2 / 7
魔法の万年筆(前編)
しおりを挟む
お昼休みのはじまりを告げるかねの音が、エンブルクの都に響きます。
「……さて、お昼休みにしよっかな」
作業台で修理を行っていたフィリアは【営業中】の看板をくるりと回して【お昼休み中】にしました。本日のフィリアの鍛冶店、午前中のお客様は0名。閑古鳥がりっぱに鳴いていました。
「うう……わたしまで泣きそう……」
フィリアの命綱は、鍛冶店の弟子をしていたころからのお得意様たち。酒場の女将さんから、木工ギルドの職人まで、何かしらの道具を使う人達が、修理の依頼をフィリアのところに持ってきてくれているおかげです。フィリアがくいっぱぐれないでやっていけているのは、深い人間関係のたまものにほかなりません。
しかしこれではせっかくの魔法鍛冶店の名前も意味がありません。魔法を使って修理を行う鍛冶師をうたっているのに、日々の仕事は魔法とは全然関係ないものばかり。
「……師匠はいったいどこから仕事を見つけてきてたのかなぁ」
がっぽりとは言わないまでも、二人分の日々の生活と、しばらく生活できるだけの貯金を蓄えていた銀髪の人を思い出し、少しばかり物思いにふけります。
「フィリア、入るよ~」
その時、レオンが扉を開けて入ってきました。
「あ、レオン、お疲れ様」
「フィリアこそ。今日はどうだったの?」
「おかげさまで絶賛開店休業中」
「それは……ご苦労様」
ねぎらうようの言葉とともに、レオンは下げていたバスケットを机に置きます。
「今日のお昼は何?」
「サンドイッチ。アンチョビとトマト」
「やたっ!」
バスケットの中身を見て、フィリアは目を輝かせます。
レオンが持ってくるお昼ご飯もまた、フィリアの命綱の一つです。
魔法学術教授過程を受けているレオンは、教授から給料が支払われています。おまけにその優秀な頭脳を持って、授業料の免除と別の奨学金の受給までセットでついているという好待遇。働いているフィリアよりも、よっぽど余裕のある生活を送っています。
「フィリア」
「待った、お金なら受け取らないわよ」
口を開こうとしたレオンの言葉を、フィリアが押しとどめます。
「確かにまだうまく行ってないところはあるけど……わたしは自分でやるって決めたの、レオンに甘えたりなんかしないわ。師匠ともちゃんと約束したことだから」
真剣な顔をするフィリアを前に、レオンは苦笑いしつつ言いました。
「え~と、そうじゃなくて……魔具を見て欲しいって人がいるみたいなんだけど」
「えっ!? 本当に??! だれだれ?! どこの人? 教えて教えて!」
真剣な表情から一転、破顔一笑となったフィリアがレオンのほうに詰め寄ってきます。
「レマルク先生の知り合い。文字を書く仕事の人って言ってたけど」
「文字を書く……ってことは小説家とか?」
「そこまでは……とりあえずすぐにでも直せる人を探してるって」
「よし! 行こう! すぐ行こう! レオン! 案内して!」
思い立ったらすぐ行動のフィリアは、さっそくカウンターの下から修理道具の入ったカバンを取りだし、そのままレオンの手も引っぱっていこうとします。
「ちょ、ちょっと待ってよ……お店はどうするのさ、今は昼休みだからいいけど」
「大丈夫よ! いっつも開店休業なんだから! あ、でも留守番ぐらいは欲しいわね……」
今にも飛び出しかけていたフィリアは、くるりと椅子に舞い戻ると、カバンを足元に置いて、サンドイッチをひと切れ口に運びます。
「フィリア~来ましたわよ~」
「はい、ナイスタイミングッ!」
「わ、とととっ!!!」
入ってきたイロリナを見たフィリアは、右手でカバン、左手でレオンの手をつかんですっくと立ち上がりました。
「イロリナ! 今日の予定は!?」
「え、え、え? と、特には……」
「それじゃ、留守番よろしく! もし万が一、奇跡的にもお客さんがきたら、話だけは聞いといて! じゃ、そういうことで! レオン! 案内よろしく!」
