50 / 55
第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む
50 お茶会って、もっとなごやかなものじゃないかしら?
しおりを挟む
神の使いを呼び出した大陸一の召喚獣術師として、また、救国のハムスターの義理の兄として、その名を広く知られているトール・レンホルム伯爵。
召喚獣省長官としても、数多くの部下に慕われており、王宮内では、何事にも動じない沈着冷静な人物だと評価されているらしい。
その地位と、掘りの深いいかつい顔からは、想像できないほど温厚なトールは、細かい気配りもできるおっさんだ。
ただ――
――気配りができるからといって、それがいい結果を生み出すとは限らない。
まあ、トールとしては、ついさっきまでは、うまくいっていたのかもしれないけど。
めずらしい紅茶が手に入ったので、飲んでみてはどうだ?
みたいな感じで私を召喚獣省長官の執務室に誘ったように、トールは王太子様にも声をかけたのだろう。
偶然、ふたりがおなじ時間に現われたようなことを言っていたけど、どう考えても計画的だ。
おそらくは、トールは私に気を使って、王太子様とのお茶会をセッティングしたのだろう。
ここのところ、トールは私に何か言おうとして、思い悩むように口を閉じたことが何度かあった。
二度ほど、気まずそうに、悪かったな、気がついてやれなくて、とボソッと頭を下げたこともあった。
一度目は、私が元ハムスターであることに気づけなかったことへの謝罪だろう。
そして、二度目は、ハムスターだった私の死期が近いことに気がつけなかったことを、あやまったように思われた。
しょうがないよ、と私はトールに応えた。
ハムスターだった頃の私が、最近ヒマワリの種が硬くなったね、と思い始めた頃に、トールは父の後を継いでレンホルム伯爵になった。
レンホルム伯爵家は、ティトラン王国には数少ない領地持ちの貴族だ。
神の使いの補佐役と召喚術省の長官という職務に加え、伯爵領の管理も行わなければならなくなったトールは、大忙しになった。
最近、どうにも忙しくてな、とトールがため息まじりに言うのを聞いた私は、トールに休暇を与えることにした。
というよりも、当時の私はトールのことを役に立つ雑用係ぐらいにしか思っていなかったので、忙しいならしょうがないか、という感じでしかなかったのだけど。
ただ、そのせいで、トールは私が死んだという事実に気がつけず、ずっとかんちがいしたままだった。
その、おわびなのだろうか?
トールは慣れない愛想笑いを浮かべて、あいさつ程度の会話しか交わさない私と王太子様の橋渡しをするような形で、ひたすら話し続けた。
思うに、ハムスター時代の私の王太子様への執着っぷりを間近で見てきたトールにとって、今の私と王太子様の関係にもどかしさを感じたのかもしれない。
それに、私が王太子様のことを想って涙を流した時、トールもその場にいた。
トールなりに、思うところがあったのかもしれない。
トールの善意というか、厚意は疑いようがないのだけど。
お茶会と言うか、トールと私と王太子様との懇親会のようなものが始まって、しばらくたった頃だ。
トールがさんざん私のことを英雄だとか何とか持ち上げるのに合わせるように、王太子様がそれまで緊張気味だった顔をほころばせて、トールに相槌を打った。
「そうだね。モランデル子爵は、その……ずいぶんと笑顔を見せるようになったと、王宮でも評判だね」
子爵に叙爵されてから、王太子様は私のことをモランデル子爵と呼ぶのだけど、その度に、私は眉が寄りそうになるのを必死でこらえる。
この時も、モランデル? と内心、シーラの顔を思い浮かべながら、ひきつった笑みを浮かべていると、ようやく口を開いた王太子様に合わせるように、トールが大きくうなずいたのだ。
「いや、まさに、そのとおりですな。召喚獣契約陣から現われてから、ずいぶん長い間、まともに動くこともしゃべることもできませんでしたからな。それを思えば、ずいぶん表情も豊かになりましたし……」
我が意を得たり、といった表情で、うんうん、と当時を振り返るような目で話し続けるトールと、微動だにせずトールをじっと見続ける王太子様。
それをしゃべったら、まずいんじゃないかな、トール?
