キスだけは断固拒否します!現実に帰りたくないので!~異世界での私は救世主らしいです~

空木切

文字の大きさ
70 / 252
村と魔物と泣き虫戦士

68

しおりを挟む
 寝支度というほどでもない寝支度を終えて私はベッドへ入ろうとした、ら、扉が乱暴に開かれ来客が入って来た。驚いて固まってしまう。
「えっと。部屋間違えてますよハインツさん」
 相手を見てほっとした。ハインツさんだ。どう見ても酔っている。首まで真っ赤で、息も荒い。そして顔は涙でぐちゃぐちゃだ。すごく泣いている。泣き上戸?
「ふ、う、うぅ、俺を置いてくの……」
「だっ、大丈夫ですか?」
 ハインツさんは部屋に入って来るなり膝から崩れ落ちた。そして突っ伏してぐじゅぐじゅ泣き始める。
「置いてかないで、一人にしないで……俺……っ、ちゃんと良い子にするから」
 またお姉さんと間違えているのか。私はハインツさんの傍に寄って声をかけた。
「ハインツさん、私はお姉さんじゃないです。落ち着いてください。お姉さんも貴方を置いて行ったわけじゃないですよ」
「でも俺が何も出来ないから、だからみんな俺を置いてくんだ」
「違いますよ。皆さんハインツさんを大事にしてるんですよ」
「俺だって……俺だって……」
 ぶつぶつと一人で喋っている。私の声が届いているかも分からない。どうしよう。とりあえず水を持って来ようと立ち上がると、裾を掴まれた。
「どこ行くの」
 子供みたいだ。私の母性が刺激される。
「み、水を持って来るだけですよ~。大丈夫ですよ~」
 あやすように言うと、ハインツさんはそのままぐうぐうと眠ってしまった。自由に生きてますね……。
 しかし本当にこれは困った。私はすっかり彼に感情移入している。旅に連れていけないとはいえ置いて行くのは大変心苦しい。
 どうせだし、と私はハインツさんの頭を撫でた。硬い髪質で、ちょっと汗をかいている。僅かに見える横顔に涙の痕があった。お姉さんはハインツさんが涙を流す姿を毎日見て来たんだろうか。どうやって慰めていたんだろう。今となっては分からない。
 我に返った私はハインツさんの体を揺さぶって起こそうとした。しかし当然にタイミング悪くユリスが帰って来てしまう。彼はハインツさんを見るなり険しい表情になった。
「またこの男は……。何があった?」
「ただ酔って入って来ただけみたいです。今起こしますから、ユリスさんは気にしないでください」
 起きろ~と念じながら熱の籠った体を揺らす。うんうん言うだけで目を覚まさない。背後からユリスの不機嫌オーラが迫って来ていた。
「叩き出せ。迷惑だ」
「そんな言い方無いでしょう。別に悪いことしたわけじゃないんですから」
 つい言い返してしまった。今の私は完全に母モードだ。ユリスは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「フン。情でも移ったか。ここで暮らすだとか馬鹿げたことを言っていたな。言っておくが貴様には」
「選択肢は無い、ですよね。分かってます。私も覚悟を決めましたから、投げ出すつもりはありません」
 またこれだ。私はうんざりしながらハインツさんを見つめた。比べるのは良くないにしても、彼の優しさを思い出すと本当に嫌になってしまう。ユリスはユリスで、やけに苛ついている様子だ。やはり他人が同じ空間にいるのが不快なのかもしれない。
「その男から離れろ。また何をされるか分からんだろう」
「別に何もされてないですよ」
 何かしたといえば私の方だ。散々撫でたわけだし。と、いきなり強く肩を引かれた。
「離れろと言っている!」
 ユリスは怖い顔で怒鳴った。身が竦む。声が震えた。
「な、何でそんなに怒るんですか……? 少し待っててください。ちゃんと起こしますから、そしたら私も外に出ますから」
 私は必死になってハインツさんを起こそうとした。ユリスの視線が刺さる。怒るなら手伝ってくれればいいのに。無言で脅されているみたいで怖い。
「ハインツさん、起きてください。お家に帰りましょう。私送って行きますから」
「余計なことはするな」
「もう! 何なんですかさっきから! 私のことが鬱陶しいのは分かりますけど、いちいち突っかかって来ないでくださいよ! とにかく、ハインツさんを送ってきたら私は隣の部屋に行きますから、ユリスさんはゆっくり休んでください」
 叩き出せとか離れろとかユリスが言ってることはめちゃくちゃだ。ただの嫌がらせでしかない。我慢も限界だった。私がいなくなることでユリスの気が収まるなら私が消えるのが一番だ。
 今の大声でハインツさんはやっと目を覚ましたらしい。緩慢な動きで身を起こしたのを見て、私は彼を引きずるようにして部屋を出た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...