「ちょちょちょ、フィリア~!」
ドタバタと慌ただしく出ていく二人を、イロリナは呆然と見つめていました。
あとには一切れだけ抜けたサンドイッチ入りのバスケットが残されます。
「……これは食べてもいいのでしょうか」
◆◆◆
「レマルク先生。失礼します」
「おや、フィリアさん。お久しぶり」
「レマルク先生! お久しぶりです!」
魔法学校こと、メルウィッチ魔法学院へとやってきたフィリアとレオンは、教授室の扉を叩きました。
レマルク先生こと、ムールオン・レマルクは、メルウィッチ魔法学院で教鞭をふるう魔法学術教授であり、アムリオン王国随一の魔法使いと称される国家魔術師。早い話が、魔法のことならなんでもござれの魔法の天才です。
「先生、昨日言っていた話なんですけど……」
「ああ、話が早いですね。ええ、ぜひともフィリアさんにお願いしたいのです」
「はいっ! お任せください!」
ピシッと背筋を伸ばして答えるフィリアに、レマルク先生は柔和な笑みを浮かべます。
町娘たちがこの笑みを向けられたならば、一瞬で卒倒すること間違いありません。
「彼は私の学生時代の友人でね。小説家をやってるんだけど――」
「ほらぁ! やっぱり小説家じゃないの!」
「とにかく詳しいことは本人に聞いてみてください」
「はいっ! ありがとうございます! さ、レオン行くわよ!」
「待って待って……どこに住んでるのかとか聞いてないでしょ……それにいきなり行くのもどうかと思うよ……」
落ち着く間もなく引っ張られっぱなしのレオンが呟きます。
「ああ、そっか……その人はどこに住んでるんですか?」
「西通りの住宅区だね。彼、ほとんど家から出ない人だからいつ行っても別に大丈夫だと思うよよ。ま、会ってくれるかどうかは別だけど」
「家から出ない……? 変な人」
「ちょっとフィリア……」
「そうですね。彼は変人です」
歯に物着せぬ言い方をする二人を見て、レオンは一人苦笑いを零しました。
「……さて、お昼休みにしよっかな」
作業台で修理を行っていたフィリアは【営業中】の看板をくるりと回して【お昼休み中】にしました。本日のフィリアの鍛冶店、午前中のお客様は0名。閑古鳥がりっぱに鳴いていました。
「うう……わたしまで泣きそう……」
フィリアの命綱は、鍛冶店の弟子をしていたころからのお得意様たち。酒場の女将さんから、木工ギルドの職人まで、何かしらの道具を使う人達が、修理の依頼をフィリアのところに持ってきてくれているおかげです。フィリアがくいっぱぐれないでやっていけているのは、深い人間関係のたまものにほかなりません。
しかしこれではせっかくの魔法鍛冶店の名前も意味がありません。魔法を使って修理を行う鍛冶師をうたっているのに、日々の仕事は魔法とは全然関係ないものばかり。
「……師匠はいったいどこから仕事を見つけてきてたのかなぁ」
がっぽりとは言わないまでも、二人分の日々の生活と、しばらく生活できるだけの貯金を蓄えていた銀髪の人を思い出し、少しばかり物思いにふけります。
「フィリア、入るよ~」
その時、レオンが扉を開けて入ってきました。
「あ、レオン、お疲れ様」
「フィリアこそ。今日はどうだったの?」
「おかげさまで絶賛開店休業中」
「それは……ご苦労様」
ねぎらうようの言葉とともに、レオンは下げていたバスケットを机に置きます。
「今日のお昼は何?」
「サンドイッチ。アンチョビとトマト」
「やたっ!」
バスケットの中身を見て、フィリアは目を輝かせます。
レオンが持ってくるお昼ご飯もまた、フィリアの命綱の一つです。
魔法学術教授過程を受けているレオンは、教授から給料が支払われています。おまけにその優秀な頭脳を持って、授業料の免除と別の奨学金の受給までセットでついているという好待遇。働いているフィリアよりも、よっぽど余裕のある生活を送っています。
「フィリア」
「待った、お金なら受け取らないわよ」
