転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

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第一章 転生ハムスターは王太子様がお気に入り

10 ここが勝負どころですか?

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 勇者の大声が響き渡るとともに、あたり一面から大歓声が沸き起こる。

 三階建ての指揮馬車でも、乗っているみんなが跳び上がって叫び出し、馬車全体がぐらぐらと揺れる。

 ほんの少し前までのくらーい淀みきった雰囲気が一変し、みんなが抱き合って大天使を見つめている。

「おー、大天使様がプルッキア軍の方に飛んでいったぞ? 王太子殿下、ひょっとして大天使様って敵をぜんぶ倒してくれるんですか?」

 またしても、バカみたいな速さで大天使と王太子様に交互に視線を送る勇者。

 うーん、と可愛らしく首を傾げた王太子様が、思いついたように私を見てニコッと笑った。

「そういえば、敵の魔石を奪ってくれるって言ってたね。召喚獣と精霊は倒してくれるけど、それ以外は自分たちで何とかしなさいって言ってたよね、ハムちゃん?」

 優しさゆえなのか、相手が大天使ということでオブラートに包んでいるのか、王太子様はおだやかな表現で私に同意を求めた。

 いやいや、魔石は対価というか、報酬としてもらっていくぞ、みたいな言い方だったし、人に手を出さないのは提出書類が面倒だから、みたいなことを言ってたよね。

 そう思いながらも、私はあいまいな笑みを浮かべつつ、まあ、そうですねとうなずいた。

「へー、そうなんですか。さすがは大天使様っすね。あれっ……大天使様って防御膜を壊して回ってますね。ああ、なるほど、魔石を奪うのにジャマだからか。おー、すごいすごい、あんなに派手に防御膜を壊したら、むこうの魔術師どもはしばらく起き上がれないんじゃないっすかね」

 またしても、王太子軍から大歓声が上がる。

 ふと見ると、勇者の言うとおり、大天使は敵軍を守っていた防御膜を壊して回っている。

 王太子軍は私が全軍を包み込む大きな結界を張っているのだが、敵のプルッキア軍はおおよそ百から二百ぐらいの防御膜を使って、魔術師たちが分散して部隊を守っているのだ。

 その防御膜を、大天使がひとつひとつ壊しては、磁石で鉄を吸い寄せるかのように魔石を集めて回っている。

 そして、防御膜を壊した反動か何かだろうか、膜が破れるたびに魔術師たちがその場に倒れ込んでいる様子が見える。

「ちょっとー! 大天使、使えるわね! あの調子でぜんぶ防御膜を破って、魔石を強奪していくわけでしょ! しかも、魔術師倒れてるじゃないのよ! これ、勝てるわよ!」

 まさかの大天使使える発言に、私の体はガクブルだ。

 おい、シーラ、相手を選べよ!

 あれを怒らせたら命がいくつあっても足らんわ! 

 しかも、強奪とか言うな!

「そうだな。あれではもう、敵は防御膜を張れないだろうな。それに対して、こちらはハムスターの絶対結界があるわけだからな」

 トールが不敵な笑みを浮かべて、王太子様を振り返った。

「殿下、このまま全軍で突っ込みましょう」

「えーっと、騎士対騎士で一気に決着をつけるっていうこと?」

 恐る恐るといった様子で口を開いた王太子様に向かって、騎士の一番えらい人がピシッと背筋を伸ばした。

「大太子殿下、私もそれが最善の策であると思います。絶対結界の力も絶大ですが、プルッキア軍は大天使様を敵に回したのです。戦う気力などこれっぽっちも残っていないでしょう。今をもって戦況は一変しました。まずは、目の前の敵を一気に打ち破りましょう」

 闘志をみなぎらせて進言する騎士に、王太子様がなるほどとうなずいた。

「あっ! 魔石の強奪が終わったみたいよ! こっちに帰ってくるわ!」

 だーかーらー、強奪って言うな!

 と、びくびく震えながらシーラを睨んでいると、みんなの大歓声を浴びながら、大天使が私の目の前に戻ってきた。

『くっくっくっくっ。久しぶりに運動したせいか、けっこう楽しかったぞ。ずいぶんと魔石も集まったしな。ああ、聖剣を返しておこう』

 恐ろしく残忍な笑い声を私の脳内に響かせながら、大天使はひょいと聖剣を勇者に放った。

 勇者は聖剣を受け取るやいなや、片膝をつき右手を左胸に押し当て、まっすぐに大天使を見つめた。

「大天使様、私は今代の勇者でラルフ・クランツと申します。ぜひとも私を弟子にしていただけませんか?」

 すごいね、勇者、こんな恐い奴の弟子だなんて。

 ぜったい、ビシビシ叩かれるよ。

 チラッと勇者に視線を送った私に、大天使の声がまたしても響いた。

『そういえば、説明していなかったような気がするから言っておくが、お前の命は三つだからな。ひとつ使ったからあと二つだ。あと一回しか生き返れないから気をつけろよ。気前よく自爆しているとあっという間になくなるぞ』

 そういえば、優しいほうの翼女さんがそんなこと言ってたっけ。

 そう思い返しながらも、大天使に向かって、聞いてますとも言えず、私は頭を上下にガシガシ振った。

 もったいないお言葉ありがとうございます、と目一杯へりくだって念じた私に、大天使はキュッと口の端をつり上げた。

『また何かあれば呼ぶといい。あと、そこの勇者に言っておけ。この役立たずが、とな』

 大天使はそう言うと、ぐにゃりと空間をねじ曲げるように姿を消した。

 それと同時に緊張から解き放たれた私は、ふーっと息を吐くとともに、王太子様の手のひらの上でぐてっと体を伸ばした。

 いやー、よかったー。

 あの悪魔がいるだけで生きた心地がしなかったわー。

 すっかりルンルン気分になった私に、王太子様の今にも泣き出しそうな思念が降ってきた。

『ハムちゃん、やっぱり、あの時死んじゃったの? ごめんね、ハムちゃん。その、痛くなかったの?』

 ふと見上げると、王太子様の大きな瞳が涙でいっぱいで、今にもこぼれてきそうだ。

 あー、そういえば、死んでないことになってたね。

『大丈夫だよ、王太子様。ぜんぜん痛くなんかなかったよ。それに――』

「王太子殿下、全軍に突撃の号令をお出しください」

 私の思念を遮るかのように、騎士の一番えらい人が王太子様に、キリッとした姿勢で呼びかけた。

 その声を合図に、王太子軍のすべての視線が王太子様に注がれる。

『王太子様は私の婚約者だからね。私より先には死なせないよ』

 ニッコリと微笑みかける私に、王太子様は顔をゴシゴシとこすって笑顔を返した。

 そして、顔をあげて敵の軍勢をキッとにらみ、高々と左手を振り上げた。

 あっ、右手には私が乗ってるからね。

「全軍、突撃!!」

 王太子様の声が、私の鼓膜を震わせる。

 その一拍いっぱくのち、地の底からきあがってくるような騎馬のひずめの地響きと、騎士の荒々しい咆哮ほうこうがあたり一面を揺るがした。

 私は耳をぺたんと寝かせて、王太子様の手のひらの上で、再びヒマワリの種を食べ始めた。
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