転生ハムスターは王妃を夢見る?

ハイエルフスキー

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第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

53 同じ失敗を二度繰り返すってどうかしら?

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 三人そろって大きなため息をついた後、召喚獣省長官の執務室に漂っていた沈黙を破ったのは、トールだった。

「いやー、しかしながら、またこうして王太子様とハムスターと私で語り合える日が来るとは、感無量ですな。しかも、紅茶を飲みながら、ゆったりと話せるとは。かつては、ハムスターがボリボリとヒマワリの種を噛み砕く音を聞きながら、かつ、とめどなく流れる念話を聞かなければなりませんでしたから、とうていゆっくり過ごすことなどできませんでしたが――」

 トールとしては、場を盛り上げようと精一杯テンションを上げて、長舌ちょうぜつを振るおうとしたのだろう。

 だけど、真剣な表情の王太子様が、それに待ったをかけた。

「トール、お願いがあるんだけどいいかな?」

 まあ、王太子様がとめなくても、トールの話の内容にイラッとした私がとめていただろうけど。

 と思っているそばで、王太子様はトールに向かって軽くうなずきかけた。

「申しわけないんだけど、席をはずしてもらえないだろうか?」

 一瞬だけ、トールは口を開けたまま動きをとめたが、すぐ我に返ったようだ。

「かしこまり――」

 しかし、言葉どおり、かしこまって頭を下げたトールの口から出てきた言葉は、私の大声によってかき消された。

「トール!」

 またしても、口を開けたまま固まったトールは、何事だという表情で私を見た。

「私からも、お願いがあるんだけど」

 困惑気味に、ああ、とかすれ声を返したトールに、私はきっぱりとこう告げた。

「そこにいなさい」

 どこに行くつもりよ、トール。

 たしかに、かつての私と王太子様とトールは、気兼ねなく何でも話し合える仲だったけど、もう私はハムスターじゃない。

 今の私は、ハーモニー・モランデル子爵なのだ。

 ニルス王子の婚約者でもある。

 王太子様とふたりっきりでいると、後々、問題を引き起こしかねない。

 それに、この流れで王太子様とふたりっきりにされては、まちがいなく、心拍数が上がり過ぎて平静を保つことができなくなる。

「……いや、しかし、王太子様が――」

「まさか、神の使いの頼みが聞けないと?」

 脅迫めいた私の言葉に、トールは泣き出しそうな顔で、私と王太子様に交互に視線を送った。

「うん、そうだね、トール。私がまちがっていた。トールがいてくれたほうがいいね。でなければ――」

 そう言って、王太子様は寂しそうに笑った。

「――ニルスに怒られてしまうからね」

 ようやく、状況が飲み込めたのか、トールはカクカクと頭を三度ばかり縦に振って、ゴホンと咳払いをした。

「そういえば、書棚の整理をしようと思っていたのを、すっかり忘れていましたな」

 気が回るのか回らないのか、トールは、そそくさと召喚獣省長官の大きな机のうしろにある書棚に向かった。

 がさごそと本を引き出したりしまったりと、あからさまに、しなくてもいいことをし始めるトール。

 ソファに座っていればいいものを、と苦々にがにがしく思いながら、その様子を見ていた私に、王太子様がかしこまった口調ではなく、昔ながらのしゃべりかたで話しかけてきた。

「ごめんね、ハムちゃん。僕はハムちゃんにいっぱいあやまらなくちゃいけない」

 いつもは青空のようにんでいる王太子様の空色の瞳が、雨雲におおわれたようにサーッと陰をおびる。

「ハムちゃんが死ぬかもしれないって思いながらも、僕はそのことをずっと隠していた。本当は、ハムちゃんにそのことを伝えるべきだったのかもしれないし、そうなる前に、天界に返してあげるべきだったのかもしれない」

