転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

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第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

43 テディ王太子の想い その2

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「――で、ハムスターの様子はどうですか?」

 精霊省の執務室のドアが驚くべき速さで閉じられる。

 シーラは僕の腕をがっしりとつかんだまま、薄情な笑みを浮かべた。

 大声を出して警護を呼ぼうかとも思ったけど、騒ぎを起こすのもシーラの計算に入っているのかもしれない。

 僕は笑みに見えるよう口角を上げて、シーラのつり上がった目を見つめ返した。

「ハムちゃんに会いたいのなら、前もって王宮親衛室長に書面でもって――」

「大太子様! 私とハムスターは親友ですわ! 心配するのは当たり前ではありませんか!?」

 どう見ても、親友を気にかけているような表情じゃない。

 未知数をできるだけ減らして、一刻も早く計算式を解きたいだけだ。


 幼かった頃のユリウスの口癖が、ふと頭をよぎった。

 シーラ姉様はとてもお優しいのです。

 そうだね、ユリウス。

 たしかに、昔はそうだったかもしれない。

 だけど、目の前にいるのは大戦前までのシーラじゃない。

「先日、アグレル宰相が会ったらしいよ。聞いてみたらどう?」

「ええ、伺いましたわ。ハーミア様はとてもご機嫌だった、とおっしゃっておいででしたわ。さすがは宰相閣下です。言葉遊びがお上手でいらっしゃいますこと」

 ハムちゃんの公式行事への参加は少しずつ減らされ、今では外に姿を現すことはない。

 すっかり部屋に引きこもってハムスター仲間と遊ぶようになった、という噂が流されている。

 新たに設けられたハムスター部屋には厳重な警備体制が敷かれ、許可のない者が近寄ることはできない。


 許可が必要とは言っても、実際には、誰にも許可が出ることはない。

 だから、シーラはわざわざ僕を捕まえて、執務室に引きずってきたのだ。

 ハムちゃんとシーラは仲がいいわけじゃない。

 だけど、シーラはハムちゃんのことをよくわかっている。

 それに、計算高いシーラが神の使いについて調べていないわけがない。

 ハムちゃんがいなくなる可能性を考えたのは、シーラがいちばん早いのかもしれない。


 僕はシーラの作り笑顔を見ながら、思いを巡らせた。

 シーラは目つきがするどすぎる。

 唇をつり上げたら笑顔に見えると思っているんだろうか? 

 僕はシーラを反面教師として、目尻を下げた。

「じゃあ、そのとおり――」

「お仲間に入れていただきたい、と私は申しているのです。私だけ蚊帳かやの外とは冷たすぎませんか?」

 僕の真似をしたのか、シーラも少しだけ目尻を下げた。

 でも、受ける印象は同じだった。

 目がきついというよりも、目が冷たいのかもしれない。

 ひょっとして、ハムちゃんを失えば、僕もシーラのような冷えた目をするようになるんだろうか? 

 そう思うと、心がすーっと寒くなった。


 たしか、スレッテゴード男爵だ。

 婚期を逃してまで、シーラが一途に慕い続けた想い人。

 早くに夫人を亡くした男爵は、それ以来ずっと独り身を通していた。

 シーラの長い長い想いはようやく実を結び、一ヶ月後には結婚式が挙げられることになっていた。


 でも、式を挙げることはできなかった。

 魔王率いる魔族の侵攻が始まり、最前線にいた王国一の精霊術師は、砦の陥落とともに帰らぬ人となった。

 それ以来、シーラの目はつり上がったままだし、笑顔はひどくゆがんだままだ。

「もし、何かあれば……シーラにいちばんに教えるよ」

「何かある前に、伝言を伝えていただいてよろしいですか?」

 ハムちゃんは今でも僕の部屋で暮らしている。

 おそらく、シーラにはわかっている。

 ただ、ハムちゃんが目覚めている時間は、ほんのちょっとだけだ。

 伝えられるだろうか? 

 それとも、伝言だなんて言って、僕の反応をうかがおうとしているだけなのだろうか?

