忌み子な王子の守護精霊

ハイエルフスキー

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14 九歳の王子に「やる気を見せる」守護精霊

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「あー、呪文がぜんっぜん頭に入ってこないよー。もう、これ以上は無理だよー」

 緑の葉をいっぱいに広げた大きな木の下で、ミレーヌがごろんと芝生に転がった。ルイがガサゴソとバスケットをあさり、大きなパンを切り分け始める。

「うーん。たしかに、土属性は大変だよね。技術職だから、魔法の種類が本当に多いよね。でも、本を見ながら呪文を唱える人も多いらしいし、ぜんぶ覚える必要もないんじゃないのかな?」

「それこそ、大変だよ。あの本を持ち歩くだけでも、腰が砕けそうになるのに、外で開いて読むだなんて、ありえないよ」

 寝転がったまま、ひじを支えに頬づえをついたミレーヌが、ふるふると頭を振った。

 たしかに、土属性の魔法の本は、大きいうえに恐ろしくぶ厚い。九歳のこどもが、ひょいひょいと持ち運べるような物ではない。それほど土の魔法の呪文が多いのは、その有用性のためだろう。

 人々が往来する道も、街を流れる用水路も、土の魔法でつくられている。それだけではない。領都の真ん中に建っている大きなお城も、広大な領都をぐるっと囲む壁も、土の魔法でつくられた建材を組みあげたものだ。

 土を掘り、必要な大きさに取り分け、強度を増して建材にするだけでも、何百種類もの呪文があるらしい。作り出すブロックの大きさや硬さがちがえば、さらに別の呪文で指定しなければいけない。

 一定以上の硬さを求めるとなると、闇属性の魔術師と一緒になって唱える呪文もあるそうだ。そこまでいくと、一年や二年で習得できるようなものではない。

「ルイはいいよね。風属性だから、呪文なんて数えるほどしかないじゃない? もう覚えることもないんじゃないの?」

「そうなんだよね。あとは、魔法が発動さえすれば……ねえ?」

 九歳ともなると、人のこどもは仲間と一緒になって、精霊のことをネチネチと責めるようになるようだ。ルイがチラッとこちらに視線を送っただけで、わたしのことを察知したミレーヌが、ジトッと目を細めた。

 たしかに、風の魔法は数えるほどしかない。でも、高位の精霊であるわたしを、怠けものを責めるような目で見るのは、どうかと思う。

 昨日、宣言したとおり、わたしはちゃんと授業に出た。ちゃんと、本にも目を通した。ちゃんと、先生の話も聞いた。でも、さっぱり覚えられなかった。そもそも、精霊に勉強などできるはずがない。

「今日は風属性のステファン先生だし、午後から訓練場で詠唱練習でしょう? わたしも見に行こうかな? もうこれ以上、何ひとつ頭に入りそうにないし。それに、今日はやる気満々のお方がいらっしゃるようですしね?」

「うーん……うまくいくかなー? 全然ちがう魔法を発動されてもね?」

 九歳にもなると――と思いながら、わたしはふたりの耳もとで、自信たっぷりに風をふるわせた。

《なーに言ってるのよ、ふたりとも。今日はやるよ。たとえ、何ひとつ呪文がわかってなくともね》

「いえいえ、精霊様。わかってないのにどう――」

 あきれ顔のルイを言葉をぶった切るかのように、するどく風をふるわせる。

《まあ、聞きなさい、おろかな人の子たちよ。高貴な精霊様の手にかかればたちどころに――》

「おろかなのは、どこかの気まぐれな精霊様ですよね」

「たちって……わたしも?」

 ふたりそろって、首を突き出し、こちらに非難がましい視線を投げかけてくる。人のこどもは九歳ともなると、ありがたい精霊のお言葉に、耳を傾けなくなるようだ。まあ、よかろう。広い心で、気にせず話を続ける。

《キネティアって呪文があるよね? あれだけは覚えたから、大丈夫》

「えっ? それだけ?」と、ふたりがバカにしたような目でこちらを見つめた。

 キネティアはあらゆる魔法に必須な呪文だ。いちばん使われる呪文なので、覚えていないものはいない。発動呪文と言われていて、この呪文を最後に唱えなければ、いかなる魔法も発動しない。

《なーに言ってんの、ふたりとも。この呪文を聞いたら、風を動かしたらいいんでしょう。かんたんかんたん》

「いえいえ、精霊様。いかに風の呪文が少ないからって、何でもいいってわけでは――」

「あー、なるほど! そういうことか!」

 渋い顔で文句を言うルイの背中を、跳ねるように起き上がったミレーヌが、パンパンと二度ほど叩いた。思わず落としかけたパンを、なんとかすくい上げるようにキャッチしたルイが、口をとがらせる。

「ちょっと、ミレーヌ、急に――」

「呪文を唱える前に、独りごとを言えばいいのよ。これから使う魔法と、範囲や強さをね。小さな声でつぶやけば、まわりにはわからないわ。それでもって、呪文の最後のキネティアを合図に、精霊様が動けばいいのよ。完璧ね」

 ミレーヌがもう一度、ルイの背中を叩いて、こちらに笑みを送った。

「うーん、そんなことでうまくいくかな?」と頭をかきながら、ルイが不安げにつぶやく。

「よーし。そういうことなら、ぜひにも、午後はルイの見学に行かなくっちゃね」

 ドカッと座りこんだミレーヌが、パンにチーズをはさんでかじりついた。みるみる、バスケットの中のものが減っていく。全部食べられてはたまらない。ルイも慌てて、両手にパンを確保した。

 人のこどもは女の子のほうが強いと聞く。でも、ふたりを見ていると、いつまでたっても、ミレーヌのほうが強いままなんじゃないかと、思うことがある。まあ、それもいいかもしれない。

 仲良しのふたりが、最後に残ったパンを奪い合う姿を見ながら、わたしは午後の訓練に向けて、気合を入れるかのように、ぽふっと息を吐き出した。

   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ミレーヌがわざわざ見学に来ているせいだろうか。今日はギャラリーが多い。みんながざわざわと、遠巻きに見守る中、ルイの詠唱練習が行われていた。

「次は、風の壁をまわりに展開した後、半径五メートルまで拡大っと……」

 そうつぶやいた後、ルイは両手を高く掲げ、呪文の詠唱を始めた。

「ΠεηρΛδακφ…………キネティア!」

 ルイを中心に風が渦を巻き、じわっと大きくなっていく。風の防御魔法のひとつだ。敵に囲まれている場合に、使われるらしい。まわりの敵を弾き飛ばすこともできるので、攻撃にも使える魔法だ。

 風の魔術師が、ふむふむとうなずき、手をあげる。ルイも掲げていた手を振りおろし、それを合図に、わたしは風を吹かすのをやめた。

 魔術師は自分の魔力の流れを感知し、抑えることができるらしいけど、ルイにはそんなことはできない。どこで魔法を終わらせるかは、ルイの動きから読みとるしかない。

「攻撃も防御も問題なしっと。じゃあ、次、いってみようかー」

 ステファンという、ひょうひょうとした風の魔術師が、薄い本をペラッとめくった。ルイもページをめくって、チラッとのぞきこんでから、口の中でモゴモゴとつぶやいた。

「最後は浮遊魔法か。右側のブロックを浮かせて、左側のブロックの上に積むと……」

「ΛρεΠφαδκ…………キネティア!」

 ルイの独りごとどおりに、ブロックを動かす。ただ、実際にこの魔法が使われることはないらしい。

 発動率が五割を切る風の魔法。物を浮かせたり、自分を浮かせたりすれば、そのあとの魔法の発動に失敗した場合、そのままストンと落ちることになるからだ。

 建築現場で石が落ちてきたり、自分を浮かして落下した場合、大惨事につながる。風の魔法の呪文が少ないのは、安全対策なのだろう。

 浮かせた石を山ほど積み上げたり、ルイ自身を飛ばすことだって簡単にできるのだけど、それをやってしまえば、風の魔術師とは思われなくなるのだ。

「よーし、いいだろう。今日は別人のようだな。ひとつの失敗もなく、すべての魔法を発動できるとはな。わたしが君の弟子にしてもらいたいほどだよ」

 ステファンはボリボリと頭をかきながら、ルイのほうに歩み寄った。お世辞にも清潔とは言えない、しわくちゃの白いローブに、けっこうな量のフケが降り積もっている。

 手にした本をくるっと丸めて、肩をポンポンと叩いた。とたんに、ルイに向かってフケが飛んできたが、ふっと風が吹いて、ステファンの顔に叩きつけられた。

「ゴホン、ゴホン……うーむ? まあ……いいだろう。わたしね、物事を深く考えない主義なんだ。そうでなければ、風の魔術師などやってられないからね。発動率で悩むなんてことは、とっくにやめてしまったよ」

 それと、不可解な出来事にもね、と付け加えて、ステファンはきびすを返した。丸めた本を、頭の上で大きく振りながら、歩き出す。

「というわけで、明日からは、魔法陣の授業を受けるといい。ここではなく、城の一角にある研究所でおこなわれているからね。まあ、三日もたたず、逃げ出したくなるだろうがね」

 あっけにとられているルイを置き去りにしたまま、ステファンは姿を消した。

「おめでとー、ルイー!」

 こぼれんばかりの笑みをたたえたミレーヌが、こちらに走ってくる。

 魔法陣か……。すっかり忘れてたよ。こんなことなら、やる気を出さないほうがよかったな。わたしは、ぽふっとひとつ溜め息をついて、訓練場を後にした。
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