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女傭兵とレイピア(前編)
しおりを挟む「ふぅ……」
小高い丘のてっぺんで、鎧を着た女性がため息をつきました。
長い白髪を後ろで一本に縛り、腰にはすらりとした剣を下げています。
細やかな装飾が光る鎧と合わさった出で立ちは『孤高の女騎士』といったところでしょうか。
「ようやく着いた……何とかなったのは運がよかったってところかな……」
ほとんど休みもとらないで歩いてきたせいで、ずいぶんと疲れがたまっています。
「……どうして使えなくなっちゃったんだか……ねぇ? アンタに言ってるんだよ?」
左腰に下げられている剣の鞘を撫でながらランは呟きます。
剣が突然切れなくなってしまったのは今から三日前のことです。
折れたり曲がったりしてしまったのではなく『切れなく』なってしまいました。
手持ちの研ぎ道具などを使って手入れをしてみたものの状況は変わらず、しかたなくそのまま腰に下げて旅を続けてきました。幸いにも、襲い掛かって来るようなモンスターや、街道沿いで獲物を狙っている野盗たちに出くわすことなくここまでやってくることができました。
しかし、傭兵を名乗っておきながら、下げているのはただのナマクラという状態は一刻も早く解消しなければなりません。疲れを訴えてくる体に鞭打って、ランは目の前に見えてきた『エンブルク王国』へと向かっていきます。
◆◆◆
「あんた傭兵かい?」
「なに? 女が傭兵なんてやってちゃ悪い?」
「いやいやそんなこと言ってないさ。ただ……ちょっともったいねぇと思ってさ」
「それはどうも」
衛兵の口説きをあしらいながら、女性は入門のための手続きをしていきます。
「……けっこう本格的な仕組みをやってるんだね」
「まぁ、悪く思うなよ? よそもんが変な騒ぎを起こしたりしたら、俺らにも文句言われちまうからな……治安維持のために面倒なのは大目に見てくれってこった……名前は?」
「分かっている。名前は――ランだ」
「ラン? この辺りの名前じゃないな」
「ああ、ちょっと東の方の出なんだよ」
「ふーん……はいよ、ギルド行くなら南通りをまっすぐ行きな」
「どうも――ああ、そうだ、ここに鍛冶ギルドはあるのかな?」
「おお、あるぞ。しかもとびりき良いのがな、そこらのとはわけが違うぜ?」
「へぇ……ほんとに?」
「ホントだって、俺らの装備だってほとんどそこで作ってもらってるぐらいだからな」
やたらとべた褒めする衛兵の言葉に、ランは期待と怪しさ半分ずつ抱きます。
「へぇ……」
そして怪しさの方は、たどり着いた建物を見てだいぶ和らぎました。
一等地にふさわしい場所に立てられている石造りの建物は、重厚な雰囲気を持ってあたりの空気すら支配しているような趣があります。少なくとも武具を使う人間からの信頼を勝ち得ているということは間違いなさそうです。
「こんにちは。工房に何かご用ですか?」
ランが建物を眺めていると、顔をのぞき込むようにして、女性が声をかけてきました。
顔を向けた先にいたのは。なんとも気品に溢れた雰囲気の女性です。歳は三十代ほど。紺色のワンピースにかかとのあがったブーツ。髪は金色で、うなじにかかるぐらいの短さで切りそろえられています。金髪に似合う青色の瞳がこちらを見つめています。
「あ、ああ……剣の修理を頼みたいんだが……」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
女性に案内され、ランは工房の中へと足を踏み入れます。
工房の中は、たくさんの人でにぎわっていました。
武具の修理や素材の売買をしにきた冒険者や傭兵に、工房との取引を行いに来た武器商人たち。その間でひっきりなしに行き交っているのは、お客たちを次々とさばいていく職員に、注文に従って腕をふるう職人たち。実に様々な人達の姿があります。
この女性はここで働いている受付嬢なのだろうか。
ランがそんなことを思っていると、
「姐さんお疲れ様です!」
女性の姿を見るがいなや、奥にいた職人が手を止めて大声を張り上げました。
「お疲れ様です!」「お疲れ様です! 姐さん!」「お疲れ様です!」
それを機に、まるで波が広がるようにして声が広がっていきます。
(なんだ……? この人……受付の人とかじゃないのか……?)
周囲からの注目を集めている女性を見て、ランは首をかしげます。
その前で、女性は整然とした口調でカウンターの向こう側の職員に話しかけます。
「魔剣の修理の出来る職人ですぐ動ける人はいるかしら?」
「はい――先日のオールポート騎士団からのまとまった依頼が入っているので、すぐに動ける者はおりません。使いを出して呼び戻しましょうか?」
「そう……分かったわ。ここは私がやります」
「え、イザベラさんが、ですか……?」
「あら、私だって立派な職人の一人でしょう?」
「は、はい! では、さっそく準備を整えておきます!」
女性の一声と共に波うちだっていた空気が一斉に動き出します。
「あの、あなたは……」
「あ、申し遅れました。わたくし、クレメント工房の棟梁を務めさせて頂いております――イザベラ・クレメント・ホーリーと申します。誠意をもって修復を務めさせて頂きます。よろしくお願いいたします」
◆◆◆
「拝見します」
作業場へと移動したところで、イザベラは受け取った剣をゆっくりと鞘から抜いていきます。
厚手の作業着に着替えたイザベラの姿は、さきほどとは打って変わって、職人然とした雰囲気にあふれています。
「ただの刺突剣(レイピア)……ではありませんね」
白磁の鞘に納められた、わずかに反りを持った白銀色の剣。持ち手を保護する護拳には、繊細な紋章が施されていて、美麗さにも重きをおいているということが分かります。むろん、美麗さだけではなく、露わになった刀身には一目で分かる強力な魔法が込められています。
「……特注品なんでね」
「なるほど……素材はミスリル……高硬度魔法まで……業物ですね……」
刀身を舐めるように見つめていたイザベラは、やがて剣を鞘に納めました。
「しかし、どこも破損などはしていないようですが……」
「え? いや、そんなはずは……だって、切れないんだぞ?」
「切れない……? まさか、そんなわけないですよ」
ランの言い分を確認するべく、試し切りをしてもらうことにします。
別室に移動して、試し切りに良く使われる麦わらを丸めたものを用意。
そこにランの一線が横なぎに振るわれます。
すると。
「切れない……ですね……」
「だろう? ……どうしてなのかな?」
振り切った刀身を受けた麦わらは、棒で叩かれたような鈍い音を鳴らして倒れるだけです。ランの剣の状態から見ると、麦わらの一本どころか、五本・六本をまとめたとしても楽勝なようにしか思えないのですが。
「うーん……」
これにはイザベラも頭を抱えてしまいます。
なにせ、刃こぼれしてもいないし、剣の振り方も文句なしなのですから。
「し、失礼いたします!」
その時、部屋の扉が開いて、作業着姿の女の子が飛び込んできました。
金色の髪を一つにまとめ、丸く開かれた瞳は澄んだ青色をしています。
「イロリナ……! なんですか慌ただしい……!」
「ごめんなさい……でもお姉さま直々に修理していると聞いたので……」
「お姉さま……?」
ランは二人の顔を交互に見比べます。二人の顔立ちはたしかに似ています。
イロリナがもう少し年齢を重ねたうえで髪を短くすれば、二人はそっくりになることでしょう。
「あ! 申し遅れました! 私はクレメント工房所属の魔工鍛冶師、イロリナ・クレメント・ホーリーです! よろしくお願いいたします!」
「イロリナ……もう少し声を抑えなさい」
「ああっ、ごめんなさいっ、お姉さま直々の修理がもう楽しみで楽しみでもう……!」
「分かりましたから落ち着きなさい……お客様の前ですよ」
ただし、本当に瓜二つになるためには、イロリナの方にもう少し落ち着き払った態度を身に着けさせるということが必要かもしれません。
「仲が良いんですね」
「すみません……この子はいつもこうでして……」
「仲が良いというのは良いことですよ」
姉妹のやり取りを見て、ランは笑みをこぼします。
「こ、これは……ミスリル剣……! 鋼を超える強度を生み出す完成された精製金属……それをこの細さと薄さで体現するなんて……ちょ、ちょっと見せて頂いても……じゃなくて、は、拝見! 拝見させて頂いてもよろしいでしょうかっ!?」
「あなたはいいですから……もう下がっていなさい」
「いえ、構いませんよ」
「ホントですかっ?」
「ああ、ちょっと……遊びじゃないんですから……」
「失礼します……!」
イザベラの静止もむなしく、イロリナは鞘から現れた刀身にすっかり魅了されています。
しばらく穴が空くほどに見つめたのち、イロリナはぽつりと呟きました。
「それで……これのどこが悪いんですの……?」
◆◆◆
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