フィリアの魔法鍛冶店

藤枝かおる

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魔法の万年筆(前編)

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 お昼休みのはじまりを告げるかねの音が、エンブルクの都に響きます。

「……さて、お昼休みにしよっかな」

 作業台で修理を行っていたフィリアは【営業中】の看板をくるりと回して【お昼休み中】にしました。本日のフィリアの鍛冶店、午前中のお客様は0名。閑古鳥がりっぱに鳴いていました。

「うう……わたしまで泣きそう……」

 フィリアの命綱は、鍛冶店の弟子をしていたころからのお得意様たち。酒場の女将さんから、木工ギルドの職人まで、何かしらの道具を使う人達が、修理の依頼をフィリアのところに持ってきてくれているおかげです。フィリアがくいっぱぐれないでやっていけているのは、深い人間関係のたまものにほかなりません。

 しかしこれではせっかくの魔法鍛冶店の名前も意味がありません。魔法を使って修理を行う鍛冶師をうたっているのに、日々の仕事は魔法とは全然関係ないものばかり。

「……師匠はいったいどこから仕事を見つけてきてたのかなぁ」

 がっぽりとは言わないまでも、二人分の日々の生活と、しばらく生活できるだけの貯金を蓄えていた銀髪の人を思い出し、少しばかり物思いにふけります。

「フィリア、入るよ~」

 その時、レオンが扉を開けて入ってきました。

「あ、レオン、お疲れ様」
「フィリアこそ。今日はどうだったの?」
「おかげさまで絶賛開店休業中」
「それは……ご苦労様」

 ねぎらうようの言葉とともに、レオンは下げていたバスケットを机に置きます。

「今日のお昼は何?」
「サンドイッチ。アンチョビとトマト」
「やたっ!」

 バスケットの中身を見て、フィリアは目を輝かせます。
 レオンが持ってくるお昼ご飯もまた、フィリアの命綱の一つです。

 魔法学術教授過程を受けているレオンは、教授から給料が支払われています。おまけにその優秀な頭脳を持って、授業料の免除と別の奨学金の受給までセットでついているという好待遇。働いているフィリアよりも、よっぽど余裕のある生活を送っています。

「フィリア」
「待った、お金なら受け取らないわよ」

 口を開こうとしたレオンの言葉を、フィリアが押しとどめます。

「確かにまだうまく行ってないところはあるけど……わたしは自分でやるって決めたの、レオンに甘えたりなんかしないわ。師匠ともちゃんと約束したことだから」

 真剣な顔をするフィリアを前に、レオンは苦笑いしつつ言いました。

「え~と、そうじゃなくて……魔具を見て欲しいって人がいるみたいなんだけど」
「えっ!? 本当に??! だれだれ?! どこの人? 教えて教えて!」

 真剣な表情から一転、破顔一笑となったフィリアがレオンのほうに詰め寄ってきます。

「レマルク先生の知り合い。文字を書く仕事の人って言ってたけど」
「文字を書く……ってことは小説家とか?」
「そこまでは……とりあえずすぐにでも直せる人を探してるって」
「よし! 行こう! すぐ行こう! レオン! 案内して!」

 思い立ったらすぐ行動のフィリアは、さっそくカウンターの下から修理道具の入ったカバンを取りだし、そのままレオンの手も引っぱっていこうとします。

「ちょ、ちょっと待ってよ……お店はどうするのさ、今は昼休みだからいいけど」
「大丈夫よ! いっつも開店休業なんだから! あ、でも留守番ぐらいは欲しいわね……」

 今にも飛び出しかけていたフィリアは、くるりと椅子に舞い戻ると、カバンを足元に置いて、サンドイッチをひと切れ口に運びます。

「フィリア~来ましたわよ~」
「はい、ナイスタイミングッ!」
「わ、とととっ!!!」

 入ってきたイロリナを見たフィリアは、右手でカバン、左手でレオンの手をつかんですっくと立ち上がりました。

「イロリナ! 今日の予定は!?」
「え、え、え? と、特には……」
「それじゃ、留守番よろしく! もし万が一、奇跡的にもお客さんがきたら、話だけは聞いといて! じゃ、そういうことで! レオン! 案内よろしく!」
「ちょちょちょ、フィリア~!」

 ドタバタと慌ただしく出ていく二人を、イロリナは呆然と見つめていました。
 あとには一切れだけ抜けたサンドイッチ入りのバスケットが残されます。

「……これは食べてもいいのでしょうか」

 ◆◆◆

「レマルク先生。失礼します」
「おや、フィリアさん。お久しぶり」
「レマルク先生! お久しぶりです!」

 魔法学校こと、メルウィッチ魔法学院へとやってきたフィリアとレオンは、教授室の扉を叩きました。
 レマルク先生こと、ムールオン・レマルクは、メルウィッチ魔法学院で教鞭をふるう魔法学術教授であり、アムリオン王国随一の魔法使いと称される国家魔術師。早い話が、魔法のことならなんでもござれの魔法の天才です。

「先生、昨日言っていた話なんですけど……」
「ああ、話が早いですね。ええ、ぜひともフィリアさんにお願いしたいのです」
「はいっ! お任せください!」

 ピシッと背筋を伸ばして答えるフィリアに、レマルク先生は柔和な笑みを浮かべます。
 町娘たちがこの笑みを向けられたならば、一瞬で卒倒すること間違いありません。

「彼は私の学生時代の友人でね。小説家をやってるんだけど――」
「ほらぁ! やっぱり小説家じゃないの!」
「とにかく詳しいことは本人に聞いてみてください」
「はいっ! ありがとうございます! さ、レオン行くわよ!」
「待って待って……どこに住んでるのかとか聞いてないでしょ……それにいきなり行くのもどうかと思うよ……」

 落ち着く間もなく引っ張られっぱなしのレオンが呟きます。

「ああ、そっか……その人はどこに住んでるんですか?」
「西通りの住宅区だね。彼、ほとんど家から出ない人だからいつ行っても別に大丈夫だと思うよよ。ま、会ってくれるかどうかは別だけど」
「家から出ない……? 変な人」
「ちょっとフィリア……」
「そうですね。彼は変人です」

 歯に物着せぬ言い方をする二人を見て、レオンは一人苦笑いを零しました。

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