口を開こうとしたレオンの言葉を、フィリアが押しとどめます。
「確かにまだうまく行ってないところはあるけど……わたしは自分でやるって決めたの、レオンに甘えたりなんかしないわ。師匠ともちゃんと約束したことだから」
真剣な顔をするフィリアを前に、レオンは苦笑いしつつ言いました。
「え~と、そうじゃなくて……魔具を見て欲しいって人がいるみたいなんだけど」
「えっ!? 本当に??! だれだれ?! どこの人? 教えて教えて!」
真剣な表情から一転、破顔一笑となったフィリアがレオンのほうに詰め寄ってきます。
「レマルク先生の知り合い。文字を書く仕事の人って言ってたけど」
「文字を書く……ってことは小説家とか?」
「そこまでは……とりあえずすぐにでも直せる人を探してるって」
「よし! 行こう! すぐ行こう! レオン! 案内して!」
思い立ったらすぐ行動のフィリアは、さっそくカウンターの下から修理道具の入ったカバンを取りだし、そのままレオンの手も引っぱっていこうとします。
「ちょ、ちょっと待ってよ……お店はどうするのさ、今は昼休みだからいいけど」
「大丈夫よ! いっつも開店休業なんだから! あ、でも留守番ぐらいは欲しいわね……」
今にも飛び出しかけていたフィリアは、くるりと椅子に舞い戻ると、カバンを足元に置いて、サンドイッチをひと切れ口に運びます。
「フィリア~来ましたわよ~」
「はい、ナイスタイミングッ!」
「わ、とととっ!!!」
入ってきたイロリナを見たフィリアは、右手でカバン、左手でレオンの手をつかんですっくと立ち上がりました。
「イロリナ! 今日の予定は!?」
「え、え、え? と、特には……」
「それじゃ、留守番よろしく! もし万が一、奇跡的にもお客さんがきたら、話だけは聞いといて! じゃ、そういうことで! レオン! 案内よろしく!」
「ちょちょちょ、フィリア~!」
ドタバタと慌ただしく出ていく二人を、イロリナは呆然と見つめていました。
あとには一切れだけ抜けたサンドイッチ入りのバスケットが残されます。
「……これは食べてもいいのでしょうか」
◆◆◆
「レマルク先生。失礼します」
「おや、フィリアさん。お久しぶり」
「レマルク先生! お久しぶりです!」
魔法学校こと、メルウィッチ魔法学院へとやってきたフィリアとレオンは、教授室の扉を叩きました。
レマルク先生こと、ムールオン・レマルクは、メルウィッチ魔法学院で教鞭をふるう魔法学術教授であり、アムリオン王国随一の魔法使いと称される国家魔術師。早い話が、魔法のことならなんでもござれの魔法の天才です。
「先生、昨日言っていた話なんですけど……」
「ああ、話が早いですね。ええ、ぜひともフィリアさんにお願いしたいのです」
「はいっ! お任せください!」
ピシッと背筋を伸ばして答えるフィリアに、レマルク先生は柔和な笑みを浮かべます。
町娘たちがこの笑みを向けられたならば、一瞬で卒倒すること間違いありません。
「彼は私の学生時代の友人でね。小説家をやってるんだけど――」
「ほらぁ! やっぱり小説家じゃないの!」
「とにかく詳しいことは本人に聞いてみてください」
「はいっ! ありがとうございます! さ、レオン行くわよ!」
「待って待って……どこに住んでるのかとか聞いてないでしょ……それにいきなり行くのもどうかと思うよ……」
落ち着く間もなく引っ張られっぱなしのレオンが呟きます。
「ああ、そっか……その人はどこに住んでるんですか?」
「西通りの住宅区だね。彼、ほとんど家から出ない人だからいつ行っても別に大丈夫だと思うよよ。ま、会ってくれるかどうかは別だけど」
「家から出ない……? 変な人」
「ちょっとフィリア……」
「そうですね。彼は変人です」
歯に物着せぬ言い方をする二人を見て、レオンは一人苦笑いを零しました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる