになりたいと考えていた。何か出来ることはあるだろうか。
「ねえテオ、私も何か――」
「シェナ! 見つけた!」
大声に驚いて振り向くと、空色の瞳が。空よりも青くそこにあった。
シェナは息を呑んだ。声が裏返る。
「フレイド様!?」
「良かった、もう二度と会えないかと……」
フレイドは汗を流し、肩を上下させている。シェナへ手を伸ばそうとするも、間にテオが入った。
「何の用ですか。僕たちはあの屋敷から追い出されたんです。これから――」
「シェナ、私は、君が好きなんだ」
「へっ? え、な、何ですか? 私が何か?」
フレイドの言葉は自らの呼吸に阻まれ上手く届かなかった。シェナは首を傾げている。テオはシェナを背後にして、ゆっくり一歩下がった。
「フレイド様。お願いですから、僕たちのことはもう忘れてください。これ以上、上の者の都合に振り回されるのは御免です」
テオははっきりとフレイドを拒絶した。一方フレイドは、今やっとテオに目を向けたところだった。
「君は……? ええと、あの屋敷で働いていた人かな?」
「ええ。ですが、僕たちはもうキングスコート伯爵家とは無関係です。当然、貴方とも」
テオは苛ついていた。何故ここで彼が現れるのか、予定外のことに余裕が失われつつあった。
フレイドはそんなテオに向かって真摯に言った。
「関係ある。君を私の家で雇おう」
「はい?」
フレイドはテオを無視してシェナへ近寄った。そして地に片膝を突く。
「シェナ、聞いて欲しい。私は君を愛している。一緒に同じ月を見よう。温もりを分かち合おう。やっと理解したんだ。私は、ずっと君に会う為にあの屋敷に通っていたのだと」
真剣な眼差しにシェナは狼狽えた。突然のことで、頭が上手く働かないでいた。
「……フレイド様が私を? で、でも私、そんな、大した身分ではありません。きっと、勘違いをされているのだと思います。フレイド様は、リーゼロッテ様を愛していらっしゃるはずです」
「違う。シェナ、私は本気で、本当に君だけを愛している」
「あ……っ、その……」
熱烈な告白に、シェナは赤面した。どう反応して良いか困って、思わずテオを見てしまう。彼はすぐにシェナの腕を引いて、自分の後ろに隠した。フレイドを睨む。
「やめてください。無理矢理従わせるつもりですか? シェナ、行こう」
「でも」
「僕の言うことが聞けないの? シェナ」
「ううん……行こうテオ。フレイド様、申し訳ありません」
そうだ、テオの言うことは正しい。シェナはほっとしてフレイドに背を向けた。フレイドはそこへ疑問を投げつける。
「君たちはどういう関係なんだ。今のやり取りは何だ?」
「ただの、家族みたいなものです。フレイド様、屋敷へお戻りください。使用人たちが貴方を探している頃でしょう。あまり困らせては可哀想ですよ」
「私は戻らない。シェナ、君はどうしたい? 君の意見を聞きたいんだ」
「……私は……」
「シェナ!」
テオが厳しく言う。珍しく怒っていた。しかし、シェナは、
「私、あの、フレイド様のお話をちゃんと聞きたいです」
フレイドの方を振り向く。フレイドは安堵した表情を見せた。
「シェナ……何でだよ」
テオは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
使用人たちの制止も振り切って来てしまった。こんなことは初めてだ。
使用人に任せられることは全て任せてきたというのに、今回はどうしても自分が見つけなければいけないと躍起になっていた。
じっとしているなんて出来ない。早く気持ちを伝えたい。そして、放って置けばすぐにも消えてしまいそうな彼女を、この世界に留めなくては。
「シェナ! どこにいるんだ!」
何十回目かの呼びかけは、街行く人々を少し振り返らせただけだった。
**
「どうしたんだシェナ」
「今、呼ばれた気がして……」
「きっと風の音だよ」
「うん、そうだよね」
まさかリーゼロッテが追いかけてくるわけもない。シェナは僅かに抱いた希望をすぐに消して、また歩を進めた。
屋敷をほとんど出たことがないシェナにとって、街中の風景はとても新鮮だった。テオの足取りには迷いがない。彼は頻繁に買い出しに来る為よく知っているのだろう。
テオは通りの先に目をやった。
「この先に、安くていい宿があるんだ」
「テオは何でも知ってるね。本当にテオがいてくれて良かった……」
「大袈裟だなあ」
テオはくすくすと笑い声を零した。シェナも一緒になって笑う。
仕事とちゃんとした住居が見つかるまで、しばらくは宿に泊まることにした。テオがいなければ、シェナは宿も何も分からず途方に暮れていたことだろう。
テオには助けられてばかりだ。シェナは、自分も彼の助けになりたいと考えていた。何か出来ることはあるだろうか。
「ねえテオ、私も何か――」
「シェナ! 見つけた!」
大声に驚いて振り向くと、空色の瞳が。空よりも青くそこにあった。
シェナは息を呑んだ。声が裏返る。
「フレイド様!?」
「良かった、もう二度と会えないかと……」
フレイドは汗を流し、肩を上下させている。シェナへ手を伸ばそうとするも、間にテオが入った。
「何の用ですか。僕たちはあの屋敷から追い出されたんです。これから――」
「シェナ、私は、君が好きなんだ」
「へっ? え、な、何ですか? 私が何か?」
フレイドの言葉は自らの呼吸に阻まれ上手く届かなかった。シェナは首を傾げている。テオはシェナを背後にして、ゆっくり一歩下がった。
「フレイド様。お願いですから、僕たちのことはもう忘れてください。これ以上、上の者の都合に振り回されるのは御免です」
テオははっきりとフレイドを拒絶した。一方フレイドは、今やっとテオに目を向けたところだった。
「君は……? ええと、あの屋敷で働いていた人かな?」
「ええ。ですが、僕たちはもうキングスコート伯爵家とは無関係です。当然、貴方とも」
テオは苛ついていた。何故ここで彼が現れるのか、予定外のことに余裕が失われつつあった。
フレイドはそんなテオに向かって真摯に言った。
「関係ある。君を私の家で雇おう」
「はい?」
フレイドはテオを無視してシェナへ近寄った。そして地に片膝を突く。
「シェナ、聞いて欲しい。私は君を愛している。一緒に同じ月を見よう。温もりを分かち合おう。やっと理解したんだ。私は、ずっと君に会う為にあの屋敷に通っていたのだと」
真剣な眼差しにシェナは狼狽えた。突然のことで、頭が上手く働かないでいた。
「……フレイド様が私を? で、でも私、そんな、大した身分ではありません。きっと、勘違いをされているのだと思います。フレイド様は、リーゼロッテ様を愛していらっしゃるはずです」
「違う。シェナ、私は本気で、本当に君だけを愛している」
「あ……っ、その……」
熱烈な告白に、シェナは赤面した。どう反応して良いか困って、思わずテオを見てしまう。彼はすぐにシェナの腕を引いて、自分の後ろに隠した。フレイドを睨む。
「やめてください。無理矢理従わせるつもりですか? シェナ、行こう」
「でも」
「僕の言うことが聞けないの? シェナ」
「ううん……行こうテオ。フレイド様、申し訳ありません」
そうだ、テオの言うことは正しい。シェナはほっとしてフレイドに背を向けた。フレイドはそこへ疑問を投げつける。
「君たちはどういう関係なんだ。今のやり取りは何だ?」
「ただの、家族みたいなものです。フレイド様、屋敷へお戻りください。使用人たちが貴方を探している頃でしょう。あまり困らせては可哀想ですよ」
「私は戻らない。シェナ、君はどうしたい? 君の意見を聞きたいんだ」
「……私は……」
「シェナ!」
テオが厳しく言う。珍しく怒っていた。しかし、シェナは、
「私、あの、フレイド様のお話をちゃんと聞きたいです」
フレイドの方を振り向く。フレイドは安堵した表情を見せた。
「シェナ……何でだよ」
テオは誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
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