フィリアの魔法鍛冶店

藤枝かおる

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女傭兵とレイピア(後編)

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「喧嘩……ですか?」
「ああ、口論になって……ムキになったわたしはそのまま家を飛び出したというわけだ。そんなことで、なんて思うかもしれないが……あの時のわたしはそうだったんだ。そんなことで家を飛び出して、そのままずっとここまで来てしまった」

 ランの口調は妙にあっさりとしています。

「あの、こんなことを言うのはよくないかもしれませんけど……」
「いや、言ってみてくれ」
「帰ったほうが、いいと思いますよ」
「ちょっと、レオン……」

 身も蓋もなく差し込んだ言葉に、イロリナが慌てふためきます。

「はは、まぁ、そう言うと思ったよ。そこまでストレートに言われるとは思わなかったけど……。そりゃ、帰ったほうがいいって思ったこともある。でもね……そう、やすやすといくわけでもないんだ――飛び出すときに、けっこう酷いことを言ってしまったしね」
「……剣が使えなくなってしまったのはきっとそのせいだと思います」

 レオンは少しためらいながらも言います。

「魔法というのは、使い手の心に大きく影響を及ぼします。魔具も同じように。使い手が心を閉ざしてしまうようなことがあれば、剣も心を閉ざしてしまう。きっと剣が切れなくなってしまったのは」
「わたしが思い悩んでいるからだと……?」
「……フィリアはきっとそう言うと思います」

 レオンが控えめに頷きます。

「そうか…………そうなのかな……」

 ランは天井を仰ぎ見ながら呟きました。

 ◆◆◆

「――二人とも頑固でね。お互いに自分がどうにかしなきゃ気が済まないのよ。別に仲良くしてればいいのに、どっちが強いだとかどっちが正しいだとかいっつも言いあってばっかりで……そのくせ一人の時は後悔してめそめそしちゃって……全く……めんどくさい人なんだから……」
「はぁ……」
「別に後悔なんてしない、なんて言ってたくせに……聞いて? ランって寝言をよく言うんだけど、寝言は決まって『お姉ちゃん、ありがとう……』なーんて言ってるのよ! そんなに会いたいんだったらさっさと帰れって話じゃないのよ! そう思うでしょ!?」
「うん、そうね」

 堰を切ったように喋りつづける剣を前に、フィリアは時折返事を返しながら頷き続けます。喋りたいことは相当溜まっていたようで、放っておくといつまでも喋りつづけていそうな勢いです。

「というわけで、わたしはランに帰って欲しいと思ってるの。そう伝えておいて」
「うーん……難しいなぁ……」
「え、なんで?」
「要するにそれって『酷いこと言っちゃって、そのまま喧嘩別れしちゃって、帰るに帰れない』っていうことよね……」
「そうね」
「……どうすればいいかなぁ?」
「そりゃ、帰って謝ればいいじゃない」
「あはは……まぁ、そーなんだけどね……」

 ◆◆◆

「あ、あの~……」

 イロリナが軽く手をあげながら声をあげます。

「その、確かにちょっと気まずいですけど……案外どうにかなるんじゃないかな~……なんて……思ったり、するんですけれども……経験者として……」
「経験者?」
「私も……お姉さまとはしょっちゅう喧嘩したりするんです。その度に、結構お互いに頑固になっちゃったりして……」
「そうなのか? あんなに仲がいいのに」
「そうでもありませんわ。後に引けないぐらいの大喧嘩になったことも何度もあります」
「……どうやって仲直りしたんだ?」

 ランが興味津々とばかりに聞くと、

「なんというのか……自然に、ですわ」
「自然……?」
「いくら喧嘩してても、近くにいれば絶対に顔を合わせることはありますでしょう。そうやって何回もお互いを見ているうちに、たまに目があったりして、結局すぐ反らしたりして……それからどうしても顔を合わせないといけなくなった時には、もうそうでもなくなっているんですの」
「……そういうものなのか」
「ええ……多分。お互いにそばにいれば、どうにかなるものなんです」
「そばにいる、か……」

 ランは考えるように目をつぶり、そして深呼吸をしました。

「ランさん、お待たせしました」

 ちょうどその時、奥の部屋から剣を抱えたフィリアが戻ってくるところでした。
 ランが声を張り上げたのは、まさにそれと同時です。

「よし……じゃあ帰るか……!」
「えっ?」

 いきなりそう言ったランを、フィリアは目を丸くして見ます。
 その手の中では、剣が大声で喜びの声をあげていました。

「えっ!? 帰るの?! ホントに!??」
「わぁっ!? ととと……っ」

 びっくりして危うく剣を落としそうになっているフィリアを三人が不思議そうな目で見ています。

「ん……? 何かあったのか?」
「い、いえ……それより、ランさん、今、帰るって……」
「ああ、帰ることにするよ――って、なんで知ってるんだ?」
「この子に、聞いたんです。ランさんのことも、お姉さんとのことも」
「ああ……本当に喋れたのか……正直、信じてなかったが……今は何て言ってるんだ?」
「ええと……」

 フィリアはさっきからやかましく声をあげている剣の方に視線を下ろします。

「やったやったやった! 帰ってくれる帰ってくれるっ! まったくもうさっさと帰れっていってるのにこの人は! どーせ帰ったら泣きながら歓迎してくれるに決まってるってのに……ったく、どんだけ大切にされてるかぐらい自覚しろっての!」
「ランさんが帰るって決めてくれて嬉しいそうです」

 フィリアは、適度に当たりさわりのない部分だけを拾ってそう伝えました。

「それで、剣は治ったのかな?」
「……あっ」

 言われたところで、フィリアはすっかり本来の目的を忘れていたことを思い出します。

「大丈夫だと思うよ」

 代わりに返事をしたのはレオンです。

「多分、治ってると思います。断言はできませんけど……フィリアのやり方が正しかったなら、多分、今の、これが治療になってるはずです」

 その言葉の通り。
 ランの剣は、一振りで麦藁十本を両断するほどの切れ味を取り戻していました。

 ◆◆◆

「ただいま」
「お帰り」

 お店へと戻ってきたフィリアを、留守番をしていたレオンが出迎えます。

「どうだったの?」
「大丈夫。イザベラさんも『切れ味はバッチリ』って言ってくれた」
「そっか、よかった」
「でもやっぱり『このことは内緒ね』っていうことになっちゃった」
「そっか……」
「でもお詫びだって、代金は丸々貰っちゃった!」

 フィリアは手に下げていた袋をカウンターの上に置きました。
 じゃらり、という硬貨の音が夕焼けに染まった部屋の中に響きます。

「ふふふ……これでしばらくは持つわ……実験もまた始められそうね……」
「……フィリアはそれでいいの?」
「うふふ……え? 何が?」

 目を向けた先には神妙な面持ちのレオンの顔。

「結局、フィリアがやったことは認めて貰えてないんでしょ……?」
「ああ、そのことね。別にいいのよ。第一、わたしは自分で大々的に発表してやるって決めてるんだから」

 道具と言葉を交わすことで、修理を行うというフィリアのやり方は、今の鍛冶の世界ではまだ正式には認められていません。例え成功したとしても、別のところに理由を見つけて『正しい』とされるやり方に組み込まれるだけ。

『道具と言葉を交わすことで直すことができる』ごく一部、認めてくれる人もいますが、本当に本心からフィリアのやり方を認めてくれる人は、数えるほどしかいません。

「フィリアのそういうところ凄いと思う」
「そういうところって?」
「なんていうか……自分を認めてるところ」
「そう? ありがと」
「何かあったら、いつでも言ってね。出来ることなら手伝うから」

 レオンは真面目な顔で言いました。
 それを聞いたフィリアはというと、

「ホントに? じゃあ、実験用の鋼材買ってきて!」
「あ~……ははは……了解。行ってくるよ。じゃ留守番はよろしくね」
「あら? ここは私のお店なんだけど?」
「そうだね。じゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」

 二人の顔を優しい夕日が照らしています。
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