「代わりをよこせと、お伝えください」

 返事はいらなかったらしい。

 僕が一呼吸置いただけで、シーラは少しだけ下げていた目尻を、再びつり上げた。

「代わり……?」

「ええ、代わりです。代わりの神の使いを寄こすように、ハムスターに伝えてください」

「……何を言っているんだ? ハムちゃんの代わりなんて――」

「ハムスターの代わりではありません。神の使いの代わりです。神の使い抜きでは、どう計算しても、戦力が足りません。プルッキアに攻め込まれたら、王国は一ヶ月と持たないでしょう」

 シーラの言っていることは、父上も危惧きぐされていることだ。

 でも、神様や大天使様がティトラン王国だけに、特別に力を貸してくれるなんてことがあるのだろうか?

「代わりの神の使いなんて、遣わされるはずが――」

「本当に代わりが来る必要はありません。王国が危機に陥った時に、代わりの神の使いを送り込むように、ハムスターに伝えるだけで結構です」

「ハムちゃんが大天使様にそれを伝えてくれると?」

「いえ、私はそのような楽観的なことは思っておりません。じきに、ハムスターは死ぬのでしょう? 私はハムスターが死ねば、すぐ国葬にすべきだと思っております。そして、大々的に宣伝するのです。ティトラン王国に何かあれば、新たな神の使いが遣わされる。そう、ハムスターが約束したと。ハムスターの死は隠したところで、いずれはばれます。ばれてからつくウソは誰にも信じてもらえません。ハムスターが死んだという事実にウソを混ぜるのです」

 このまま扉に押しつけんばかりに、シーラの顔が僕の顔に近づいた。

 金色の瞳がいっそう冷たさを増し、唇が自信満々につり上げられた。

「まさか、神の使いが……死ぬと、シーラは思っているのか?」

「私が調べた限りにおいては、いなくなった神の使いが戻ってきた例はありません。ハムスターを例外だと考える根拠はありません」

「でも、魔王を倒した後いなくなったハムちゃんが、プルッキアとの決戦の前に戻ってきた。それは、どう考えているんだい?」

「大太子様。私がどう考えるかなどは、どうでもいいのです。神の使いはしばらくの間は主を守った、といずれの伝承にもあります。プルッキアに限らずどの国も、消えたハムスターが帰ってきたなどとは信じていないでしょう。一度消えれば、帰ってこない。そう考えていることはまちがいありません」

「でも、ハムちゃんは命を――」

 命を三つ持っていると言いかけて、胸がザワッとうごめいた。

 ハムちゃんが戻ってきて三年近い。

 寿命が三年だとすると、ハムちゃんが戻ってきてくれても、三年後にはまた亡くなるのだろうか?

 その命はひょっとして、三つ目なのだろうか?

 その後、ハムちゃんは天界で暮らすのだろうか? 

 それとも――


 ――命って何なんだろう? 

 天界にいる間は死なないのだろうか? 

 人界に来れば命の灯が短くなっていくのだろうか?


 決して答えの出ない自問を、シーラが歯切れよく切り裂いた。

「神の使いはいずれいなくなります。その後、その国がどうなったか。当然のことながら、周辺の国は調べ上げていることでしょう。その裏をかいたほうがいいのでは、と思うのですが、国王陛下や宰相閣下は私の案には否定的です。それ以前に、ハムスターは元気だと言い張っておられますしね。しかし、ハムスターに伝言するぶんにはかまわないでしょう。後で、わざわざウソをつく必要もなくなります。なにせ、本当に王太子様がおっしゃったことですから。ハムスターは王太子様の頼みを断ったりはしないでしょうしね」

 僕が頼めば?

 じゃあ、僕が頼めばハムちゃんは帰ってきてくれるだろうか? 

 三つ目の命を使って? 

 最後の命を使って? 

 僕は……そうすべきなのだろうか?

「王国が元の力を取り戻すのに、あと何年ぐらいかかると思う?」

「そうですね。あと十年はかかるでしょうね」

「もしも、あと三年ハムちゃんが王国を守ってくれたとして、その後いなくなったとしたらどうかな?」

 僕の声は震えていたかもしれない。

 シーラの眉がピクリと動き、考えこむように顎に手を添えた。

「三年ですか? まあ、時間は一分一秒でも長いほうがいいでしょうね。ただ、三年後になったとしても、私は同じ案を出します。十年後であれば、考えを変えるかもしれませんが」
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