転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

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第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

39 人かしら? それとも、神の使いかしら?

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 トールはシーラに向けていた視線を、再び私のほうに向けた。

 同時に、気まずそうに言葉をにごす。

「うーむ……それは、どうだろうな……私の一存では……」

 困ったような顔で、キョロキョロと私とシーラに視線を行ったり来たりさせるトール。

 シーラの考えもわかるけど、目の前にいる神の使いに口止めされているのだ。

 許しもなくシーラの案に乗っかるわけにはいかない、といったところだろう。

「そういえば、この子って親兄弟とかいるの? オスカリウスだったっけ? ウルネスの離宮に出入りしてて、王族とも親しいってことは、結構な名家なの? ニルス殿下が言ってたけど、精霊宮殿の深部にもくわしいのよね? たしか、あそこって王族か宮殿関係者しか入れないわよね? 宮殿とも関係があるってこと? そうなると、口止めする相手もかなりの数になるわね。どう? いけそう?」

 シーラの短気脳が高速で回転し始めた。

 シーラの頭脳は曖昧あいまいな対応をイエスかノーに変換する機能を持っている。

 中途半端な返答は、すべてシーラの都合がいいように解釈される。

 もちろん、さっきのトールの返事はイエスと取られたはずだ。

 すでに、実行に移した場合のリスクの計算に入っている。

 トールのキョロキョロ度合いがさらに加速した。

 顔色がみるみる悪くなる。

「先ほど、モランデル伯爵様は、王太子殿下が救国のハムスター様の死をお認めになっていない、とおっしゃいましたが、それはどういうことなのでしょうか?」

 ここで、クレアが動いた。

 さすがは私の王子様だ。

 トールに助け舟を出すと同時に、私が疑問に思っていたことを聞いてくれた。

 シーラはジャマだと言わんばかりにクレアをにらんだけど、思い直したように肩をすくめた。

「ああ、あんたは会議に出てなかったわね。そうね。会議のいちばん最初に発言したのが、王太子様なのよ。きっぱりと言い切ったわ。ハムスターは神の御許みもとに帰ったってね。それで、会議の流れが決まったの。財務省はハムスターが死んだことにしたかったはずよ。だけど、三年間片時も離れず一緒にいた王太子様がそうおっしゃれば、誰も否定できないわ。お金が欲しかった他の省はその流れに乗った。もちろん、私も乗った。トールもその流れに乗った、と思ったんだけどね」

 ここまで言って、シーラは小バカにしたように、トールを白い目で見て、盛大なため息をついた。

「王太子様にとってハムスターの存在は大きすぎたわ。死んだだなんて、認めるわけにはいかなかったんでしょうよ。神の御許に帰っただけなら、いつの日かまた戻ってくるかもしれない。そういうことよ。王太子様は最強の庇護者ひごしゃと最愛の婚約者を同時に失くしたのよ。現実を受け入れられなかったのよ、要するに」

 シーラはそう言うと、最後の骨付き肉をつかんで、口に運んだ。

 大口を開けて、今にもかじりつこうとしたシーラだったけど、なぜか驚いたような顔をして動きをとめた。

 金色の目が大きく見開かれて、まっすぐに私をとらえる。

「あんた……笑えるのね」

 うん?

 シーラめ。

 たまにはまともなことを言うじゃないかと思ったのに、また妙なことを。


 たしかに、私は能面精霊顔ではあるけど、完璧な営業スマイルを習得している。

 頬っぺたにギュッと力を入れて口の端を持ち上げるのだ。

 さんざん、シーラにも披露ひろうしてやったというのに、忘れたのだろうか。



 それに、今の私が笑っているはずがない。

 王太子様が私の死を認められないほどショックを受けたと聞いて、笑ったりするはずがない。

 おそらく、ワインをがぶ飲みしたせいで、頭の中に花でも咲かせているのだろう。



 こんな酔っ払いの話が本当に信用できるのだろうか? 

 そう思った私は、さっき聞いた話におかしいところがないか、思い返してみた。


 ハムスター時代の、今よりも幼かった王太子様の顔を思い浮かべて――


 ――ふと、視界がふやけたようにゆがんだ。

 視界の片隅で、クレアがこちらに回り込んでくる姿が、スローモーションのようにゆっくりと見えた。

「えっ? どういうこと? さっきまで笑ってたわよね? えっ?」

 シーラの声が、姿が、すべてが、遠くなった。

 突如、キーンという耳鳴りのような音が頭の中に響いた。

 胸が刺すように痛んだ。

 空気が肺に入ってこない。

 あわてて眼を閉じた私のほおに、柔らかな布が当てられた。

 クレアだ。

 私は暗闇の向こうに感じる腕をつかんで、大きく息を吸った。

 クレアの温かさを感じながら、私はなんとかかすれた声を送り出した。

「ねえ、クレア。私……笑ってる?」

「いえ、涙を流しておいでです」

 クレアのもう一方の手が、私の背中を優しくさすってくれている。



 そうか、泣いているのか。

 そういえば、押し当てられた布がジトッと濡れている。

 でも、シーラは笑ってるって言った。

 じゃあ、笑いながら泣いているんだろうか?

 うれし涙ってやつなんだろうか?



 この気持ちはいったい何だろう?

 私は心の中でふわふわと漂っている何かをすくい取ろうと、意識を総動員した。

 それから、ゆっくりと首を振った。



 そうだね。

 王太子様が私のことを想っててくれたって聞いて、うれしかったんだ。

 でも、悲しかったんだ。

 うれし涙じゃない。

 でも、悲しい涙でもない。



 ようやく、わかった。

 人に生まれ変わったのは、まちがいじゃなかった。

 ハムスターとして王太子様のところに戻っても、三年後にはまた、王太子様を悲しませることになる。

 婚約者を二度も悲しませるなんて最低だ。



 じゃあ、人なら?

 人なら戻れる?

 王太子様の元に?




 私は――

 ――王太子様のもとに戻りたいのだろうか?

 うん、そうだね。

 戻れるものなら戻りたい。

 今すぐ、戻りたい。

 

 でも――

 ――王太子様はいずれ王様になる。

 王様が守るべきは王国の人々だ。

 同盟国の王女が婚約者としていたほうがいい。

 ティトラン王国を守るには、味方がいっぱいいたほうがいい。



 きっと――

 ――私が戻るよりも、きっと、そのほうが王太子様のためになる。



 私ひとりでは王国を守れなくても、味方を増やせば――

 ――守れるかな?



 ううん、シーラは殴り返す力があればいいって言った。

 私にはシルフィーがいる。

 アウロラもいる。

 聖剣だってもらった。

 絶対結界だって持っている。

 殴りかかってきた奴には、容赦はしない。




 私は頬に当てられていた布で目をゴシゴシとこすって、大きく胸を張って深呼吸した。

 クレアの手をとって、ありがとうと声に出した。

 クレアは、よろしいのですか、と気づかわしげに目を細めた。

 私はクレアにちょこんとうなずいて、シーラに向かって微笑んだ。

 喉の奥をウウンッと震わせて声をととのえる。

「すみません、シーラ様。魚の骨がのどに刺さりました」

 シーラは思案深げに頬杖を突いたまま、人差し指で三度ばかり頬を叩いた。

「今日の料理に魚なんて一切入ってないわよ」

「では、肉の骨でしょうね」

 シーラは、ふーん、と鼻から吐き出す息で応えて、お皿の上に積まれた食い散らかされた肉の残骸に目をやった。

 どう見ても飲み込めそうにない太い骨が、ゴロゴロと転がっている。

「ずいぶんでかい骨が刺さったのね。まあ、そういうことにしておいてあげるわ。でも、ハムスターがいなくなっても、アンジェリカ王女様がいるのよ。悪いけど、王太子様はあきらめてよ。それに、あんたはニルス殿下の婚約者なんだからね。これ以上、やっかいごとを増やさないでよ」

 シーラの頭の中では、私は王太子様を追って王都まで出てきた一途いちず田舎娘いなかむすめ、ということになっている。

 多感なお年頃の女の子が恋心を捨てきれず、涙を流したように見えたのだろう。

「もちろんです。私は神の使いですからね。やっかいごとどころか、幸せを運んできますよ」

 トールへの返答の意味も込めて、私はシーラに営業スマイルを投げかけた。

「ふーん……たしかにそうかもね……でもね」

 シーラはすーっと目を細めて、心底嫌そうに、ちっ! と舌打ちした。

「すっかり、人にしか見えなくなったわよ、あんた。ついさっきまで、精霊と見まちがうほど無表情だったのに、どういうことかしらね。気を付けたほうがいいわよ。そんな顔してたら、鼻の下伸ばした男どもが群がってくるわよ」 
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