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東の国の事情

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 東の国トゥーリエに入った。ここからは精霊の居場所を探して、そこを目指す。国が違えど見た感じはメセイルと大して変わりない風に見えた。だだっ広く何も無い荒野の景色。
 当然空も同じように澄み切っている。鳥が悠々と翼を広げているのを見ると、私の世界ともあまり変わらないと思った。
 それにしても随分大きな鳥だ。魔物かもしれない。と、その鳥がゆっくりと降りてきていた。こちらへ向かって。
「あの、ユリスさんたち」
「何だ」
 道程やらを相談しているユリスたちに声をかける。上を指差して「あれ近付いて来てませんか?」言うと、「たかが魔物だ。放って置け」と素っ気ない。ラウロに目をやると、彼は不思議そうに魔物の方を見上げていた。
「人が乗っているように見えます」
「何?」
 ユリスやハインツたちも揃って空を見る。その間にも魔物はゆっくり降下してきていた。
 そうして砂埃を巻き上げ、私たちの目の前に降りて来た魔物は、見たことない種類のとても大きな鳥だった。ふわふわした羽も無いので、恐竜の方が近いかもしれない。プテラノドンとかいうやつだ。
 そんな翼竜から、一人の人間が下りて来た。どうやら男らしい。口元をマフラーで覆っているものの骨ばった顔の形は分かった。彼は私たちをぐるっと見回して言う。
「お前たちは何者だ。外から来たのは分かっている」
「……旅の者です。各国の現状を調査しているのですが、入国の許可を取ることは出来ますか?」
 ラウロがすかさず返すも、男は興味が無さそうにただ私たちの様子を観察している。
「何の為の調査だ」
「近頃、西の国の精霊が目覚めたとの噂を耳にしまして、この国はどうなのだろうと、ただの興味です」
「良い身なりをしているな」
 この人数相手に男は堂々としていた。いざとなればあの翼竜をけしかけるつもりかもしれない。私は緊張したまま成り行きを見守った。
「金銭でしたらお支払いしますよ」
「その必要はない。ただ妙な企みをしていられると困る。その辺に……あそこだ。あの小屋で待機していてもらえるか。持ち込み物などの検査をする。私の言うことにきちんと従えば問題はない」
 男はぶっきら棒に言うと先の魔物に乗って飛び去って行った。
「どうしますか」
「言うことを聞く義理は無いが、あの様子だと抵抗するだけ無駄だな」
 ユリスは空を仰いだ。確かに、上から見られているのでは逃げようもない。ミケもうんうんと頷いた。
「大人しくした方が良いと思うぜ。この国入って出てこなかったやつも多いしな」
 万が一、逃げる時のことも考えつつ、私たちは指示された通り小屋へ入って待機した。
 十分ほどして、先ほどの男が大きな犬? オオカミ? に似た魔物を連れて戻って来た。犬は鋭い目つきで私たちを品定めするように見ている。まるで餌を選んでいるかのよう。私はつい後退った。
 男とユリスたちの問答は始まっていた。
「身分は?」
「ただの貴族だ。残りは使いの者だ」
 男は目を細めて私やシルフィを見た。明らかに怪しんでいる。身なりも年齢もバラバラな私たちは端から見たら何の集団か分からないだろう。
「……国は?」
「メセイルだ」
「ああ。あそこはまだ豊かだと聞くからな……ここへ入った手段は聞かないでおく」
「え、いいの? お兄さんは国の兵士の人じゃないの? 見逃して大丈夫?」
 ミケが首を傾げる。男はミケを見て目を瞬かせてから小さく頷いた。
「国に入るものがいなければこの仕事も不要になるからな。それは困る」
「お給料貰えなくなっちゃうもんねぇ」
「それもあるが。これは必要な仕事だ。ある程度は誰かに入ってきてもらい実績を作り、この仕事が無駄ではないと上に思わせなければならないんだ。我らが王はもう外には目を向けていない。外敵が来てからでは遅いというのに、すっかり腑抜けて……と無駄話だったな。仕事はきちんとやる」
 本当に必要な時の為に、仕事を持続させているということか。お陰で私たちは国に入れたわけだけど、どこも職場事情は複雑だ。
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