転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

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第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

33 腰痛には勝てないかしら?

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 腰が痛いって、ほんと地獄よね。


 シーラのお屋敷の庭にある精霊契約陣に通いつめて、もうすぐ二ヶ月になる。

 厳冬の寒空の下、毎日八時間ちかく、四つんばいの姿で過ごしているのだ。

 腰痛にならなかったら、逆に不思議なぐらいだ。



 幸いにも雨の日はなかったけど、雪が降り積もる日も休むことなく精霊契約陣に乗り続けている。

 最初の頃はまだよかった。精霊界の豊かな自然に胸を躍らせ、空を飛ぶ鳥を追ってみたり、イルカと競争したりした。

 精霊を見つければ、挨拶しようと近づいて、逃げられてショックを受けたりもした。



 だけど、毎日そんなことを続けていれば、誰だって飽きる。

 いや、のんびりとソファーにでも座って、観光ガイドさんでも付いていてくれれば、楽しいのかもしれない。

 誰かと一緒なら気も紛れるだろう。

 たまにシルフィーが様子を見に来てくれるけど、ほとんどの時間、私はひとりで飛び続けている。



 しかも、精霊契約陣の発動点は二ヶ所だ。

 右手と左手。

 この二点を動かすわけにはいかない。

 じゃあ、うつ伏せになって寝てればいいかというと、そうはいかない。

 体勢を前に傾けていなければ、前には進めない。

 つまり、精霊契約陣に乗っている間、ずーっと四つんばいで前傾姿勢を取っていないと、目的地にはたどり着けないのだ。

 泣けてくる。



 精霊契約陣の進む速さがどのくらいなのかわからないけど、イルカに勝ったことはない。

 逃げていく鳥に追いついたこともない。

 私が走るよりははるかに速そうだけど、この速度で南極点近くまでこつこつ移動してきた自分を褒めてあげたい。

 もう少しだ。

 なんとか冬休みの間に目的地までたどり着けそうだ。

「お嬢様、お迎えが来ております」

 モランデル家の執事さんの声だ。

 私はキョロキョロと精霊界を見渡し、まわりの景色をしっかりと頭に刻み込んだ。

 明日また、精霊契約陣を発動させた時に、今いる場所をスタート地点とするためだ。

 今までの努力を無駄にする訳にはいかない。

 辺り一面が雪に覆われてはいるが、右手に見える切り立った崖からちょこんと出ている、豚の鼻のような岩を目印にしよう。

 鼻の下の黒い部分には雪が積もらないはずだ。



 お待たせしました、と言いながら、私はぐーうぅっと腰を伸ばした。

 すっかりカチンコチンになった腰を庇いながら、ヒョコヒョコと執事さんの後を追う。

 ここのところずいぶん日が延びたけど、執事さんの影が昨日よりもはるかに長い。

 もう少しでゴールだと思って、張り切りすぎちゃったね。

 お屋敷に戻ったらターニャに腰を揉んでもらおう。

 でも、腕の付け根が痛いのはどうにもならないんだよね。

 などと思いながら、私は馬車に乗り込んだ。




 そういえば、ニルス王子は元気だろうか。

 学園が冬休みの間、ニルス王子はウルネスの離宮に戻っている。

 私と離れ離れになることを嫌がっていたニルス王子だったけど、私が最強の精霊に会うために冬休みの間ずっと精霊界を旅をすると伝えると、さすがはハーモニーだね、僕もハーモニーにふさわしい婚約者になるために頑張るよ、と言ってくれた。

 ユリウスも踊り出さんばかりに、シルフィー様より強い精霊がいらっしゃるのですかぁー、ぜひぜひ、契約してきて下さいねぇー、と王族専用の食堂いっぱいに響き渡る声で叫んだ。



 遠く離れた席で昼食をとっていた王太子様とアンジェリカ王女は、私たちに戸惑いを含んだ視線を投げかけた。

 精霊祭以来、私たちにはまったく交流がなくなった。

 ニルス王子が叫んだ言葉は、あっという間に広まり、私は王太子様にふられた元彼女という、ありがたくないポジションをゲットした。


 さらに、シーラがニルス王子を私の婚約者にしようとしている、という噂も広まった。

 王太子がダメなら第二王子をなびかせようとする悪女といったところだろうか?

