フィリアの魔法鍛冶店

藤枝かおる

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魔法鍛冶店、営業中!

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 エンブルク王国の都。
 赤レンガを基調とした建物が並ぶ通りの、少し奥まったところに少しばかり古びた建物が建っています。扉には最初の部分だけ妙に真新しい看板がかけられていて、そこにはこう書かれていました。

『【フィリア】魔法鍛冶店・武具・道具の修理行います。』

 鍛冶店、つまりここは色々な道具や工具、武具などの修理を行うお店です。
 それもただの鍛冶店ではなく、魔法の力を使って修理を行う魔法鍛冶店なのです。

「う~ん……やっぱりあれは混ぜちゃダメだったかぁ~……」

 あたりにズンッ、とした揺れが響き、【作業室】と書かれた部屋から女の子が現れました。すすだらけの作業着を着た赤金髪の髪に琥珀色の瞳を持ったこの子の名前はフィリア。鍛冶店の店主であり、魔法を使って道具の修理を行う魔法鍛冶師です。

「フィ~リ~ア~……爆発するなんて聞いていないのですけれど~?」

 その後ろから、金髪をばさばさに散らし、仕立ての良い服をすすだらけにした女の子が現れました。あっけらかんとしたフィリアに向かって、青い瞳を細めじっとりとした視線を向けています。

「いや~ごめんごめん。うまく行くかな~って思ったんだけど……」
「うまくいく自負があるならなんで爆発するんですか!」
「やだなぁ爆発はしてないじゃない、ちょっとすすが一気に出ただけで」
「同じようなものでしょう! あああ、もう……せっかくのお洋服が……」

 女の子の名前はイロリナ。魔法学校時代からのフィリアの親友です。
 フィリアに向かってお小言を言う様子からは想像しにくいですが、イロリナはエンブルク王国でも随一の財力を持つクレメント家の二女で、国内でも一、二を争うほどのお金持ちのお嬢様です。

「いやぁ~、ごめんごめん」

 全然悪びれた様子もないフィリアを見て、イロリナはさらにぷんすかと頬を膨らませます。

「分かったって、それじゃすすをはらってあげるから――」
「ちょ、ちょ、ちょ! ダメです! 服ごとはらわれでもしたらたまりません!」

 かかげられかけたフィリアの手を、イロリナが慌てて押さえつけます。

「ありゃ、やっぱり失敗したんだ」

 そんな二人の様子を見て、窓際の椅子に座っていた少年が言いました。
 黒い髪に黒い瞳を持った少年の名前はレオン。フィリアの幼馴染です。

「イロリナ、ちょっとじっとしてて」

 椅子から立ち上がったレオンはキッチンの方に行き、バケツに水を汲んできました。
 その上に手をかざすと、空中に水面をかたどったような青色の紋様が現れます。

「水よ――我が意に答えよ――」

 レオンが手を掲げると、バケツに入った水がそのままの形を保ったまま空中に浮かびあがりました。水の塊は空中を滑るように動いていき、すすだらけのイロリナの体を包み込みます。

「渦の力を持って、汚れをはらいたまえ――」

 レオンの命令に従うかのように水の塊はイロリナの体を包んだままぐるぐると回転し、服に着いたすす汚れをあっという間に落としていきます。塊が離れると、すすだらけだった服は見違えるほどに綺麗になっていました。もちろんびしょびしょに濡れてしまっているということもありません。

「相変わらずお見事ですわね」

 すすを含んで真っ黒になったバケツの水を見ながら、イロリナが呟きます。
 フィリアとイロリナ、そしてレオンは同じ魔法学校を卒業した同級生ですが、魔法の腕前はレオンがひときわ飛び抜けています。

「なるほど、掃除もそうやって水の魔法を応用すればいいのね、よし――」
「待った、君が使うのはこっち」

 魔法を使おうとしたフィリアの目の前に、ホウキとちりとりが差し出されます。

「そもそも魔法はそんなにひんぱんに使うものじゃないよ。どうしても魔法じゃないと解決できない時にだけ使うのが基本。学校でも一番最初にならったでしょ。手でできるなら手でやったほうがいいの。そっちのほうが楽だし早い」
「え~つまんないの……」

 そう言いつつもフィリアはホウキを持って床をはき始めます。

「それでよろしい。あなたはお仕事以外では魔法は使わないように」
「そんな~……だって学校ではちゃんと習ったじゃない」
「習うのとちゃんと使えるのは別ですの!」
「何よ、別に使えないわけじゃないじゃない、ちょっと失敗が多いだけで」
「十回やって一回も成功しないのはできないのと同じでしょう……」
「でもこの間ははじめて二回連続で成功して――」
「はいはい! 二人ともそこまで! さっさと掃除しちゃおう!」

 レオンがたしなめるように言いました。
 今はお昼休み、このままでは午後の開店をすすだらけで始めることになってしまいます。

「わかってるって、それじゃ、ささっと終わらせちゃいますか」

 と、フィリアが返事をした時。

「フィリア、ちょっといいかい――って、なんだいこりゃ……」
「あ、こんにちは女将さん。すみませんちょっとバタバタしてて……」

 鍛冶屋の裏手、表通りで酒場を営んでいる女将さんが入ってきました。

「もしかしてさっきのはこれかい? ……まぁ、今に始まったことじゃないか」
「え~そんなひどいですよ!」
「また同じこと言っちゃって、思えばあんたは昔から――――」
「あの、女将さん。何かフィリアに用があるんじゃ……」

 放っておくといつまでもしゃべっていそうな女将さんに向かって、レオンが割り込みます。

「ああ、そうそう、ちょいとこいつを見てやってもらえないかな」

 そう言って女将さんが取り出したのは、布に包まれた包丁です。

「仕込みをしようと思ったら、切れ味が悪くてね」
「風切刃ね。あんまり使ってなかった?」
「まぁ、そうさね」

 包丁を見ながら、フィリアはうなずきます。
 この包丁はただの包丁ではなく、魔法を込めてつくられた“魔具”と呼ばれる道具です。魔法は魔法使いにしか使うことができませんが、魔法を込めてつくられて魔具ならば普通の人でも使うことができます。
 しかし、魔法という繊細な技術を込めて作られた魔具は、普通の道具以上に手入れに気をつかう必要があるのです。

「この後すぐ使いますか?」
「できれば使いたいところだね」
「了解、任せて」

 フィリアは包丁を受け取ると、【修理室】と書かれた部屋へと向かっていきます。
 その後ろをイロリナもついていきます。

「こんにちは。具合はいかが?」

 作業台の上に置かれた包丁に向かって、フィリアが声をかけます。

(……なんだぁ? あんた俺の言葉が分かるのか)
「はい、ちゃんと聞こえてるよ」
(そりゃよかった、まったく今のままじゃ魔力不足で仕事ができねぇって言ってんのにろくに聞きもしねぇんだから……)
「フィリア、これはどこが壊れてるんですか?」
(壊れてねぇよ! 俺ぁ、まだまだバリバリの現役だ! あとこれってなんだこれって!)

 ストレートな物言いのイロリナに、包丁が反論の声をあげます。

「壊れてないよ。魔力が減ってるだけ、風の魔力を入れてあげればすぐ元に戻るから大丈夫」

 二人(?)の間を取り持つようにフィリアが言います。

 当然と言えば当然ですが、包丁がしゃべるなどということはありえません。イロリナの言っていることも包丁が喋っているということが分からなければ仕方がないというものです。
 しかし、フィリアは包丁がしゃべっているということが分かります。フィリアは、色々な道具や工具、武具が告げる言葉を理解することが出来るのです。これは習えば誰でも会得することができるものではない、生まれつきフィリアが持っている特別な力です。

「それじゃ魔力を入れてあげるから、ちょっと待っててね」

 フィリアは右手を包丁の柄。左手を刃の部分にかざします。

「風の力をその身に宿し、一体として満ち足りよ――」

 羽をかたどったような緑色の紋様が現れ、緑色の光が刀身を包み込んでいきます。
 光が刀身に吸い込まれるように消えたところで、フィリアは包丁にたずねます。

「さて、これでどうかな?」
(……おお)

 横から覗き込んでいるイロリナには全く分かりませんが、包丁からは、先ほどとはちがう精気に満ち溢れた声が聞こえてきます。

(これだ……これこそが俺の姿だ!)
「よかった、でもあんまり解放しすぎないでね? 空っぽのところにいきなりいっぱいになったばっかりなんだから」
(おうよ! 任しとけ!)

 やる気十分の包丁を女将さんへと手渡します。

「おや、さっきとは見違えるようだね」
「分かるの?」
「もちろんさ、あたしは魔法のことにはさっぱりだけど……料理人の端くれとして、道具の良し悪しが分かるぐらいの目は持ってるつもりさ。ありがとねフィリア、昼休みなのに悪かったね」
「いえいえ……女将さんには家賃のツケを待っててもらってますし……」
「あっははは! そう言えばそうだったね! そっちは期待しないで待ってるよ!」

 豪快な笑い声をあげながら、女将さんは戻っていきました。

「さすが魔具の修理にかけては随一の実力を持っているだけあるね」

 フィリアが修理をしている間に掃除を済ませたレオンが言います。

「ふふん、そうでしょ?」
「一芸にひいでてよかったですわね。危うく失敗することが特技の魔法使いになっちゃうところでしたのに」
「イロリナ~? それは流石に言いすぎなんじゃないの~?」
「あら、本当のことを言っただけですわよ?」
「んなぁ~んだとぉ~……!」

 フィリアがイロリナに突っかかろうとした時、教会のかねの音が聞こえてきました。

「おっとと! お昼休みはおしまいですわね! それではわたくしは授業がありますので!」
「あ、こらっ! まてっ! 逃げるな~っ!」

 フィリアの声をよそに、イロリナはスカートのすそを掴んで、すたこらさっさと走っていってしまいました。お金持ちのお嬢様とはとても思えないおてんばさです。

「それじゃ、僕も学校に戻らないと」

 レオンとイロリナは、魔法学校を卒業した後、そのまま上級学校へと進学。レオンは魔法使いの中で最も権威のある魔法学術教授。イロリナは第一級の高度な魔法を操る魔工師をめざし、勉強に明けくれる日々を送っています。

「……ま、いっか」

 それぞれ忙しい生活を送るなか、三人で過ごす時間はかけがえのない大切な時間です。

「さて、それじゃ、わたしも頑張っていきますか!」

 フィリア魔法鍛冶店は、本日も誠意営業中です。

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