転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

文字の大きさ
15 / 55
第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

15 これってお嬢様扱いかしら?

しおりを挟む
「おはようございます、お嬢様。昨夜はずいぶんと冷え込みましたけど、寒くはなかったですか?」

 専属メイドであるターニャが、布団の隙間から愛らしい顔を潜り込ませて、私に微笑みかけてくる。

 肩先で切り揃えられた黒い髪に、茶と白を基調としたメイド服がよく似合っている。

 たれ目気味の大きな黒い瞳にアヒル口という、かわいい系の女の子だ。

 お屋敷のメイドの中ではおそらく最年少と思われ、十代半ばといったところだろうか。
 

 カーテンを勢いよく引っ張って、朝の陽射しを部屋いっぱいに呼び込んでいるのは、専属護衛のクレアだ。

 金糸で刺繍ししゅうされた魔法陣がびっしりと並んだ黒いローブを着込んだ、二十歳過ぎと思われる女性の魔術師。

 トールのお屋敷にいるのだから、ひょっとしたら召喚獣術師かもしれない。


 切れ長の赤い目に薄い一直線の唇を持つクレアは、コロコロと表情を変えるターニャと違って常に沈着冷静で、所作といい顔の表情といい一切の無駄がない。

 自分から話すということはなく、ターニャが話しかけても短い返事を返すのみという、徹底した省エネっぷりだ。


 冬真っただ中と思われる寒さに、布団を頭から被っていた私を、朗らかな笑みを浮かべたまま起き上がらせるターニャ。

 心の友である布団をひっぺがされた私は、毛皮でできたモコモコの室内着を羽織らされ、手を引かれて鏡台の前まで連れて行かれる。

 毎朝のことだ。

 大きな一枚鏡の前に座らされた私は、鈴を転がすようなターニャの声を聞きながら、髪をブラシでかれる。

「お嬢様の髪は本当に美しくてサラサラでございますね。なめらかでつやがあって、さっとブラシが通って、本当にうらやましく思います。私なんてゴワゴワのくせっ毛でございましょう? 朝起きると、一番にクシを通すのですが、固くて固くて、いつも涙目になりながらガシガシこすってるんです」

 というようなことを言っているのだろうと、私はいつものように、ターニャの発した声に勝手に意味を当てはめていく。


 トールに召喚されて三カ月ほどたったと思われるのだけど、いまだにこの世界の言葉は理解不能だ。

 実際に、ターニャが私のことをどのように呼んでいるのかは不明なのだけれど、私がどう思おうと勝手なので、強引にお嬢様ということにした。


 ターニャという名前も、ひょっとしたらまちがっているかもしれない。

 クレアに関してはターニャ(推定)が呼びかけるときに使っているので、まずまちがいなく彼女の名前だと思う。

 ただ、クレアが私の専属護衛であると考えるのは、限りなく黒に近いグレーだろう。

 どちらかと言えば、護衛ではなく監視役のような気がする。

 とはいえ、私に敵対的な行動をとることはないので、ポジティブシンキングで護衛と思うことにした。


 この世界の人の魔術は防御と治癒に特化されており、魔術による攻撃というものは基本的には存在しない。

 だから、クレアが私を魔法で攻撃してくるということはない。


 しかし、クレアのローブに刺繍された魔法陣を見れば、単なる護衛役でないことは明らかだ。

 範囲指定を何段階にも変えた恐ろしく強力な防御膜の魔法陣が、これでもかというほどびっしりと並んでいる。

 ハムスター時代に王太子様と学んだ魔法陣の知識は、人に転生した今も生きている。

 その知識から判断するに、クレアは国家一級魔術師だ。

 たしか、ティトラン王国では二十人ぐらいしかいなかった、エリート中のエリート魔術師。

 どこの馬の骨だかわからない女の子の護衛につくような存在ではない。


 要するに、トールは私のことを疑っているのだろう。

 まあ、それはそうだろうと思う。

 召喚獣契約陣から人が出てきたのだ。

 びっくりだ。


 はたして、こいつは本当に人間なのか?

 それとも召喚獣なのか?

 ひょっとしたら魔族? 

 まさか神の使い? 


 恐らくは、そんなところだろう。

 トールは判断しかねているのだと思う。

 神の使いと呼ばれるハムスターを二度召喚した実績があるだけに、私のことをぞんざいには扱えない。

 それに、本当に人の女の子である可能性も捨てきれないだろう。


 今でも二、三日に一度は現われて、調子はどうだ? みたいなことを聞いて、何の返事もしない私を悲しそうな目で見て去っていく。

 トールの気持ちはわからないでもないが、どうしようもない。

 ターニャが毎日欠かさずしてくれるマッサージや散歩で次第に筋肉が付き、日常生活には支障がなくなったとはいうものの、いまだに声は掠れ声で発声できる音は限られている。

 この世界の言葉はわからない。

 お手上げだ。


 おそらく、私がハムスターだった時は、色々な情報を魔力を使って収集していたのだろう。

 ハムスターの頭脳、視覚、聴覚、嗅覚、触覚どれをとっても人とはちがう。

 人の言葉なんてわからず、ちがう仕組みで言葉を理解していたのだろう。

 周囲の情報も目で見ていたわけではなく、耳で聞いていたわけでもなく、鼻で嗅いでいたわけでもないのだと思う。
 
 実際に、トールの声はハムスター時代と今では、ずいぶん違って聞こえる。

 トールという名前すら、思っていた音とはちがうのだろう。

 この状況では、私が元ハムスターだという説明もできないし、言葉にできたところで説得できる自信はない。


 というわけで、今の私にできることは毎日の適度な運動と、人の会話に耳を傾けることと、ボイストレーニング。

 そんなところだろうか。


 トールのおかげというか、ターニャのおかげというか、快適な毎日を送らせてもらっている。

 この世界の住み込みのメイドには定休日というものはない。

 たしか、長期休暇はあって、まとめてどーんと休むような仕組みだったと思う。

 今のところ、ターニャは一日中傍にいてくれて、かいがいしく私の世話を焼いてくれている。


 朝起きてから夜眠るまでではなく、就寝中も私の部屋の片隅に仕切られた空間で、寝起きしているターニャ。

 本当にありがたい。

 そこまでしてくれなくともと思うのだが、とめるすべもないので、されるがままにしている。

 私が元の地位を取り戻したら、いっぱいお休みをあげて楽をさせてあげるからね、と思いながらも甘えっきりだ。


 いや、本当に、この子がいなかったら、私は何にもできないからね。


 クレアの方はたまに姿が見えなくなって、知らない人が代わりに立っていたりするので、少しは休んでいるのだろう。

 結構なことだ。

 どんどん休んでくれと思う。

「お嬢様、お召し物を替えますので立ち上がっていただけますか?」

 たぶんそんなことを言われたんだと思う。

 ボーッと考え事をしていたせいで、髪を整え終えたことに気が付かなかった。

 私はあわてて立ち上がって、ターニャが服を着替えさせてくれるのに身を任せた。

 この後は、朝食をとって散歩といういつものコースになるんだろうなと思いながら、私は鏡に映る人形のように無機質な顔が少しでも可愛らしく見えるようにと、いーっと意識しながら口角を上げて笑ってみた。


 とたんに、ターニャの表情がつぼみがほころぶように笑顔に変わった。

 鏡に映るターニャの笑顔を見て、今度は私の顔に自然な笑みがこぼれる。

 よしっ! 

 この笑顔を忘れないようにしよう、と私はもう一度、鏡の中のターニャに精一杯の笑顔を向けた。

 感謝の気持ちが伝わればいいな、と思いながら。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...