 不動の悪役令嬢ポジションもついでに手に入れた。



 ひょっとして、高位貴族の令嬢の方々にいじめられるのでは、などと思ったが、そんなことはこれっぽちもなかった。

 今までどおり、私の左側にはニルス王子。

 右側にはユリウスが陣取っている。

 それに、私は結界に守られ、魔族の鞭を振り回すこともできる。

 防御は完璧。

 反撃は倍返しどころではない。いじめられるわけがなかった。

 ただ、誰も近寄ってこなくなったけどね。



 でも、それでいいんだと思う。王太子様が私のことをどう思っていようと、結果は同じだ。





 精霊祭のパレードの後、ふたりきりになったのを見計らって、クレアは私の耳元でささやいた。

「王太子様がおっしゃったように、一度ふたりで話し合われてはいかがですか?」

「もう充分話したよ。謝るような素振りを見せといて、結局は魔族扱いって、どうかと思うよ。ずいぶんひねくれたよね、王太子様って」

「王太子様はハーモニー様のことを魔族とは申しておりません」

「いやいや、言ってるも同然じゃない。あんな持って回った言い方をされるぐらいなら、シルフィーみたいに、この魔族が! とか言われたほうがましだよ」

「いえ、そうではありません。王太子様は気が付いていらっしゃるのです。ハーモニー様がいったい何者なのかを」

 クレアの言ったことがすぐには理解できなかった私は、うん? と首を大きく傾げた。思わず足下に落ちた視線が、頭と一緒にぐるーんと百八十度回って、淡い雲がいくつもたなびいている秋の空をとらえた。

 ああ、人じゃないって……そういうこと?

「……じゃあ……なんで、何も言ってくれない……の?」

「ご事情が、おありなのではないでしょうか? ハーモニー様にはハーモニー様のご事情があるように、王太子様には王太子様のご事情がおありなのでしょう。だからこそ、話し合うべきでないでしょうか?」

 事情?

 事情ってなに? 

 話しあうって何を?

 他に私が怒ってるってこと?

 怒ってるのに助けた? 

 攻戦の時には、もう私は怒ってたの? 

 ニルス王子は悲しませたって言った。

 怒らせたって、どういうこと?



 うーんっと、と頭を抱えながら、王太子様の言葉や表情、私に向ける眼差しやニルス王子への反応を、記憶の中からがさごそと引っ張り出した。



 ――ああ、そういうこと……なの?



 私は空を見上げたまま、大きく息を吐き出した。血が上った頭を後ろにぐぅーっと倒して、左右に振った。


 そういえば、クレアも言ってたね。

 誰も私が死んだなんて思わなかったって。王太子様もそうなの? 

 神の御許に帰ったって思ってるの? 

 どこなんだろうね、それって? 

 大天使がいるあの狭い部屋がそうなのかな?

 そういえば、神様ってどこにいるの? 

 見たことすらないんだけど。




 あー、じゃあ、王太子様に悪いこと言ったね。

 私が王太子様に腹を立てて、どっかに行っちゃったことになったね。

 うんうん、そういうことね。

 はっきり言えばいいのにね。

 ハムちゃん、どこに行ってたのって。

 それだけで解決し……ああ、しないね。

 アンジェリカ王女がいるもんね。

 ハムスターならともかく、人だからね。



 今さら出戻ってきたうえに、ニルス王子と仲良く腕組んでるしね。

 うんうん、何様だってことになるよね。

 当てつけに見えたりするのかな? 

 うーん、でも、もういいや。

 それでいいや。

 いずれにしろ、私はハムスターじゃない。

 何をどうやっても、最終的にはそこに行きつく。




「それはそうと、シルフィーが最強の精霊を紹介してくれるんだって。ずいぶん遠くに住んでるみたいだから、冬休みになったら会いに行くの。契約したら紹介するね。シルフィーより強いってびっくりだね」

「王太子様のことはよろしいのですか?」

 気遣うクレアの目から逃れるように、私はまだ見ぬ精霊へと思いをはせた。

「大陸一の精霊術師になって、クレアの召喚獣と一緒に魔族と戦うの。きっと、無敵だよ」

 クレアは優しく微笑むと、胸に拳を押し当て頭を垂れた。




 ガタガタと大きく車体を揺らしていた馬車が、なめらかな動きに変わった。

 伯爵家の敷地に入ったのだろう。明日はまた長旅だ。

 まずは、お風呂にゆったりつかって、疲れを癒そう。

 私は大あくびをしながら、窓から差し込む暮れゆく陽の光に願った。

 明日が晴れでありますように、と。
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