と、ティーカップを持ち上げ、顔を隠すように紅茶に口をつけた私の耳に、どこか掠れたような王太子様の声が届いた。
「……ああ、念話ができるから、意思は伝わる、の、だね?」
ここで、トールはうなずくべきだったのだ。
そうですね、と言えば、問題なかったのだ。
だけど、人のいいトールは嘘をつくという発想がない。
貴族としてはどうかと思うけど、レンホルム伯爵家は、シーラに万年伯爵家と言われるほど権謀術数とは無縁であり、謹厳実直をモットーとしている。
それとも、たんに気がつかなかっただけだろうか?
「念話ですか? いや、ハーモニーが念話を使ったことはないですな」
ずっと張り付けている愛想笑いを、いまだに満面に浮かべたまま、トールはそう応えた。
「たしか、トールは、モランデル子爵に、神の使いであることを黙っているように頼まれたと、国王陛下に奏上していなかったかな?」
「……ええ、おっしゃるとおりです」
王太子様の声に違和感を感じたのだろうか?
トールの返答は、少しだけ間延びしたように執務室に響いた。
「先ほどのトールの話だと、召喚獣契約陣から現われた直後は、モランデル子爵が誰かに意思を伝える手段を持ち合わせていないように思えるんだけどね?」
「……そう、ですな……ええ、そうなりますな……」
王太子様は、ちょこんと首をかしげて、トールの目をのぞき込んだ。
「前もって、トールが知っていた、ということはないよね?」
「前もってですか? いえいえ、まさか、三回も召喚できようなどとは思っても――」
三回って言いかたはどうかな、トール?
と、ジト目で睨んだ私を視界の隅で捉えたのか、トールがあわてて口をつぐんだ。
だけど、王太子様にとっては、そこは気にならなかったようだ。
おそらく、王太子様にとっては、私が救国のハムスターだったことについては、疑いようのない事実なのだろう。
「うーん……それだと、少々つじつまがあわないんじゃないかな、トール? 体が動かせない。声が出せない。そのうえ、念話もできない。前もって知っていたわけでもない。となると、モランデル子爵はいったいどうやって、トールに意思を伝えたんだい?」
王太子様は怒っているわけではない。
疑念の表情を浮かべてるわけでもない。
どちらかというと、困惑していると言っていいだろう。
王太子様の空色のきれいな瞳が、曇天のように、にわかに暗くなったのを見て、トールはしどろもどろになりながらも、何とか言い繕おうとした。
「……それは、そう……たしかに、その……いや、おっしゃるとおりですな……どうやって、でしょうな……」
召喚獣省長官としても、数多くの部下に慕われており、王宮内では、何事にも動じない沈着冷静な人物だと評価されているらしい。
その地位と、掘りの深いいかつい顔からは、想像できないほど温厚なトールは、細かい気配りもできるおっさんだ。
ただ――
――気配りができるからといって、それがいい結果を生み出すとは限らない。
まあ、トールとしては、ついさっきまでは、うまくいっていたのかもしれないけど。
めずらしい紅茶が手に入ったので、飲んでみてはどうだ?
みたいな感じで私を召喚獣省長官の執務室に誘ったように、トールは王太子様にも声をかけたのだろう。
偶然、ふたりがおなじ時間に現われたようなことを言っていたけど、どう考えても計画的だ。
おそらくは、トールは私に気を使って、王太子様とのお茶会をセッティングしたのだろう。
ここのところ、トールは私に何か言おうとして、思い悩むように口を閉じたことが何度かあった。
二度ほど、気まずそうに、悪かったな、気がついてやれなくて、とボソッと頭を下げたこともあった。
一度目は、私が元ハムスターであることに気づけなかったことへの謝罪だろう。
そして、二度目は、ハムスターだった私の死期が近いことに気がつけなかったことを、あやまったように思われた。
しょうがないよ、と私はトールに応えた。
ハムスターだった頃の私が、最近ヒマワリの種が硬くなったね、と思い始めた頃に、トールは父の後を継いでレンホルム伯爵になった。
レンホルム伯爵家は、ティトラン王国には数少ない領地持ちの貴族だ。
神の使いの補佐役と召喚術省の長官という職務に加え、伯爵領の管理も行わなければならなくなったトールは、大忙しになった。
最近、どうにも忙しくてな、とトールがため息まじりに言うのを聞いた私は、トールに休暇を与えることにした。
というよりも、当時の私はトールのことを役に立つ雑用係ぐらいにしか思っていなかったので、忙しいならしょうがないか、という感じでしかなかったのだけど。
ただ、そのせいで、トールは私が死んだという事実に気がつけず、ずっとかんちがいしたままだった。
その、おわびなのだろうか?