 あー、これはまずい。

 ハムスターだった頃から、どうにも私は、王太子様に泣き顔をされたり、困っている顔をされるのに弱いのだ。

 人になった今では、さすがに当時ほどの衝撃を受けないけど、なんというか、私がなんとかしないと、と思ってしまうのだ。

「どうしたらいいか、わからなかったんだ。ひょっとしたら、天界に帰れば、ハムちゃんが死なずにすむかと思って、何度もハムちゃんに天界に帰るように言ってしまった。ごめんね。どうしたらよかったんだろうって、今でも思うことがある。特に、その、ニルスと一緒にいるハムちゃんを見ると……」

 今にも、涙をこぼしそうな王太子様の瞳を見ていられなくて、私はギュッと目を閉じた。

「ごめんね、ハムちゃん。怒ってるよね。僕がもっとハムちゃんのことをわかっていれば……」

 でも、ダメだった。

 王太子様の声がすこし涙声になったのに気がついて、私の心がぶるっと震えた。

「ハムちゃんが帰ってきていたのに、僕は気づけなかった。トールがハムちゃんを再召喚するために何度も試行錯誤していたのに、見に行くこともなかった。僕も立ち合うべきだったんだ。ハムちゃんなら、きっと帰ってくるはずだって、気づくべきだったんだ」

 よりいっそう沈み込むように、王太子様の声音が低くなった。

 でも、残念ながら、私が帰ってきたのは、そういう理由ではない。

 王太子様には悪いけど、いや、そこは、私の意思じゃないんですけどと、心の中で突っ込むことによって、私はすこしだけ平常心を取り戻した。

「大変だったよね。体も動かせないし、言葉も出ない、念話もできない。そんな時こそ、僕がそばにいて守ってあげなくちゃいけなかったのに。ごめんね、ハムちゃん。僕だけがハムちゃんに守られて、僕がハムちゃんを守なくちゃならない時には、何にもしなかった。怒ってるよね。それは、そうだよね」

 でも、やっぱりダメだった。

 元とはいえ、私は王太子様の婚約者なのだ。

 愛しい婚約者を誤解させたまま、悲しみに暮れさせるわけにはいかない。

 私は、意を決して、震える唇をなんとか動かした。

「怒って……ない、ですよ」

 微妙な沈黙が流れた。

 ゴトン、と何かが落ちた音がした。

 閉じていた目を開けて、すーっと視線を動かすと、トールがあわてて落っことした本を拾って、あたふたと本棚に戻すのが目に入った。

「……怒って……ない、の?」

「ええ、怒ってませんよ」

 私は視線をそらしたまま、王太子様に声だけ返した。

「えっ? でも、怒ってるって……」

「かんちがいです」

「えっ? かん……ちがい、ってどういう――」

「王太子様が私のことを人ではないとおっしゃったので、魔族と疑われているのではと、かんちがいしただけです。ああ、でも、ニルス殿下が昼食会を抜け出したのは私のせいではありません。そこは、怒ってます」

 王太子様を視界に入れてしまえば、感情がたかぶって、まともに話せなくなるような気がする。

 私はできるだけ感情を込めずに、そっぽを向いたままそう言った。

「えっ? ああ、そうだよね。昼食会を抜け出したのは、ニルスが悪いよね。うん、ごめんね。ハムちゃんが悪いみたいに言ってしまって」

 王太子様の声が、すこしうわずって聞こえる。

 その時、ゴトン、とまた何かが落ちた音がした。

 また、トールだった。

 おおあわてで、本を拾いあげている。

 どうにも、トールは同じ失敗を二度繰り返すクセがあるな、と思っていると、王太子様がそわそわしているのが視界の隅に映った。

「それだけ……なの?」

「ええ、それだけです」

 微妙に、間が開いた。

「本当に?」

「ええ、本当です」

 王太子様の喉仏が、ゴクリと上下するのがわかった。

「じゃあ……なぜ、僕のところに戻って来てくれないの?」
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