忌み子な王子の守護精霊

ハイエルフスキー

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23 十二歳の王子と「放り投げる」守護精霊

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 思ってもみなかった言葉に、ふと思考がとまった。四大公爵家の一員で、子爵様。バカみたいな紅白の身なりに、白面の貴公子とでも呼ばれていそうな顔立ち。この手の奴は……、とまで考えて、すべてが面倒になった。

 よくわからないけど、速やかに捨てたほうがいいだろう。わたしはご機嫌をよそおって、紅白男にやさしく風を吹かせた。

《おまえ、子爵だったけ?》

「はい、そうでございます、精霊様」

 青白かった顔に、ほんの少しだけ赤みが戻った。さすがに、風の魔術師だけのことはある。切り替えの早さと能天気さは、発動率が五割を切る魔法の使い手には、必須の能力だ。

《ふーん、えらいんだね。じゃあ、ティエルマ山の火口まで連れていってあげるよ。せっかく、辺境伯領まで来たんだしね。火の精霊に挨拶させてあげるよ》

 ここはひとつ、火の精霊にふだんの貸しを返してもらうことにしよう。十二年も守護精霊をやっているおかげで、わたしは人の世のしくみに、ずいぶんと詳しくなった。人の世では、証拠さえ残さなければ、大抵のことは、知らぬ存ぜぬで通るのだ。

「そ、それは光栄でございますが……ひょっとして、わたくし、燃えたりしませんかね?」

 紅白男の顔色がスッと白くなった。さすがは、風の魔術師だ。風向きが変わったのを敏感に察知したようだ。それにしても、赤くなったり、白くなったりと、忙しい奴だなと苦笑いを浮かべながらも、わたしは素知らぬ風を吹かした。

《さあ? わたしはお偉い子爵様がティエルマの精霊に会いたいって言うから、連れていっただけ。その後のことは知らないよ。ひょっとしたら、火の精霊の怒りに触れて、燃えたかもしれないけどって、みんなには伝えておくよ》

 一瞬だけ、紅白男が遠く眼下に広がるベルゲンの街に向けて、視線をすべらせた。だが、そこには紅白男が期待するものはなかったようだ。整った顔立ちが、ギュッとゆがんだ。

《さてと、そうと決まれば、とっとと終わらそう》

 ぽふっ、とティエルマ山に向けて翔けようとしたとき、思いもよらぬ朗らかな声が響き渡った。

「お待ちください。精霊様は勘違いしていらっしゃいます」

 さっきまでとはうって変わった、こぼれんばかりの笑みをたたえた紅白男に、わたしは思わず声を返した。 

《勘違いって、何を?》

「ルイ王子殿下を殺そうとしたのは、先の宰相であるエヴラール・ヘレニウスでございます。我がセーデシュトレーム家は一切、関与しておりません。他の二家も同様でございます」

 苦し紛れに、ウソをつき始めたか。どうやら、ヒョロ男よりも紅白男のほうがタチが悪そうだ。とはいえ、ヒョロ男がいまだに生きているのには、納得がいかないところもある。わたしは、できるだけ気のないふうをよそおって、風をふるわせた。

《へー、そうなんだ。ヒョロ男はそうは言ってなかったけど》

「ヒョロ男とは、いったい何者でございましょうか?」

《うん? 宰相のこどもだよ。ルイを殺そうとした、えーっと……ヒョロ――》

「ラーシュ・オースブリンクでございますね、精霊様。その者こそが、ルイ王子殿下に手を下そうとしたのでございましょう? わたくしよりも、その者の言うことを信じられるのですか? そもそも、先の宰相が処刑されたにも関わらず、その者は、今なお、なぜ生きているのですか?」

 我が意を得たとばかりに、紅白男は目を大きく見開いて、声に力を込めた。

《うん? 知らないよ、人の都合なんて。どうせ、訳のわからない理由があるんでしょう?》

「さすがはルイ王子殿下の守護精霊様です。よくご存じでございますね。奴は国王陛下に取り入って、自分の身のみを守りました。ヘレニウス公爵家を乗っ取ることが、奴の真の狙いなのです。ヘレニウス公爵家の庶子である奴は、おのれの――」

《あー、面倒になった。もう、おまえ、ここから落ちろ。下に人がいたらわたしが避けておくよ。じゃあ、さようなら》

 放っておくと、こいつは命が尽きる直前まで、くだらないおしゃべりを延々と続けるだろう。早々に見切りをつけたわたしに、紅白男が慌ててすがりついた。

「ブルンフョル辺境伯は、本当にルイ王子殿下の味方なのでしょうか!?」

《うん? それは、どういうこと?》

「誰が見てもルイ王子殿下は国王陛下のお子であり、シャルル王子殿下の双子の片割れでいらっしゃいます! にもかかわらず、辺境伯は、なぜゆえに、そのことを公表しないのか!? おかしくはありませんか!?」

《おまえたち公爵家の連中が、ルイのことを狙ってるからでしょう?》

「精霊様、すこし込み入った話ではありますが、聞いていただけないでしょうか? わたくしどもはルイ王子殿下の味方でございます。誓って、ルイ王子殿下と精霊様に害をなすことはございません」

《ふーん、いいよ。言ってみたら? そのかわり、ウソをついているとわたしが判断した時点で、さようならだよ》

「もちろんでございます。では、ルイ王子殿下殺害未遂の件ですが、このことは先の宰相であるエヴラールが、独断で行ったことでございます。その証拠に、処罰されたのはエヴラールのみでございます」

 何を言ってるんだ、こいつは。ヒョロ男すら生きてるんだ。悪い奴が処罰されないのが人の世だろうに。わたしはイライラする気分を静めようと、できるだけ高いところを流れる風に意識を向けた。

「もちろん、精霊様には信じられないことでございましょう。では、仮に、四大公爵家が共謀し、一致団結して、王子殿下のお命を狙った、といたしましょうか。先々代の国王陛下の遺言どおり、双子の片割れを殺そうとしたと……」

 そこまで言って、紅白男は「おや!?」と、おおげさに首をかしげた。

「精霊様。先の宰相はシャルル王子殿下ではなく、ルイ王子殿下を殺そうとしました。なぜでございましょう?」

 昔のことを思い出すだけでも、イラッとするのに。なんだ、この芝居がかった奴は。体じゅうがチリチリする。

《知ってるよ。見てたもの。ルイが魔力測定の球を光らせられなかったからだよ》

「なるほど、そうでございましたか。つまり、宰相とその息子は見誤ったのですね」

《えっ? 見誤った? 光らなかったよ》

「いえ、球のことではありません。もしも、ルイ王子殿下を高位の精霊様が守っていると知っていたら? はたして、宰相はどちらのお子を選んだでしょうか?」

 意味深な笑みを浮かべた紅白男に向けて、わたしはビュンッと風をふるわせた。

《じゃあ、シャルルが死ぬべきだったって言うの?》

「いえいえ、むろん、わたくしどもはおふたりの王子殿下ともに、健やかに育って欲しいと願っておりました。ただ、ルイ王子殿下とシャルル王子殿下のどちらが、王位を継ぐのにふさわしいかと問われれば、火を見るよりも明らかでございましょう。わたくしどもは、正統な後継者に国の行く末を委ねたいと、願っているだけでございます」

「さらに申しますと」と、紅白男は内緒話でもするかのように、声をひそめた。

「一ヶ月後に、王都にて王太子の任命式典が、執り行われることになっております。国王陛下の命ということになっておりますが、まちがいなく王妃派の独断でしょう。王領を管理する貴族、つまりは王妃派が、第二王子であるロベール殿下を王太子の地位につけようとしているのです」

「ご存知なかったのではありませんか?」と、紅白男は大きくうなずいた。

「このことは、とうに辺境伯閣下はご存知なのです。むろん、シャルル王子殿下もです。ルイ王子殿下だけがご存知ないとは、どういうことなのでしょうか?」

 一拍おいて、紅白男は渋い笑みを浮かべた。

「実はシャルル王子殿下は、生母である先の王妃様の父、つまりは祖父にあたる、ルカリヨン侯爵閣下に懐いているのです。本来なら、ルカリヨン侯爵家にてシャルル王子殿下を保護したいところでしょうが、侯爵領は王領に隣接しているうえ、たいした兵力を持っておりません」

 なんだろう? 今すぐに、こいつを捨てたほうがいいような気がしてきた。

「そこで、領地持ちの非王族系貴族の中では、最大の名声と兵力を持つブルンフョル辺境伯閣下に、シャルル王子殿下を預けたのです。ここで重要なのは、シャルル殿下は祖父であるルカリヨン侯爵閣下に懐いているということです。さらに、ブルンヒョル辺境伯閣下はシャルル殿下を守り、いずれは王位につけることによって、ルカリヨン侯爵閣下に貸しができるのです」

《ねえ、ぼちぼち頭が痛くなってきたんだけど。落としていい?》

「では、最後にひとつだけ。ルイ王子殿下こそ、王位を継がなければ、生き残れないのです」

《ルイはわたしが守るよ。何があろうともね》

「精霊様、非礼を承知であえて申し上げます。高位の精霊様に害をなすことなど誰にもできませんが、ルイ王子殿下は人です。人である以上、殺すことができます」

 渦を巻いた怒りが、紅白男のジャケットの裾を切り刻んで、彼方へ吹き飛ばした。

《ああ、悪かったね、気がつかなくて。つまり、おまえはわたしの手にかかって死にたいんだね?》

「王位を継いだ者が、公爵領に攻め込めと、ルイ王子殿下に下命されたら、どうなさいますか? そして、その戦いのさなかに、何者かの手によってルイ王子殿下の命が奪われたら、どうなさいますか? 公爵領で暮らす者をすべて消し去れば、精霊様の気が晴れるでしょうか?」

《なに言ってるの!? そんなこと絶対にさせないよ!》

「シャルル王子殿下もロベール王子殿下も、ルイ王子殿下と精霊様の力を、利用しようとするでしょう。甘い言葉をかけてもらえるでしょう。ですが、王位を継いだとたん、ルイ王子殿下の力に怯えるようになるのです。どちらが王位を継ごうと、自分よりはるかに王にふさわしいルイ王子殿下を、生かしてなどおけないのです」

 やっぱり、こいつの話なんて聞くんじゃなかった。なんだって風の精霊が、王位がどうとか、誰が味方で誰が敵なんてことで、悩まないといけないんだろうか?

 どいつもこいつも、わたしを何だと思っているんだ。面倒すぎる。わたしは、ぽふっと大きな溜め息を吐き出した。さっぱりわからない。このまま捨てたほうがいい? ルイならば、すこしはわかるのだろうか?

《よくわからないけど、おまえたちだって、ルイを利用しようとしてるんじゃないの?》

「もちろんです、精霊様。ですが、わたくしどもはルイ王子殿下を国王として戴こうとしているのです。ルイ王子殿下にとって、利こそあれ、害などございません」

 わたしは、もういちど大きな溜め息をついて、空を見上げた。

『人にも、人の世にも、これっぽちも興味がないね』水の精霊さんは、いつも、そう言っていた。

 人の世のことは、人が決めればいい。ルイが決めればいい。そうしよう。何が起ころうと、わたしはルイを守る。それだけだ。それでいい。

 ――急転直下。

 風を切り裂く音に混じって響き渡る、紅白男のひときわ高い悲鳴を無視して、わたしはルイのもとへと翔けた。
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