トールは慣れない愛想笑いを浮かべて、あいさつ程度の会話しか交わさない私と王太子様の橋渡しをするような形で、ひたすら話し続けた。
思うに、ハムスター時代の私の王太子様への執着っぷりを間近で見てきたトールにとって、今の私と王太子様の関係にもどかしさを感じたのかもしれない。
それに、私が王太子様のことを想って涙を流した時、トールもその場にいた。
トールなりに、思うところがあったのかもしれない。
トールの善意というか、厚意は疑いようがないのだけど。
お茶会と言うか、トールと私と王太子様との懇親会のようなものが始まって、しばらくたった頃だ。
トールがさんざん私のことを英雄だとか何とか持ち上げるのに合わせるように、王太子様がそれまで緊張気味だった顔をほころばせて、トールに相槌を打った。
「そうだね。モランデル子爵は、その……ずいぶんと笑顔を見せるようになったと、王宮でも評判だね」
子爵に叙爵されてから、王太子様は私のことをモランデル子爵と呼ぶのだけど、その度に、私は眉が寄りそうになるのを必死でこらえる。
この時も、モランデル? と内心、シーラの顔を思い浮かべながら、ひきつった笑みを浮かべていると、ようやく口を開いた王太子様に合わせるように、トールが大きくうなずいたのだ。
「いや、まさに、そのとおりですな。召喚獣契約陣から現われてから、ずいぶん長い間、まともに動くこともしゃべることもできませんでしたからな。それを思えば、ずいぶん表情も豊かになりましたし……」
我が意を得たり、といった表情で、うんうん、と当時を振り返るような目で話し続けるトールと、微動だにせずトールをじっと見続ける王太子様。
それをしゃべったら、まずいんじゃないかな、トール?
と、ティーカップを持ち上げ、顔を隠すように紅茶に口をつけた私の耳に、どこか掠れたような王太子様の声が届いた。
「……ああ、念話ができるから、意思は伝わる、の、だね?」
ここで、トールはうなずくべきだったのだ。
そうですね、と言えば、問題なかったのだ。
だけど、人のいいトールは嘘をつくという発想がない。
貴族としてはどうかと思うけど、レンホルム伯爵家は、シーラに万年伯爵家と言われるほど権謀術数とは無縁であり、謹厳実直をモットーとしている。
それとも、たんに気がつかなかっただけだろうか?
「念話ですか? いや、ハーモニーが念話を使ったことはないですな」
ずっと張り付けている愛想笑いを、いまだに満面に浮かべたまま、トールはそう応えた。
「たしか、トールは、モランデル子爵に、神の使いであることを黙っているように頼まれたと、国王陛下に奏上していなかったかな?」
「……ええ、おっしゃるとおりです」
王太子様の声に違和感を感じたのだろうか?
トールの返答は、少しだけ間延びしたように執務室に響いた。
「先ほどのトールの話だと、召喚獣契約陣から現われた直後は、モランデル子爵が誰かに意思を伝える手段を持ち合わせていないように思えるんだけどね?」
「……そう、ですな……ええ、そうなりますな……」
王太子様は、ちょこんと首をかしげて、トールの目をのぞき込んだ。
「前もって、トールが知っていた、ということはないよね?」
「前もってですか? いえいえ、まさか、三回も召喚できようなどとは思っても――」
三回って言いかたはどうかな、トール?
と、ジト目で睨んだ私を視界の隅で捉えたのか、トールがあわてて口をつぐんだ。
だけど、王太子様にとっては、そこは気にならなかったようだ。
おそらく、王太子様にとっては、私が救国のハムスターだったことについては、疑いようのない事実なのだろう。
「うーん……それだと、少々つじつまがあわないんじゃないかな、トール? 体が動かせない。声が出せない。そのうえ、念話もできない。前もって知っていたわけでもない。となると、モランデル子爵はいったいどうやって、トールに意思を伝えたんだい?」
王太子様は怒っているわけではない。
疑念の表情を浮かべてるわけでもない。
どちらかというと、困惑していると言っていいだろう。
王太子様の空色のきれいな瞳が、曇天のように、にわかに暗くなったのを見て、トールはしどろもどろになりながらも、何とか言い繕おうとした。
「……それは、そう……たしかに、その……いや、おっしゃるとおりですな……どうやって、でしょうな……」
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
※本編完結しました。
※後日談を更新中です。
妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付
唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる