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船上
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ハインツにそのまま足を押さえていてもらうよう頼んで、私は再び腹筋に力を入れた。
「とりあえず十回やる! い、いーち。にーい、さんっ、よ、んっ……うっ……くぅ……っ! はあ! 休憩!」
我ながら根性がなさすぎる。甲板に寝そべって大きく息を吸った。折角ジャージを着てるわけだし、運動しなきゃ駄目だなこれは。
「エコさん、あの」
「駄目! 私を甘やかしてはいけない!」
「ハインツ、僕にも剣貸してー」
「あ、はい」
シルフィは剣の素振りを始めた。私も負けてはいられない。五回目から再開する。
「よし、いくぞ! 五! 六! 七! は、はち……きゅ……う! あ、あと一回! お腹痛い! んぎぎぎ」
私は震える腹に力を入れた。僅かに背中が持ち上がるも、足が押さえを失くしてバネのように跳ねた。ハインツが途中で私の足を離したのである。私はごろんと甲板に転がった。
「あれっ!? 何で!?」
体を起こし、ハインツに抗議した。すると彼は珍しく静かに言う。
「やめよう」
「あと一回なのに!? たまには厳しくしてもらわないと困ります!」
私は額に薄っすら浮いた汗を拭った。お腹の周りがずきずき痛む。それでも十回という目標を立てたのだからきちんと最後までこなしたかった。ハインツは何故か辛そうに目を伏せる。
「無理してやらなくていい。苦しそうだし、見てる方が辛い」
「そっ……そんなこと言われても……」
筋トレなのに。苦しむくらいでないと鍛えられないのに。ハインツの心配性は筋金入りである。しかしここまで心配してもらえるのも人生初めてなので、少し戸惑うのと同時に嬉しかった。
「気持ちは嬉しいけど、筋トレってそういうものじゃない? 私も頑張りたいから、もう少しだけ見守ってて」
「……でも」
「せめて一つくらい出来ることを増やしたいの。何があってもいいように。だから」
「何も無い」
「いや、無いことは無いでしょうに、わっ」
ハインツの腕に包まれる。何だか久々だ、と思ってしまう。ハインツは不安を隠しきれない様子で、縋るように私の肩に顔を埋めた。私は彼の心境が分からず困ってしまった。
「どうしたの、大丈夫?」
「何も無い、何も無いから」
同じ言葉を繰り返す。私がさっき言った“何があっても”という言葉が良くなかったのかもしれない。私は腕を伸ばして、大きい弟みたいなハインツの背を撫でた。
「……ごめんね。何も無いよ。何も無いけど、何て言うか、うーん。趣味? 趣味で鍛えたいんだよ。ほら、筋肉あった方がかっこいいし。ハインツみたいに」
ハインツは黙ったままだ。私は筋トレをしたかっただけなのに何故こんなことに。ハインツが姉を亡くした悲しみは私の想像以上に根深いものなのかもしれない。私はお姉さんの代わりにはなれない。彼の悲しみを癒す術は持たないのだ。せめて温もりを分けることしか。
私はハインツの背を、慰めるように撫で続けた。
「ねえ、私汗臭くない? 大丈夫かなあ?」
冗談めかして言うと、ハインツは腕の力を緩めて呟いた。
「俺のこと、もっと頼ってくれればいいのに」
「いつも頼ってるよ」
正直に答える。ハインツは私から離れると、視線を落として苦笑いを浮かべた。
「でもエコさんは、俺が頼りないから、鍛えようとしてるんだよね」
「えっ」
「ごめん……俺ももっと強くなるから。魔法も使えるようになるから」
「ち、違うよハインツ、そうじゃない」
そうではない。違う。誤解だ。しかし彼はいつも通り聞く耳を持たない。ハインツは思い詰めた様子で両手を固く握りしめ、私に真剣な眼差しを向けた。
「エコさん、俺がもし、ちゃんと頼れる人間になったら、そしたら……」
「そしたら?」
「お、俺と一緒に」
「ハインツー! 腕の振り方はこれでいいの?」
シルフィの声に、ハインツはびっくりして固まってしまった。そしてすぐにシルフィを振り向く。
「えと、な、何?」
「腕の振り方、これで合ってる?」
「い、良いと思う、けど」
「ハインツ、一回やって見せてよ。はい」
シルフィは近付いてくると、有無を言わさずハインツに剣を手渡した。私は二人が素振りをしているのを見ているうちに、ハインツが何を言いかけたのか聞きそびれてしまった。
「とりあえず十回やる! い、いーち。にーい、さんっ、よ、んっ……うっ……くぅ……っ! はあ! 休憩!」
我ながら根性がなさすぎる。甲板に寝そべって大きく息を吸った。折角ジャージを着てるわけだし、運動しなきゃ駄目だなこれは。
「エコさん、あの」
「駄目! 私を甘やかしてはいけない!」
「ハインツ、僕にも剣貸してー」
「あ、はい」
シルフィは剣の素振りを始めた。私も負けてはいられない。五回目から再開する。
「よし、いくぞ! 五! 六! 七! は、はち……きゅ……う! あ、あと一回! お腹痛い! んぎぎぎ」
私は震える腹に力を入れた。僅かに背中が持ち上がるも、足が押さえを失くしてバネのように跳ねた。ハインツが途中で私の足を離したのである。私はごろんと甲板に転がった。
「あれっ!? 何で!?」
体を起こし、ハインツに抗議した。すると彼は珍しく静かに言う。
「やめよう」
「あと一回なのに!? たまには厳しくしてもらわないと困ります!」
私は額に薄っすら浮いた汗を拭った。お腹の周りがずきずき痛む。それでも十回という目標を立てたのだからきちんと最後までこなしたかった。ハインツは何故か辛そうに目を伏せる。
「無理してやらなくていい。苦しそうだし、見てる方が辛い」
「そっ……そんなこと言われても……」
筋トレなのに。苦しむくらいでないと鍛えられないのに。ハインツの心配性は筋金入りである。しかしここまで心配してもらえるのも人生初めてなので、少し戸惑うのと同時に嬉しかった。
「気持ちは嬉しいけど、筋トレってそういうものじゃない? 私も頑張りたいから、もう少しだけ見守ってて」
「……でも」
「せめて一つくらい出来ることを増やしたいの。何があってもいいように。だから」
「何も無い」
「いや、無いことは無いでしょうに、わっ」
ハインツの腕に包まれる。何だか久々だ、と思ってしまう。ハインツは不安を隠しきれない様子で、縋るように私の肩に顔を埋めた。私は彼の心境が分からず困ってしまった。
「どうしたの、大丈夫?」
「何も無い、何も無いから」
同じ言葉を繰り返す。私がさっき言った“何があっても”という言葉が良くなかったのかもしれない。私は腕を伸ばして、大きい弟みたいなハインツの背を撫でた。
「……ごめんね。何も無いよ。何も無いけど、何て言うか、うーん。趣味? 趣味で鍛えたいんだよ。ほら、筋肉あった方がかっこいいし。ハインツみたいに」
ハインツは黙ったままだ。私は筋トレをしたかっただけなのに何故こんなことに。ハインツが姉を亡くした悲しみは私の想像以上に根深いものなのかもしれない。私はお姉さんの代わりにはなれない。彼の悲しみを癒す術は持たないのだ。せめて温もりを分けることしか。
私はハインツの背を、慰めるように撫で続けた。
「ねえ、私汗臭くない? 大丈夫かなあ?」
冗談めかして言うと、ハインツは腕の力を緩めて呟いた。
「俺のこと、もっと頼ってくれればいいのに」
「いつも頼ってるよ」
正直に答える。ハインツは私から離れると、視線を落として苦笑いを浮かべた。
「でもエコさんは、俺が頼りないから、鍛えようとしてるんだよね」
「えっ」
「ごめん……俺ももっと強くなるから。魔法も使えるようになるから」
「ち、違うよハインツ、そうじゃない」
そうではない。違う。誤解だ。しかし彼はいつも通り聞く耳を持たない。ハインツは思い詰めた様子で両手を固く握りしめ、私に真剣な眼差しを向けた。
「エコさん、俺がもし、ちゃんと頼れる人間になったら、そしたら……」
「そしたら?」
「お、俺と一緒に」
「ハインツー! 腕の振り方はこれでいいの?」
シルフィの声に、ハインツはびっくりして固まってしまった。そしてすぐにシルフィを振り向く。
「えと、な、何?」
「腕の振り方、これで合ってる?」
「い、良いと思う、けど」
「ハインツ、一回やって見せてよ。はい」
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